第7話 クリア株式会社
学校近くの駅から電車に乗り数分。窓の外に高層ビルが建ち並ぶ景色に変わっていく。
優介はスーツを着たサラリーマン達と共に外に出る。空を見上げれば天高くそびえ立つ建造物達がこちらを見下ろす。
ビルが作った日陰の中を歩き、地上数十メートルの建造物…………の合間にある小さなオフィスビルに入る。そして階段を駆け足で登り、三階の部屋の扉を開けた。
「おはようございます」
お世辞にも広いとは言えない部屋に六つのデスクが並ぶ。その内の一つに舞が座っており、部屋の隅には二人の男性が話している。
「おっ、来た来た。ちゃんと寄り道せずに来たわね。二人とも優介が来たよー」
舞の声に男性達も気付く。
「おはよう優介君」
先に来たのは中年の男性だ。優介よりも少し低い身長に後退した頭髪、腹も出た冴えない中年男性の典型例のような人物だが、優しげで落ち着いた声色としっかりと背筋を伸ばした父性のある男性だ。
彼は優介の先輩ヒーローであるバットコード、本名を藤枝亮太郎と言う。
「よう優介」
もう片方は二十代前半の銀髪の青年だ。整った顔立ちに森田と同等の長身、まるでアイドルのような微笑みを向ける。少々チャラついた印象を受けるも、優介は倉敷に感じた不快感は感じていない。彼もまたヒーローであるからだ。
彼こそジャスティスターの看板ヒーローであり、トップヒーローの一人。新月丸、貝塚連だ。
「おはようございます先輩。すみません、僕の都合でこんな中途半端な時間になって」
「構わないさ。君は学生なんだから、そっちを優先しないと」
「そうそう。んじゃ舞ちゃん、俺らもう社長んとこに行っていい?」
「ちょっと待って。今連絡するから」
舞はデスクに置かれた電話を取り内線を繋げる。その間、優介は部屋を見回した。
本来なら事務員が二人ほど在住しているはず。しかし今日は彼らの姿が見当たらない。
「あの、今日は叔……マネージャーだけなんですか?」
「あー、実は俺宛てのプレゼントが結構届いてな。それのチェックに行ってるらしい」
「なるほど……」
苦笑いをする連に納得するように頷く。彼は日本ではランキング二位に君臨する超人気ヒーローだ。それだけファンからの贈り物や手紙が山のように届く。中身のチェックも一苦労だ。
「いやー、連君は本当に凄いよ。流石はジャスティスターの花形だね」
「でも、亮太郎さんもちょいちょい感謝状とか貰ってるじゃないっすか。去年も活躍してましたし」
「それでも連君には勝てないよ。そもそも、私は戦う力が無い能力だ。君みたいなトップヒーローにはなれないよ」
二人の会話に優介は口を閉ざす。特に新月丸こと連は圧倒的な存在。この事務所を一人で支えていると言っても過言じゃない。
目標や憧れであり、彼に対し劣等感もあった。
「……みなさん凄いですね。僕なんかまだまだです」
「何を言ってんだい。優介君は去年デビューしたばかりなんだからさ。これからだろう?」
亮太郎が軽く肩を叩くが、優介の表情は優れない。
「でも、SNSでもあんまり良い声聞かないし。キモいとか、新月丸の足を引っ張ってるとか……」
「おいおい、そんなの気にすんなよ。誰にだってアンチは沸くもんだ。俺も悪口言われる事はあるぜ、万年二番手とかディバインセイバーのおまけってさ」
「そうだとも。私みたいな戦闘力皆無の連中がヒーローを名乗るなとかね」
二人の言葉が温かい。少し気弱になっていたが勇気づけられる。
そうだ、たかがネットでの悪口だ。こんなの日常茶飯事、重く見れば負担にしかならない。
「そうですよね。見た目だって、グロいのが良いって言われた事もありますし」
「それ、誉め言葉とは言えないのよねー。どうでも良いけど」
いつの間にか三人の間に舞が入っていた。その小柄な体格のせいか、亮太郎と並ぶと親子にも見える。
「とりあえず、社長が来てって。前に言った通り、去年度の反省とか……いろいろとありがたいお話しね。亮太郎さんはともかく、連君と優介は真面目に聞くように」
「俺はそこまで不真面目じゃないっての」
「まあまあ。じゃあ連君、優介君、行こうか」
「はい」
年長者である亮太郎を先頭に三人は上の階へと急ぐ。
四階の階段すぐ近く、何の飾り気も無い扉の前で息を整えノックした。
「入りなさい」
扉の向こうから聞こえたのは少し枯れた女性の声だ。
「失礼します」
社長室に亮太郎、連、優介の順に入り横に並ぶ。
そこは来客用のソファーと簡素な業務用のデスクだけのシンプルな部屋だ。しかし壁には銀色の忍者、新月丸のポスターが貼られ、デスクにはフィギュアが飾られている。
「「「おはようございます、社長」」」
三人は背筋を真っ直ぐ伸ばしこの部屋の主に挨拶をする。
「おはよう、私の素敵なヒーロー達」
そこにいたのは初老の女性だった。まるで絵本の魔女のような鷲鼻に痩せ細った体格。彼女こそクリア株式会社代表取締役、泉富江。優介達のボスである。
「各自お仕事もあるし、優介君は学校後なのに悪いわね。友達と出掛けたかったでしょう」
「いえ、今日は元々こっちに来る予定にしていたので」
「あら、真面目で嬉しいこと。じゃあ本題に入りましょう」
富江の目が鋭くなり三人を見回した。
「知っての通り、昨年の五月に優介君……クリーチャーマンがデビューしました。業績も総合的には右肩上がり、特に……」
連の方に視線を向ける。
「新月丸、日本ヒーローランキング二位、おめでとう。貴方の活躍は我が社の誇りよ」
「へへっ。今年は俺がトップに君臨してやりますよ」
「頼もしいわね。……バットコード」
「はい」
次は亮太郎の方だ。
「九月に起きた地震、被災地での救助活動は見事だったわ」
「私はただ息を聞き逃さなかっただけです。救助活動は他のヒーロー達が行いました」
「それでも第一発見者として、貴方の能力、超聴覚が有効なのは事実よ。現に、今度設立されるヒーローによる災害救助チームに勧誘されているわ」
「本当ですか?」
優介と連も言葉に出さずとも驚く。お互い顔を見合せ、まるで自分の事のように笑顔になる。
「ええ。詳しくはメールするから、参加するか考えてちょうだい。さて、最後にクリーチャーマン」
「はい」
優介に緊張が走る。
「デビューしてから学校との両立、本当によく頑張ってるわ。食い逃げ三件、万引き二件…………まあ、軽犯罪とはいえきっちり正義を貫いているのも好きよ。それに、今朝貴方宛てのファンレターが来ていたわ」
「え?」
人気皆無なせいか、今までそんな物を貰った事が無かった。嬉しさより驚きの方が大きい。
が、優介は一つだけ思い当たる節がある。先週救助した少女、宇津木あかりだ。
「女性の名前だったし、報告にあった先週助けた娘じゃない?」
「そうだと思います。と言うより、それ以外思い当たりません」
「そうね。さて……」
富江の目付きが瞬時に変わる。力強くも慈愛に満ちた母のような目から、獲物を狙う猛禽類のような目に。
「これからは小言の時間。全員一字一句逃さずに聞きなさい」
空気が凍り付き、三人の身体が硬直する。
ヒーローといえど絶対に逆らえない存在がある。それはスポンサーと自身の上司だ。
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