第9話 活動中
時刻は夕方になり街はにぎやかな声が響いている。仕事に勤しむ大人、学校が終わり遊びに出かける学生。平和な日常がそこにはあった。
だがそんな平和はふとした所で崩れ去る。
「誰か! ひったくりー!」
車の音に紛れるように街に響き渡る女性の声。数人がその声に振り向く。
転んだ女性から離れる若い男が一人。彼の手には女性のものであろうバッグが抱えられていた。
ひったくり。通行人の荷物をすれ違いざまに奪う窃盗行為だ。
しかし女性の助けを呼ぶ声に誰一人として手を差し伸べなかった。聞くだけで男から離れる者ばかり。何故なら男はナイフを振り回しながら走っていたのだ。
誰もが男を止めようとしない。皆自分の身の安全が最優先だからだ。自分の危険と他人の救助、それが釣り合っていないと見ているだけの人ばかり。
逃げられてしまう、そう女性が思った時だ。
「ぶっ!?」
男が転んだ。段差すら無い場所で。
「痛っ……。何だこれ?」
彼の足には何かが巻き付いていた。肌色の紐状の物体が。
初めはこれが何か全く把握出来てなかった。だがそれは数メートル先、並び建つビルの隙間から伸びている。そしてその根元にある物体を見た瞬間、男は一気に血の気が引いた。
「な……何だありゃ」
大きな口、ワニのような形でありながら、その表面は人の肌のような外観をしている。それが開口しこちらをじっと見詰めていた。
口内の中心には血走った眼球があり、じっと男を見ている。この紐はその異形から伸びた触手だった。
「ひっ……」
人でまなければ動物でもない、そんな化け物が街中にいる。男はただ無我夢中で逃げ出そうと立ち上がった。
だが……
「た、助け……」
男を逃がすまいと身体中に触手が巻き付き身動きを封じる。
「誰か、助けてくれ! あ……ああ…………ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
男の悲鳴と共にビルの影へと引きずられてゆく。周囲の通行人も悲鳴を上げ阿鼻叫喚と言った所だ。
必死に抵抗しようとするも男は虚しくも影の中へと消えてゆく。悲鳴も、その姿も。
静まり返った街、人々の思考が停止していると影から何かが現れた。
「ひったくり犯確保っと」
白い骨の鎧に身を包んだ怪物ヒーロー、クリーチャーマンに変身した優介だった。
彼の手にはひったくられたバッグがあり、尾……のようなモノを引きずりながら歩く。その尾の先端は先程のワニのような獣の形をしており、頭だけを出した男が咥えられていた。表面には無数の目があり、その一つ一つが周囲を探すように蠢いている。
学校を終えた後はヒーローとして活動する。それが優介の日常だ。
こうして犯罪者と戦う、これもヒーローの仕事である。
「えっと、このバッグの持ち主は誰でしょうか?」
「わ、私です……」
恐る恐るといった様子で女性は挙手する。そんな彼女と違い、優介は嬉しそうに笑いながら歩み寄った。
「よかった。はい、どうぞ」
「ありがとう……ございます」
引き攣ったような表情だ。とても御礼を言っているようには見えない。寧ろ怯えている方が正しい。
周囲の人々の表情も同じだ。ヒーローを見るような目ではなく、好奇の視線を向けている。
「はいはい、警察です! 通してください」
そんな人だかりをかき分け二人の警察官が現れる。年配者と若い男性の警察官だ。
警察官は優介の姿を見ると思わず身構える。今にも拳銃に手を伸ばしそうな勢いだ。勿論優介も警察官と争う気は無い、逆の立場だ。慌てたように手を上げた。
「あの、僕ヒーローです。ジャスティスター所属のクリーチャーマンと言います」
「ヒーロー?」
「はい。ひったくり犯を捕まえただけですよ。あ、彼女が被害者の方です」
優介が指差すと年配の警察官は女性の方を見る。すると彼女も無言で頷いた。
「……先輩、マジみたいです」
「なるほどな。で、ヒーローさん。その犯人は?」
「そうでした。どうぞ」
尾を警察官の方に向け、ひったくり犯を吐き出す。唾液にまみれ、白目を剥いて気絶している男に警察官も思わず引いている。
「…………あー、ご協力感謝します。こちらで対応しますんで。ああ、あとお話しを伺いたいので貴女も来てください。おい、こいつを運ぶぞ」
「は、はい」
嫌々と顔をしかめながら警察官達は男を運び、その後ろを女性が続く。
優介は一仕事終えたとため息をつくと、立ち去ろうとする警察官達の話し声が聞こえる。
「何だってんだありゃ。あんなのヒーローじゃなくて化け物だっての。変な奴もいるもんですね」
「止めとけ。ああいう姿が変わるタイプのアウェイクスは、周囲から偏見を持たれやすいんだ。しかもそれが原因で人嫌いになり犯罪に走る奴が多い。機嫌を損ねて暴れられても厄介だ」
「……了解」
そんな話しが聞こえるが、優介にとってはいつもの事。彼らのような反応は珍しくはない。
能力の都合もあるが、威嚇や精神的圧力を目的としてこんな姿や戦闘スタイルをしている。自らの意思でだ。だからこそ世間にどう言われようと気にはしない。例えば……
「うわっ、何あれキモっ」
「てかグロっ」
優介の写真を撮る高校生のカップル。正確には二人が撮っているのは優介の尾だ。
酷い言われようだが気にもしない。いや、寧ろ楽しんですらいた。
「フフ……そら」
尾を蛇のように動かしながら口を開け、喉の奥から覗く大きな目、鋭く並んだ牙を見せつける。一種のパフォーマンスだ。ヒーローとして治安維持活動だけではなく、少しでも人気を得る為にと考えた結果である。
だが残念な事にこの行動に意味は無い。周りにいた人々は気味悪がり、どんどん優介から離れていく。
ポツンと優介は一人取り残されてしまった。数人通り過ぎた通行人が一瞥するだけ。そんな現状に肩を落とし項垂れる。
「うーん、これは違うか。どうすれば人気が出るんだろうか」
尾が収縮し、優介の体内に戻ってゆく。
「能力使ってパフォーマンスする人もいるけど、やっぱり僕の能力じゃまずいか。動画とかで勉強してみるかな」
「あの……」
不意に声を掛けられ振り向く。長い髪を揺らしこちらを見上げる少女、その後ろに眼鏡の少女がもう一人。あかりと鈴だった。
「クリーチャーマンさんですよね?」
(げぇ!)
優介は驚きながらも必死に声を出すのを堪えた。
この場にいるのは不思議ではない。学校帰りの彼女達が街にいて当然だ。
「……あの時の方ですよね、お久しぶりです。弟さんもお元気ですか?」
必死に平常心を保ち、愛想笑いを浮かべる。簡単にバレはしないと自負しているが、近づかれると緊張してしまう。これが身バレを防ごうとする感情か、それとも別物か。妙に心臓が早く動いている。
「はい。ですけど、あの時は本当にごめんなさい。弟が失礼な事を言って……」
「大丈夫ですから。人気の無いヒーローにはよくある事ですよ」
笑いながらもこの場をどう切り抜けようか考える。するとこちらを無言で見詰めている鈴に気づいた。
「……あの、僕に何か?」
「いえ、お気になさらず。…………ふむふむ」
鈴は優介を頭の先からじっと観察していた。余程興味があるのか、その目はとてもイキイキとしている。
「いやはや、これがあかりの推しヒーローねぇ。新月丸と同じ事務所だからデビュー直後は少しチェックしていたけど、まさかこんな色物ヒーローだったとは」
「は、はぁ」
「なかなか凄まじいデザインですね。これ、コスチュームとか強化スーツじゃないですよね? 完全にナマモノだし、変身型のアウェイクスかな」
「えっと……」
今まで会った事のないタイプに困惑する。多少興味を持たれる事はあったが、奇異の視線が殆どだ。
そんな鈴の様子にあかりもまずいと思ったのだろう。彼女を引き離す。
「鈴、迷惑だって」
「えー。ちょっと興味あるんだけどなぁ」
「それでもやり過ぎ。友達がごめんなさい。彼女、ヒーローが好きで……」
「あははは。まあ、こちらとしても興味を持って頂けるのは嬉しいので」
軽く受け流すも内心穏やかではない。鈴もクラスメートなのだ、彼女も警戒しなければならない。
とにかく二人と離れなければならない。嘘でもかまわない、仕事と言って逃げ出そう。
「と、取り敢えず僕もし……」
一歩後退った瞬間、何処からか音が聞こえる。
「…………仕事の電話ですので。えっと、応援よろしく!」
そう、優介の電話の音だ。タイミングの良さに感謝の気持ちで胸がいっぱいだ。
優介はそのまま電柱の上に飛び乗り、そのまま跳び去った。
「あかり、ヒーローって忙しいのね。テレビとか出てるから、意外と暇なのかと思ってたわ」
「本来は暇なのが一番なんだろうけど。でも、また会えて良かった」
あかりはそう呟き、次第に小さくなる優介、クリーチャーマンの姿を見送るのだった。
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