第4話 目黒家、沢尻家
日の光がカーテンの隙間から差し込む。その光はベッドに寝る一人の少年の顔を照らした。
「……ん」
少年は目を擦りながら起き上がる。
ボサボサの黒い髪は目元を隠すほど長く、その隙間から見える瞳は温厚な雰囲気を出している。中肉中背、特徴の無いどこにでもいそうな少年だ。
少年の名は目黒優介。パッと見は普通の、少し気の弱そうな高校生だ。
優介は小さく欠伸をし背筋を伸した。そして枕元のスマホで時間を確認する。
「さてと、叔母さんが起きる前に朝ごはん作るかな」
壁に掛けられたブレザーを取り、机に置かれた写真に微笑む。
「おはよう、お父さんお母さん」
彼は着替えると部屋を出てリビングに向かう。カーテンを開け窓の外を見ると、広大に広がる街並みが見える。
静かな朝の街。平和な一瞬がそこにあった。
「今日から二年生か。…………どんな人がクラスにいるのかな。まぁ、関係無いか」
ため息をつきながらキッチンへ向かう。いつものように慣れたように朝食を用意し、コーヒーメーカーを動かした。
テーブルには白米や目玉焼き、味噌汁が用意されていく。そうしているとリビングの扉が開けられる。
「あー。おはよう……」
女性……と言うよりも少女に見る人物が入って来た。薄く脱色した茶髪、百四十少々の身長から優介よりも年下にみえる幼い風貌。しかし黒いスーツを欠伸混じりに整えている事から、彼女が優介よりも年上なのが解る。
彼女は優介の叔母、沢尻舞。両親を失った優介の唯一の親族だ。
舞は目を擦りながら椅子に座ると、優介はそっと彼女のマグカップにコーヒーを注ぐ。
「あ、今日はブラックでお願い」
「珍しいね」
「忙しいのよー。昨日も先週のモールでの事とかさ。うちのヒーロー達の事とかさ」
優介はピクリと反応し手を止める。
「事件解決の功労者として、新月丸はまた人気爆発。人気ヒーロー達とのコラボとかテレビやネットニュースの取材調整があるのに……。あんたとは大違いね、クリーチャーマン?」
「アハハ……面目ないです」
そう言いながら優介の右手が裂け無数の触手となる。触手は台所から端を掴み、二人の前に運んだ。
目黒優介は高校生だ。しかし彼にはもう一つの顔がある。それはジャスティスターに所属するヒーロー、クリーチャーマンだ。そして舞は優介達、ジャスティスターのヒーロー達のマネージャーなのである。
「優介、本当にもっと頑張りなさいよ。いや、頑張ると言うより仕事を選択しなさい。もっと大物犯罪者を狙ったりさ。小物ばかりじゃどうにもならないよ」
「でも、困ってる人を見捨てられないよ。先週だって……」
二人は朝食を食べながらいつもの会話をする。マネージャーとして所属ヒーローの売り出しをしたい舞、ヒーローとして小さな悪も逃したくない優介。二人の対立は今に始まった事じゃない。
「だってじゃない。いい? ヒーローとしてすごく立派だと思うけど、それだけで食ってけないって何度も言ってるでしょ」
「だけど僕も案件貰った事あるよ」
「一回だけね。それもモンスターパニック映画の、モンスター側のイメージとして。結局他のヒーローの当て馬要員じゃない」
「ううっ……」
ぐうの音も出なかった。彼女の言う通り、今の優介、クリーチャーマンは底辺ヒーローだ。華々しい活躍も無い上、あの醜悪なビジュアルにクレームが来た事もある。
自分の信じるヒーローとしての有方を曲げたくない。それでもこれはビジネスだ、慈善活動とは違う。
「優介、これはマネージャーではなく叔母として言わせてもらうわ。ヒーローを続けるか、少し考えた方が良いんじゃない?」
「…………そう、かな」
心に棘が刺さったように痛い。
「まだ高校生なんだから、道はいくらでもあるじゃない。正直、心配してるのよ? あんたに何かあったら、お姉ちゃんに申し訳無いもの」
彼女が心配するのも無理は無い。いくら力があるとはいえ、甥が危険な仕事をしているのは事実。そこに難色を示して当然だ。
しかし優介は違う。
「それでも……」
「それでもヒーローでいたいんでしょ? なら、もう少し事務所の意向にも従って、必死にランクを上げて」
舞は微笑みながら頬杖をついた。
「ああ言ってるけど、応援もしてるのよ? 叔母として、マネージャーとしてね」
「ありがとう……」
優介も応えるように笑う。同じ瞳で笑い合う二人は似ていた、血の繋がりがあるのだか当然だろう。
「さて。今日は始業式だから早く帰れるのよね?」
「うん。お昼には学校出るよ」
「オッケー。ならそのまま事務所に来て。社長から今期の話しがあるから」
「わかった」
「さっ、ご飯食べて仕事に行きますか。っと今朝のニュース」
テレビを点けると朝のワイドショーが流れていた。
『ええ、アウェイクスの犯罪者にはコアの摘出手術が義務付けられていまして。コアは再生成されませんから』
『先週のショッピングモール襲撃事件の犯人も……』
ニュースは先週の事件で持ち切りだ。それもそのはず。あれだけ大規模な事件は久方ぶりだ。ヒーローも活躍しそれをテレビが取り上げない訳がない。
画面にもヒーロー達がテロリスト達を蹴散らす姿が放送されている。その中に優介、クリーチャーマンの姿は無い。当然だ彼はその頃別の場所にいたのだから。
ふと優介はあの時助けた少女の事を思い出す。名前も聞いていなかったあの娘、救出する側される側の関係だけ。それだけだが、彼女の事が記憶に残っていた。
たぶん歳は近い。十代なのは間違いないだろう。そして何よりも……
(あの娘、可愛いかったな)
本来ならよこしまな考えと否定していただろう。しかし優介の心に、小さく残っていた。
そうして朝食を終えた二人は共に外に出ようとする。玄関先で舞は優介のネクタイを整える。身長差があるせいか、舞はおもいっきり背伸びをし少し危なっかしい。
「叔母さん、そのくらい自分でやるよ」
「いーじゃない。家族なんだから」
「…………うん」
されるがままに優介は笑う。
三年前、両親を失った優介を引き取り面倒を見てくれた叔母。彼女にはどれだけ感謝しても足りない。今の自分があるのは全て彼女のお陰なのだから。
「叔母さん」
「どした?」
「ありがとう」
「何言ってんの。本当、可愛い甥っ子ね」
舞もまた微笑む。
「さて、今日から新学期だけど、学校では何を注意する?」
「自分の能力を明かさない、ヒーローだと感付かせない。大丈夫、去年から僕の能力は再生能力って事にしてるから。いくら僕が不人気だからって、ヒーローってバレたら事務所に迷惑かけちゃうし」
「宜しい。そこは仕事としてしっかり……ね? うちは顔出し厳禁なんだから」
「わかってるって。さっ、行こう」
二人はそのままマンションを後にする。
優介は学校に、舞は職場に。二人の行く先は違う、しかしその道はまた交わる。ヒーローとして走る者、それを支える者として。
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