第5話 通学するヒーロー
優介は一人学校へと向かう。彼に話し掛ける者は誰一人としていない。
彼は所謂ぼっちだ。だがそれを苦に感じてはいない。ずっとそう過ごしていた。
ヒーローは孤独だなんて格好つけてる訳じゃない。確かに意図的に周囲をヒーロー活動に巻き込む危険性を排除している。だがそれ以上に人付き合いが苦手なだけだ。
学校に到着するとクラス表を確認、新しい教室へと歩き出す。周りにはクラス替えに騒ぐ生徒達が歩き、優介はその声の合間を縫うように進む。
教室に到着すると、既に何人かの生徒が話しているのが見える。そしてホワイトボードに貼り出された座席表を見て自分の席を見た。
「いつもの後ろ側か」
そうぼやきながら席に座り鞄を机に置く。軽く背もたれに寄りかかりながら、優介は教室を見回した。知っている顔、去年同じクラスだった生徒もいるが殆んどが初対面だ。
ワイワイと談笑する少女達、机に突っ伏し居眠りをする少年。誰もがこれから始まる新学期に期待と不安を抱いている。
気分が乗らなかった。学校自体あまり好きではないし、ヒーローとして働いている方が気楽だ。もちろん授業は必要なのは理解しているし、勉強そのものが嫌いな訳ではない。
元々の性格なのだろう、友達を作るのも下手だし、昔から学校生活が苦手。
正確には、両親を失ってからだ。全てが狂ったあの日から。
「…………止めよう。嫌な事考えそうだ」
頭を振り思考を切り換えようとスマホを取る。一瞬SNSを開こうとしたが、流石に学校でクリーチャーマンのアカウントを開くのは不味い。しかも優介は個人のアカウントも持っていない。
操作する指を止め、何をしようかと画面の前でぶらつかせる。
「漫画でも読もうかな」
そう呟いた瞬間、背後の席に誰かが座った。
「よう目黒。今年も同じクラスだな」
優介が振り向くと一人の少年がにこやかに手を振る。百八十はあろう大柄な少年だ。
「おはよう森田君。今年もよろしく」
優介も軽く返事をした。彼は友人と言える程親しい間柄ではない。森田は一年生の頃からのクラスメートであり、誰とでも親しくするタイプだ。その為、優介にも気さくに話し掛ける数少ない生徒である。
彼の事は嫌いではない。クラスメートとして付き合うくらいなら問題無いし、普通に挨拶する程度の距離感はむしろ好ましい。
「いやぁ、一年の時もこうして新学期は目黒の背中見てたな」
「そうだね。もし逆だったら、森田君の方が背が高いからたいへんだったかも」
「ハハハ、俺身長くらいしか取り柄無いからな。でさ……」
森田は周りを見回すと身を乗りだしこっそりと優介に耳打ちをする。
「このクラスにヤバい奴いるからさ、気を付けろよ」
「ヤバい奴?」
「ああ。倉敷って奴なんだけど、荒事向けのアウェイクスな上に家が金持ちらしくてな。いろいろやらかしても揉み消されて……あんまり関わらない方が良いぜ」
「いろいろねぇ」
「ああ。去年学校辞めた女子はみんな倉敷が手を出したとか、気に入らない男子を半殺しにしたとか。それも全部金で解決したって噂だぜ」
「…………事実なら最低だね」
優介は目を細めため息をつく。心底嫌いなタイプだ。証拠があれば警察に叩き出したい。
だが表立って対立するのは難しい。事務所での契約で日常ではヒーローとして能力を使う事が出来ない、その正体を秘匿しなければならないのだ。
目黒優介として出来るのは、教師への報告くらいだろう。
「っと、噂をすればなんとやらだ。あの金髪だよ」
タイミングを見計らったように、教室へ三人の少年が入ってくる。金髪に制服を着崩したいかにもチャラチャラした風貌の少年、彼が噂の倉敷だろう。そして彼の横にはドレットヘアーとピアスを付けた二人が腰巾着のように付き従っている。
「うん、いかにもガラが悪そうだね。まぁ、うちは進学校って訳じゃないし、ああいうのがいてもおかしくないさ」
「そうなんだけどな。目黒はおとなしそうな奴だから、目を付けられないようにしろよ。万が一の時は相談に乗るぜ」
「……ありがとう」
そう心配する森田に少しだけ嬉しくなる。純粋な善意、それを隠さない笑みが眩しい。
「そういや目黒もアウェイクスだったな。再生能力だっけ?」
「そうそう」
「便利だよな。怪我してもすぐに治るんだろ?」
「うん。でも痛みは感じるから……」
そんな事を話していると、ふと聞こえた声に意識が向けられる。
「でも無事で良かったね、先週のモールにいたんでしょ?」
「うん、本当に怖かったよ」
教室の前方で、大きな眼鏡をかけた少女と、後ろ姿しか見えないが長髪の少女が話しているのが見えた。彼女達の会話から先週のショッピングモール襲撃事件の事を話しているのが解る。
あの場にいたからか、思わず聞き耳を立ててしまう。
「でも良いなぁー。ヒーローを直で見れたんでしょ? あたしだったら即サイン貰って写真も撮ってたなぁ」
眼鏡の少女は興奮したように跳び跳ねている。そんな彼女と違い、長髪の少女は苦笑していた。少しばかり彼女の言動に引いているようだ。
「いやいや、私本当に危なっかったんだから。そんな楽しむ余裕なんか無いんだから」
「それもそうね。ごめん、ちょっと無神経だったわ」
「まあ鈴がヒーローマニアなのは知ってるけど、流石にあの場にいたらサインとか言ってる場合じゃなくなるよ」
「そう言われると、あり得るかな……」
二人の会話を聞いていると森田が優介を突っつく。
「どうした、急に黙りして」
「ごめん、ちょっと考え事して。先週の事件の事が聞こえて」
「ああ、あれか。いやー、ニュースで見たけど凄かったな」
森田はスマホを取り出し操作する。そしてネットニュースの記事を優介に見せた。
「けっこう近かったからさ、本当びっくりしたよ。けどディバインセイバーと新月丸のツートップヒーローが鎮圧。すっげぇよな。テレビもネットもこればっかだよ」
記事には二人のヒーローが握手をする写真が掲載されている。銀色の忍者と剣を全身に貼り付けたような鎧を着たヒーローだ。
優介はこの銀色の忍者、新月丸を知っている。何故なら彼は同じ事務所、ジャスティスターに所属する先輩ヒーローだからだ。
「うん……そうだね」
そう小さく頷くと、彼の声を遮るように教師が現れる。小柄な初老の男性だ。
彼に促され生徒達は席に着き話し始める。生徒達は彼の話しを聞いているが、一部……倉敷だけはダラダラと薄ら笑いをしながらスマホをいじっていた。教師は一瞬彼を見るも、それを咎めようとしない。
そうしている内に生徒達が順番に立ち自己紹介を始める。
そして二人目の生徒、あの長髪の少女が立つと優介は驚いたように目を見開いた。
「宇津木あかりです」
彼女は背筋を真っ直ぐ伸ばし教室を見回す。優介とも視線が合うが一瞬だけ。それでも優介は思考が停止しそうになる。
あの日、あの場所にいた少女が何故? 確かにあのモール周辺に住んでいるのなら、何処かで会う可能性はある。優介もこの近辺に住んでいるからだ。同じ学校だと気付かなかったのは、一年生の時は違うクラスだったからだろう。しかしここで再開するのは想定外だった。
(いや、落ち着け僕。彼女は僕の事を知らないし、一回会っただけだ。解りっこない)
そう自分に言い聞かせ、優介は深呼吸をする。
一人、また一人とクラスメート達が名乗るが頭に入らない。そうしていると自分の番になるが、気付かず森田に突つかれ我に返った。
「あ、えっと……目黒優介です」
焦り、早口でそう名乗った。その姿を遠目からあかりは見ていたが、優介は気付かなかった。そしてあかりも優介が誰なのかも知らずに、ただのクラスメートと聞いていたのだった。
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