第8話 飴と鞭

「まずは新月丸」


「あ、はい」


 その鋭い視線に連の顔がひきつる。


「結局またディバインセイバーに負けたじゃない。頑張るのは口だけになってるわ。努力していても、それを結果に出さなければ無意味なの、わかる?」


「わ、わかってますよ」


「だったら無駄を削いで数字を出しなさい。いい? 貴方はスタイリッシュなのが売りだけど、見栄えの良い派手な必殺技が無いから見劣りするの。今時、忍者は忍ばず派手な忍法ぶっぱなすんだから。そこを舞ちゃんと相談しなさい」


「了解です……」


 圧巻だった。日本でもトップレベルのヒーローが有無を言わず圧倒されている。ファンからすれば卒倒ものだ。


「次、バットコード。貴方は他の仕事が皆無な状況なのわかってる? 非戦闘員ヒーローであろうと仕事は自力で探さないと。災害がそうポンポン起こる訳ないでしょ」


「仰る通りで……」


「最年長なんだから、アウェイクスの能力だけでなく、自身のスキルや経験を活かしなさい。例えば、前職は探偵でしょ? 調査関係とか、いくらでもあるじゃない。人命救助も結構だけど、それだけでは食べていけないの」


「善処します」


 完全に縮こまったオジサンと化している。その姿はあまりにも痛々しく、見ていてこちらが苦しい。

 しかし優介は彼の心配をしている余裕など無い。何故なら次は自分の番だからだ。


「クリーチャーマン……」


 ゾッと背筋が凍るような声。額から冷や汗が流れ息苦しくなる。ヒーローを管理する立場なせいか、犯罪者と対峙するのとは別物の威圧感が彼女にはあった。


「貴方、今世間から何て呼ばれているか知ってる?」


「はい。Fラン……ヒーローです」


 がっくりと肩を落とし視線を反らす。

 一方、亮太郎は首を傾げる。


「あれ? ヒーローランクは新人のEが最低じゃなかったかな。優介君もそうでしょ」


「Fランクはネットでの悪口と言うか、スラングみたいなやつですよ。で、Fランクってのは……」


 連は言いづらそうに頬を掻き優介を見た。お互いその意味を知っているせいか、とても気まずい雰囲気がある。


「……まっ、スキャンダルとかで炎上した奴やダメ過ぎて無能扱いされてる、所謂オワコンヒーローの総称ですよ。けど優介はまだ新人だぜ。そんな風には……」


「でもそう呼ばれているのは事実。でしょう?」


「…………」


 優介は何も言えなかった。ネットを開けば化け物、ジャスティスターの失敗、存在感皆無、ただただ気色悪い。そんな声ばかりだ。

 たしかに自分の外見は、能力の都合上万人に受け入れられないのはわかる。活躍も出来てないのも新人ゆえ仕方ない。それでも世間の風当たりは厳しい。


「クリーチャーマン、貴方の見た目をとやかく言うつもりはありません。能力の都合や相手への威嚇もあるからねぇ。だけど、先週新月丸と別行動をとった事は褒められた事じゃないわ。もっと大きな仕事をこなさなければビジネスとして成り立たなのよ」


 先週の事件を口にした瞬間、連は少しだけムッとしたように眉間に皺を寄せた。


「でも社長、優介がいなきゃあの女の子を助けられなかったじゃないですか。流石に言い過ぎですよ」


「先輩……」


「そうです。たしかに本来は連君と一緒に行動し活躍させるのが目的でしたが、利益よりも人助けを優先した事はヒーローとして間違っていません」


 二人は優介を庇った。驚きつつも嬉しさが勝っている。間違ってない、そうはっきりと言ってくれたのだ。

 富江は反論する二人に微笑む。


「落ち着きなさい。私は間違いとは思ってないわ。利益よりも人助けを優先するのはとても素敵よ」


 椅子に寄りかかりながらゆっくりと、なだめるように語る。


「うちの一番の自慢はスキャンダルから無縁な事。新月丸は上位になろうと傲らずヒーローの心を無くしていない。バットコードも年長者として二人を支えてくれてる。クリーチャーマンもその真面目で小さな悪事にも駆けつける精神は立派だわ」


「社長……」


「けど、弱きを助け悪を討つヒーロー像は古いの。弱きを助け悪を討つ、それをビジネスとして成り立たせるのが今のヒーロー。貴方達も生きるのにお金は必要だもの」


 立ち上がり新月丸のフィギュアを撫でる。


「正義の心は持ち続けなさい、絶対に無くしててはダメ。ただそこに仕事とプロの意識を追加しなさい。数字を出してこそ意味がある」


 そして優介の方に歩み寄り、彼の肩に手を置いた。


「件の女の子も、新月丸が対応すれば彼女を助けつつクリーチャーマンも本陣に向かえた。どうせ舞ちゃんに報告や相談せず、勝手に走ったんでしょ?」


「はい……」


「貴方はまだ新人なの。イレギュラーがあっても勝手に動かず私達に相談しなさい」


「わかりました」


「じゃあお話しはここまで。今年度もジャスティスターの活躍に期待しているわ」


 三人は一礼し部屋を出る。少し重い足取りのまま、下の事務所に戻った。

 部屋には相変わらず舞一人しかおらず、彼女はパソコンを眺めている。


「あ、おかえり。その顔、怒られたみたいね」


「ちょっとね。叔母さんは何を見てたの?」


「アウェイクスの肉体に関する論文をね。あと仕事中なんだから叔母さんじゃなくてマネージャーでしょ」


「う、うん」


 公私混同はしてはならない。本来はマネージャーと呼ぶべきであるが、気が揺るんでいたせいかつい叔母と呼んでしまった。

 申し訳なさそうに縮こまると、連が肩を軽く叩く。


「んじゃあ俺はこれから一仕事あるんで。優介、あんま気負うなよ。世間の評判なんかひっくり返してやれ」


「はい、頑張ります」


 手を振りながら立ち去る連を見送る。


「さて、私も行くかな。私は非戦闘員だからね、高ランクは難しい分仕事を探さないと」


「亮太郎さん……」


「大丈夫。君は私よりももっと上位のヒーローを目指せる」


「はい。あっ……」


 優介は立ち去ろうとする亮太郎を引き止める。


「亮太郎さん、ちょっと調べてほしい事がありまして……お願いできませんか?」


「珍しいね。何かあったのかい?」


「少し……怪しい噂を聞きまして。詳しくはメールします」


「そうか。わかった」


 詳しくは聞くまいと亮太郎も部屋を出る。残された優介に舞が話し掛けた。


「なんかあったの?」


「個人的に気になった事があって」


「ふぅん。あっ」


 思い出したように舞はデスクから何かを取り出した。それは小さな封筒だ。


「じゃーん。クリーチャーマン初のファンレターだよ。女性からだから、この前助けた娘じゃない?」


「あ、ありがとう」


 受け取った封筒の名前を確認する。そこにははっきりと宇津木あかりと書かれていた。

 優介は思わず封筒を落としそうになる。


「せっかくできたファンは大切にしなさいよー。応援あってこそのヒーローな……どうしたの?」


「あの……実はあの助けた女の子なんだけど、クラスメートだった……」


「はぃ?」


 舞の目が点になる。それもそうだ、こんな偶然普通はあり得ない。


「クラス変えで……同じ学校の子だったみたい。今日初めて知った」


「…………どんな確率よ」


 あきれたようにデスクに突っ伏す。そして疲れたような深いため息。


「バレてないよね? 身バレはご法度よ」


「大丈夫だと思う。話したりしてないし、能力も隠してるから。うん、向こうも気付いてない」


「そう……。とにかく絶対にバレないようにね」


 無言で優介は頷くのだった。

 大丈夫、少し気にはなるも彼女に深く関与する気は無い。ただのクラスメート。名前くらいしか知らない、そんな間柄でいよう。

 そう自分な言い聞かせるのだった。

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