第6話 不良少年

 始業式は早いものだ。授業も無く半日で終わる事を喜ぶ生徒は少なくない。優介もその一人だ。しかし普通の学生なら、この後友人と遊びに出かけるかと考えるが彼は違う。

 今後の予定がバイトだと言えばある意味正しい。ヒーロー活動も立派な仕事、給与が発生しているからだ。未成年の優介が働いているのだから、周りにはバイトと言い訳ができる。しかし優介の活躍は芳しく無いのが現実。給与もトップヒーローに比べれば雀の涙だ。

 生活に関しては叔母である舞の庇護下にあり問題は無い。しかしそれで良いのかと疑問はある。自分を引き取ってくれた事には感謝しているが、同時に申し訳なくも感じている。


「叔母さんの為にも頑張らなきゃ。帰ろう」


 帰ろうと鞄に手を伸ばすと、ついあかりの方に視線を向けてしまう。彼女は友人らしい眼鏡の少女、桜橋鈴と話している。


「……何やってんだ僕は。まるでストーカーじゃないか。ああもう馬鹿らしい」


 確かに彼女の事は気になり、直接救助した人が近くにいれば注目する。しかし気にし過ぎるのは別だ。

 こんな事はすべきじゃない。そう思考を切り換える。


「ねぇ、君さ今日この後暇? 飯でも行かない?」


「え……」


 誰かがあかりに話し掛ける声に振り向く。そこには倉敷だった。だがあかりは倉敷に良い感情を抱いていないせいか、迷惑そうに後退る。

 そんな中、鈴も倉敷を好意的に感じていないようで、噛みつくように睨みあかりとの間にわって入った。


「ちょっと、いきなり何? たしか倉敷君だったよね。悪いけどそういうナンパはお断りなんだけど」


「あ?」


 鈴の強い口調に倉敷は不機嫌そうに目を細める。そして品定めすような視線で利香を頭から爪先まで見た。


「…………ハァ」


 深いため息、軽蔑するような力の無い声。鈴には興味無いとばかりに目付きが冷たくなる。


「安心しろ、俺はお前みたいなブスに用は無いんだよ。顔も身体も低レベルな奴が話し掛けるな」


「な……」


「で、君……あかりだったよね。どう? こんなのより、俺と行かない? 奢るよ」


 思わず優介は立ち上がりそうになるも自制する。今すぐにでも止めに入りたい。しかし面倒事は起こしたくなかった。

 シャツの中で腕が疼き爪が生える。あまりにも無礼、あまりにも軽薄。そんな言動に怒りすら芽生える。

 客観的に見て、確かにあかりの方がスタイルも良く異性を惹き付ける風貌をしているだろう。しかし鈴が決して醜い訳ではない。それでも彼女を侮蔑している。


「俺の誘いを断るなんて、んな馬鹿な真似はしないよな? 解るだろ」


 威嚇するように指を鳴らしあかりを見下ろす。断れば力付くとでも言いたいようだ。

 しかしあかりは僅かに怯むも、すぐにキッと強く倉敷を睨み返した。自身を鼓舞するように、恐れに立ち向かうように。


「……お断り。悪いけど、私の友達をブス呼ばわりするような人と一緒にいる気は無いから」


 キッパリと断った。そんなあかりの力強い返事が予想外だったのか、鈴も非常に驚いている。


「行こう鈴。あんなのほっておこう」


「あ、うん」


 あかりは鈴の手を取り足早に教室から立ち去る。その後ろ姿を倉敷はニヤついた笑みで眺めていた。

 何事もなく終わった事に優介は胸を撫で下ろす。だが倉敷はそのまま優介の近くのピアスとドレットヘアの所に来た。


「あれぇ、紫音。行っちゃったけどどうすんの?」


「ハッ、今のは小手調べだよ。ビビって断れないのも楽だけど、ああいうのを屈服させるのが楽しいんじゃないか。じっくり攻略するさ」


「やるぅ」


「クラスでもかなりの上物だぜ、宇津木は。まあ安心しな、いつも通り飽きたらやるから」


「流石だ。紫音の選んだ奴って当たりばかりだからな。また楽しみだぜ」


 比較的小声でクラスには聞こえていない。しかし優介の耳には届いていた。

 なんて男だろうか。何故こんな男が野放しになっているのか。一発ぶん殴ってやりたいが私闘は厳禁。仮にもヒーローである以上、明確な証拠や現行犯でない者を攻撃する訳にはいかないのだ。


「外道が……」


「あ?」


 小さく呟き急ぎ足で教室から立ち去る。優介の声は倉敷紫音には届いていない。何か言っていたのは解るが、その内容まで聞こえていなかった。


「…………本当に外道だよ」


 頭が痛くなる。深いため息に肩を落とし、とぼとぼと廊下を歩く。


「目黒」


 優介が立ち止まり振り向くと、後ろから森田が手を振りながら駆け寄る。


「ちょっと待てよ」


「どうしたの?」


「いやいや、お前凄いと言うか、意外と言うか。倉敷を外道呼びしてさ、聞こえてなかったみたいだけど」


「ああ……」


 どうやら森田には聞こえいたようだ。すぐ後ろにいたのだからあり得ない話しじゃない。


「まあね。ちょっと、ああいう人は嫌いと言うか……許せなくて。」


「ヒロイックで好きだし、俺も同感だよ。けどな、少しは相手を考えた方が良いんじゃないか?」


「どうして?」


 森田の厳しい視線に優介は首を傾げる。


「朝も言っただろ。倉敷の家が金持ちなのか、あいつの不祥事はみんな揉み消されてるんだ。関わらないのが一番なんだよ」


「そんなの関係ないし、あのままにはしておけないよ。僕は無視出来ない」


「…………ハハっ、ある意味尊敬するわ。てか目黒ってそういうタイプだったんだな。一年の頃は気付かなかったよ。かなりアグレッシブと言うか、感情的と言うか。兎に角倉敷みたいなのを避けるタイプだって思ってた」


 驚いたように笑い出す。嘲笑するような不快なものではなく、もっと豪快な気持ちいい笑い声だ。


「なあ、この後暇か? どっかで飯に行こうぜ、俄然興味が湧いてきた。折角また同じクラスになれたんだ。どうだ?」


「あー……」


 優介は少し戸惑う。正直悪い話しではないが、残念だが暇ではなかった。


「ごめん、今日バイトが入ってて。学校終わったらすぐ行く予定だったんだ」


「ん……そっか」


 森田も残念そうに肩を落とす。いつもにこやかなだけあって、彼のこんな顔は少し心苦しい。


「折角誘ってくれたのにごめんね。……明後日は予定無い」


「ならまた次回だな」


「うん…………じゃあまた明日」


 優介は手を振り森田と分かれる。帰路につく生徒達とは違い、優介はオフィス街の方へと向かう。目的地は自身が所属するヒーロー事務所、そのオフィスがあるビル。


 ジャスティスターを管轄するクリア株式会社へと急ぐのだった。


 

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