第3話 評価

 一方あかりは下に落下したヒーローを呆然とした様子で見ていた。

 テレビやネットでヒーローの活躍が流れるのは珍しくはない。現に弟はそれに夢中だ。画面に映る華々しい活躍をするヒーロー達、それに憧れる人々も多い。

 しかし今しがた見ていた光景は、そんな格好いいものではなかった。映像の編集や見た目の良いヒーローが外された…………文字通り人外同士の争いを見ていた。

 不思議な感覚だ。実際恐怖心にまだ手が震えている。それが自分の身に向けられた悪意によるものか、それとも別のものか。それはわからない。


「君、今行くから」


 ふと聞こえた声に我に帰る。返事をする間もなく、クリーチャーマンは腕を伸ばし穴の縁に鉤爪を引っ掛かけると、そのまま身体を引き寄せ、玩具売場に再び降り立つ。そして触手で拘束された狼男をもう一人のテロリストの方へと投げ捨てた。

 クリーチャーマンはゆっくりとあかり達に歩み寄る。


「怪我はありませんか? 必要なら救護班を呼びますよ」


「あ……」


 あかりはその時、自分達を救った者の姿を再認識する。ヒーローとは世間からも注目されているせいか、正体を隠し自分の身を守る鎧としての機能を有した派手なコスチュームを身に付けている。しかし彼は全く別の方向に派手な姿をしていた。

 人型の化け物。そう呼ぶに相応しい人物だ。身体中に貼り付いた獣の頭骨と眼球、二メートル近い細長い体格とデッサンが狂ったように見える長い手足。顔も骨の兜を被ったような風貌だが、露出した口には鋭い牙が並び人間とかけ離れた瞳がこちらを見ている。

 一瞬悲鳴が出そうになるが、喉元までに押し留めた。何せ彼は助けてくれたヒーローだ、そんな失礼な事をしてはならない。それにこの姿はアウェイクスとしての能力によるものだろう。先程のテロリストのように、自分の肉体を変身させるヒーローもいる。それと同じだと納得させた。


「あの、ありがとうございます。お陰様で無事です」


「そうか。間に合って善かったよ、本当に……」


 その瞳に優しい笑みが宿る。心がふっと軽くなったような気がした。

 助かったのだ、自分も弟も。彼が来てくれなければどうなっていたか、想像するだけで心臓が握られるようだ。最悪、散々もてあそばれた挙げ句弟と一緒に殺させれていたかもしれない。そう考えるだけで涙が出そうになる。


「私、怖かった。嫌で……でも、逆らったら弟が……」


 思い出し手が震え始めるあかりに、クリーチャーマンはその硬い爪の塊のような手で包む。


「ごめんなさい、僕がもっと早く来れたら怖い思いをさせなかったんだけど。でも君は弟を守ったんだ。誇って良いと思う」


「…………はい。そうですね」


 手をゆっくり離す。それが何故か少しだけ名残惜しかった。だが弟が無事である、それを思い出し少しだけ気が楽になる。視線を横に向ければ弟の武がこちらに歩み寄って来た。

 怖かったのだろう、暗い表情を浮かべこちらを見上げる。


「ほら、ヒーローが来てくれたんだよ。私達を助けてくれたんだから……」


「ディバインセイバーじゃない……」


「武?」


 それは失望の視線だった。


「新月丸も来ないし。変なのしか来なかった」


「こら! この人は私達を助けてくれたのよ。ごめんなさい、弟が失礼な事を……」


「いえいえ。子供は好きなヒーローを望むものです。いつもの事なので気にしないで」


 本人は笑っているものの、あかりはあまり良い気ではない。

 ご馳走だと言われワクワクしていたら違っていたのと同じ、それは子供にとってとても残念な事だ。それでもあかりにとって弟の言葉は流せるようなものではなかった。


「とりあえず外に……っと」


 何処からか電話の着信音が聞こえる。耳をすますとクリーチャーマンの体内からだった。


「すみません、マネージャーからだ」


 クリーチャーマンの肩が開き、体内からスマホを吐き出した。そしてあかり達を背に急いで電話に出る。


「あーもしもし、マネージャーですか?」


『あんた、何処ほっつき歩いてんの!? もう終わっちゃったのよ。テロリスト達の鎮圧は終了、解ってる? せっかく新月丸があんたも一緒にって言ってたのに』


 電話から聞こえるのは女性の声だ。怒鳴っているせいかあかり達にも声が聞こえる。


「すみません、別方面から向かっていたので。でも先輩がいるなら僕は……」


『だーかーらー! 同じ事務所で組んで解決すれば見栄えも良いし、売り込むのにも美味しいって社長も言ってたでしょ。来なかったせいで、結局今回もディバインセイバーと新月丸、ツートップヒーローで解決する羽目になったじゃないの』


「で、でも僕も二人捕まえましたよ。女の子達が襲われてましたし……サボってた訳じゃないんです」


『…………その子は無事なの?』


 マネージャーの声色が変わり、クリーチャーマンはちらりとあかり達を見る。二人に怪我も無く着衣も乱れていない。救出は成功していると言えるだろう。


「はい、大丈夫です。間に合いました」


 そう強く頷いた。その声に電話の先、マネージャーは小さくため息をついた。


『……ただでさえファンが少ないんだから、一応その子に売り込んでおきなさい。サボってた訳じゃないみたいだし、社長には私から説明しておくから。…………クリーチャーマン』


「はい」


『人助けはヒーローとして間違っていないわ。けど、少しはビジネスを考えてね。低ランクヒーローを、いつまでも事務所が養ってくれるとは思わないで』


「解ってます。では……」


 電話を切りがっくりと肩を落とす。その背中には哀愁が漂っていた。先程までおぞましくも頼もしい立ち振舞いをしていたヒーローとは思えない。

 それでもあかりにとっては彼こそがヒーローだ。テレビの中の有名なヒーローとも違う、見た目なんて関係ない。弟はそう思っていないからか残念そうに不貞腐れているが、ピンチに颯爽と現れ悪党を退治する、本物の正義の味方ヒーローだった。


「…………あの」


 少し緊張しながら声をかける。それに気付くとこちらに振り向いた。


「お名前、もう一度聞かせてください」


「え、あ……んん!」


 咳払いをし姿勢を正す。


「ジャスティスター所属のクリーチャーマンです。応援よろしくお願いします」


「ありがとうございますクリーチャーマンさん。ほら、武も」


 姉に背を押され、少しバツが悪そうにするもクリーチャーマンを見上げる。一瞬ギョッとするも、姉が傍いた事、冷静になり助けてくれた事を再認識したからか、小さくも申し訳なさそうに口を開く。


「…………ありがとう」


「フフ……ヒーローとして当然の事ですから。さて、もう事件は解決しているようですし外に行きましょう」


 背中から虫の脚のようなものを生やし、簀巻きにされたテロリスト達を引っ掛かけ運び始める。

 申し訳ないがやはり不気味だ。人によっては強い嫌悪感を抱くだろう。そう思いながら彼の後を歩き出す。

 今度ファンレターの一つでも送ろう。そんな事も考えながら。

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