第10話 事件発生
優介は電柱の上を跳び移りながら二人と離れ電話に出る。当然画面には叔母、つまりマネージャーからと表示されている。
「はい、クリーチャーマンです」
『クリーチャーマン、お仕事よ。ちょっと危ない方のね』
スピーカー越しに聞こえる舞の声は緊張感のあるピリピリしたものだ。その危ない仕事という言葉に優介も足を止める。
「アウェイクスの犯罪者ですか?」
「確定していないけど、その可能性はあるわ。新月丸が出られないから向かってほしい。取り敢えず今何処にいるの?」
「えっと……」
優介は辺りを見回す。視線の先にはいつも通学に使う駅が見えた。
「駅の近く、たぶん……北口の方」
「そこならバットさんが近くにいるわ。そうね、駅前のハンバーガー屋の前で彼と合流し、現場に向かって。……気をつけてね優介」
「大丈夫だよ。心配しないで」
通話を切り優介は駅前へと急ぎ、指定の場所に降り立つ。駅前なだけあってか周囲には人が多く、視線が突き刺さるような錯覚があった。
「クリーチャーマン!」
呼ばれた方に振り向くと一台のバイク、ビッグスクーターが停まっている。そこに乗っているのは紫の作業着にコウモリの翼を模したマフラーとぬいぐるみのような仮面を着けた男性だ。
彼こそ亮太郎のヒーローとしての姿、バットコードである。
「先輩」
「早く乗るんだ。現場に急ぐよ」
「はい!」
優介が後部シートに乗るとバイクを動かす。車の合間を縫うように二人は急いだ。
「マネージャーの話しからして、アウェイクスじゃなく強化スーツを着た暴漢だろう。軍用やヒーロー用の横流しか、作業や介護用の違法改造か。どっちにしろヒーローの出番だ」
「荒事は警察よりヒーローの仕事ですからね」
「ああ。もし先着のヒーローがいたら、協力してくれ。私は周囲の安全確保や人払いをしよう。……すまないね、君に危ない仕事を押し付けて。私に戦う力が無いばかりに、情けない」
申し訳なさそうに手が震えている。
彼の気持ちは優介も察していた。自分よりも遥かに年下の少年に戦う事を押し付けている。そう思っているのだろう。
しかし優介はそう思ってはいない。
「そんな事言わないでください先輩。適材適所ですよ。それに、僕の死難さはヒーロー随一ですから」
「……ありがとう」
次第に車が減り、代わりに二人の先に大きな人だかりが見えてきた。そこからは人々の歓声が聞こえる。
「見えたぞ! やはり私達よりも先にヒーローが来ているか」
「でも、被害が大きくなる前に来てくれたのは助かります。じゃあ僕も」
「ん? いや、待つんだ」
亮太郎は耳を澄まし人だかりの中の音を聞く。彼の能力なら、そこで何が起きているのか見なくても全て把握出来る。人間を遥かに凌駕する聴力、それがヒーローバットコードの能力だ。
「…………成る程ね。クリーチャーマン、相手は強化スーツを着た犯罪者じゃない。件の暴漢はロボットだ」
「ロボット?」
「ああ。先に来ているヒーロー……声援から察するに、トルネイダーと戦っている相手からは心臓の鼓動が聞こえない。モーターの駆動音だけだ」
「凄い……」
優介は絶句した。こんな歓声の中、そんな細かい音まで聞き分けているのだ。
戦えないから価値が無い。そんなのは嘘だ。例え戦えなくてもこんな素晴らしい力を持っている。心から尊敬出来る先輩だ。
「でもロボット兵器って違法じゃ? 人型ロボットってモデルとか、そういうのに使われてますよね」
「そうだ。しかし犯罪者が違法改造して作るのも珍しく無いさ。年に何件かはこんな事件があるんだよ。さて、いけるか?」
優介は深呼吸をし大きく頷く。
「やれます! 僕もヒーローです!」
「よし、行ってこい!」
「はい!」
バイクを停めると優介は跳躍。人だかりの上を飛び越え、その中に着地する。人々のどよめきの中、そこにいたのはヒーローと黒い謎の人物だった。
全身にプロペラを取り付けた青いスーツを纏った男性。彼がトルネイダーと言うヒーローらしい。
方や真っ黒な機械の鎧に身を包み、両手は三本の鉤爪、顔にレンズが四つあるゴーグルを着けた怪人が対峙している。恐らくこれが亮太郎の言っていたロボットなのだろう。
優介は青いヒーロー、トルネイダーの隣まで走る。
「ジャスティスター所属のクリーチャーマンです! 援護に入ります」
「はぁ? おいおい、あれは俺の獲物だぞ。遅刻ヒーローは下がって……って何やってんだあのデブは!」
二人の背後では亮太郎が観衆の避難を促している。その行動に立腹のようだ。彼にとって周りの被害は眼中に無い。ただ自分の観客として、その声援が必要なのだ。
確かにヒーローとしての活躍を目の前で見せれば、人気や知名度に大きく貢献する。しかし優介にはそんな事よりも安全が最優先、それがヒーローとして当たり前だった。
「観客がいなくなったらまずいだろ! 何てことしてくれんだお前らは」
「でも危ないじゃないですか。周りに被害が出てからじゃ遅いんですよ」
「馬鹿か? そんなヘマしないし、見られてなきゃ意味無いだろ。ったく、邪魔が入ったなら速攻で決めるか。あいつを取っ捕まえるのは俺だ!」
「え、捕まえるって……ちょ!」
優介の制止を無視し、トルネイダーは走り出した。彼はあれを強化スーツを着た人間だと思っている。
「トルネイダー、やれー!」
「頑張って!」
人々は亮太郎の事を無視するように騒がしくなる。彼らの声援に応えるようにトルネイダーは笑うと、彼の腕のプロペラが回転し出す。
「今日は望まれない客がいるからな。悪いが、ここでフィニッシュだ!」
風だ。風がトルネイダーの腕に集まる。更に彼の全身が突風に包まれ、目にも止まらぬスピードで駆け出す。
一瞬の内に懐まで潜り込み、渾身のアッパーをぶちかました。
「必殺! ストームゥゥゥゥゥナッコォォォォォォォォ!!!」
拳と同時に風がロボットを打ち上げる。風は竜巻となり、黒い人形の機械は回転しながら空に舞うと、力無くアスファルトに叩き付けられた。
「…………決まった」
ドッと人々の歓声が上がる。トルネイダーとヒーローを称賛する声が彼を包む。
自然と口角が上がり笑いがこみ上げる。
「これこれ。これぞヒーローの醍醐味ってもんよ」
トルネイダーは人々の前に立ち、歓声に応えるように手を振る。
「応援ありがとう! さて、警察が来る前にこのキグルミをひっぺがしてやろうかねぇ。おっとみんな、写真はダメだぞ」
そう言いつつも、何人かはスマホを向ける。SNSにでも晒してやろう、そんな悪戯心が見える。
周囲が笑う中、亮太郎はハッとしたようにトルネイダーを見る。黒いロボットが人間だと思っていた、つまり彼は手加減をしていたのだ。
ヒーローは基本的に鎮圧を目的に武力を行使する。例えアウェイクスの能力を悪用する凶悪な犯罪者であろうと、警察に逮捕させる為に無力化するのが優先される。命を奪うのは、本当にどうにもならない時の最終手段なのだ。
だからトルネイダーの一撃も、本来なら人間なんかバラバラになるような攻撃だった。しかし彼は強化スーツを着た人間と思って手加減をしていたのだ。
「待て、そいつはロボットだ! まだ動いている!」
「え?」
本気なら破壊するのも可能、しかし手加減をしていたのなら、痛みを感じない機械は動き続ける。
「あ…………は?」
気付いた時にはトルネイダーの左下腹部を三本の鉤爪が貫いていた。その瞬間、歓声は悲鳴へと変貌する。
「ぐ……あ……」
爪を引き抜きトルネイダーを蹴り飛ばす。血がべっとりと塗りたくられた手には、直径一センチ程の白い小さな石が摘ままれていた。
ロボットはそれを開いた腹部にしまい、次の獲物を選別するように周囲を見回す。
「っ! 先輩、彼を!」
その隙に優介は触手を伸ばしトルネイダーを回収、亮太郎に投げ渡す。そしてロボットの正面に立った。次の相手は自分だと、言葉ではなく立ち振舞いで叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます