第2話 ヒーロー参上2
クリーチャーマンは手を開き、自身の爪を見せ付けるように構える。不思議な事にそれはお互い同じ構えだ。まるで同じ流派の武術が争うように。
実際は武術の構えとは違う。獣が自身を大きく見せ威嚇するような、人間の技と全く別物だ。
「ククク……嬉しいねぇ。こっちに合わせてくれるたぁ」
「悪いけど、僕は元々こういうスタイルなんだ。お前達悪党に合わせるつもりは無い」
「ハッ! つれない……な!」
男は足をバネのようにしならせ、自身を弾丸とし化し飛び掛かる。
速い。見た目に違わず、人間の出せるスピードではなかった。それでもクリーチャーマンの目は逃さず駆け出す。
「ふん!」
「シャっ!」
お互いの凪払った爪がぶつかり合う。一本一本が大振りのナイフのような凶器が衝突し、金属とは違う鈍い音が響いた。
「くっ……」
だがクリーチャーマンの爪が弾かれる。体格差は歴然、膂力も同じだ。
体勢を崩したその一瞬を男は見逃さない。首を掴み投げ飛ばし、プラモデルの飾られたガラスケースに衝突する。
「うわっ」
全身を骨の鎧で固めた彼の身体は決して軽いものではない。しかしこんなにも簡単に投げられれば驚きを隠せなかった。
それでも戦闘中である事に変わりはない。幸いダメージも無く、受け身をとると即座に立ち上がり身構える。
「そらそら、どうしたヒーロー。もっと俺を楽しませろよ」
「楽しませろか。こっちは遊びじゃないんだけどな」
ちらりと宇津木姉弟の方を見る。幸いな事に男の意識は完全にこちらに向けられている。もはや二人は眼中に無いだろう。しかし自分が敗北すれば、また二人が危険に晒されるだろう。
「そう、遊びじゃない。お前と違ってな!」
左腕の頭骨が口を開く。そこから顔を覗かせたのは触手ではなく無数の牙だ。口腔を埋め尽くすようなそれはまっすぐと男に先を向ける。
「これでも喰らえ!」
左腕が息を吸うように震えると、牙を一気に吹き出した。それは散弾のように広がり、店ごと男をえぐりながら破壊する。
かに思えた。
触手の一撃を見切った獣の動体視力、俊敏さ。その能力なら避ける事は簡単、数発かするのもあるが直撃はしない。外れた牙が棚の玩具の箱を穴だらけにし、床にも突き刺さるだけだ。
「肉体変化を利用した神出鬼没の変則的な攻撃。面白いが、それ以上にはならん」
「だったら……」
爪を短くし拳を握る。
「正面からだ!」
一直線に駆け、まっすぐ拳を突き出す。逆に正攻法、人としての技と力だ。本来ヒーローは自身の能力を中心に戦うが、それでも人類が培った武術が根底にある。
彼もまたそうだ。己の肉体と技、それも立派な武器なのだ。
「ふん!」
迷い無い正拳突き。しかし片手で簡単に受け止められてしまう。
「良いパンチだ。能力に頼らずトレーニングも欠かしていないようだな。が……」
「まだまだぁ!」
即座にもう片手を繰り出すもそれも軽々と掴まれてしまう。
「相性が最悪なんだよ。変身でそれなりに身体能力は上がっているが、身体能力に特化した俺の方が上だ。それに頼みの不意打ちも見えちゃ意味が無い」
「ぐっ……ぐぐ……」
男の言う通り、純粋な身体能力は相手の方が上だ。どれだけ力もうとピクリとも動かせない。
逆に男はまだ余裕があるように笑っている。更にジリジリと掴む手に力が入り、骨の鎧が少しづつ軋んでいく。
「このっ!」
このままでは埒があかない。クリーチャーマンは大きく口を開く。そしてそこから何か……その先端は牙が並ぶ口となった舌とも触手とも言える不気味な物体、まさに蛇と呼ぶに相応しいそれが飛び出した。
鼻先に噛みついてやろう、もしくは強靭な筋肉に守られていない体内にぶちこめば。
「!?」
それでも思い通りにはいかなかった。両腕は塞がりすぐ側の距離だ、避けるなんて不可能のはず。だがそれは甘かった。
「だから見えてんだよ」
鋭い牙の並ぶ大きな口が噛みついていた。いや、噛み千切った。そして舌先を吐き捨てニヤリと口を歪ませる。
「さてさて、どうしたクリーチャーマンさんよ。次はどうする? 目玉を飛ばすか? また触手を出すか? それとも足を伸ばして蹴るか? てめぇの能力はあれだ、ひと昔前のモンスターパニック映画のやつだろ」
「へぇ、よく解ってるね。だったら君の能力じゃ僕を殺しきれないんじゃない?」
「普通ならな。だがコアを潰せば能力は無くなる……だろ!」
ピクリとクリーチャーマンの目が反応する。それもそのはず、コアとはアウェイクスが超能力を発現させている器官、それを損失すれば能力も同時に失ってしまう。再生能力を失わせるのが一番堅実な戦法だろう。
一瞬立ち止まったその隙にクリーチャーマンを上空に投げ、その鋭い爪を溝の口に突き刺した。
「っ!」
「当たるまで何回でもぶちこんでやる。さぁ、お前コアは何処にあるのか……」
突き刺した爪を動かし体内を引っ掻き回す。コアの位置は人によって違う。体内に潜むコアを直接握り潰してやろうと探すが違和感に気付く。
まるで空気に触れてるようだと。
「残念、そこには何も無いんだよね」
「で、でたらめだろ……」
爪を突き刺したと思っていた。しかし男の爪はクリーチャーマンの溝の口、そこに開いた口が咥えていたのだ。
「さぁて、今度はこっちの番だ!」
クリーチャーマンは何か透明な液体を吐き出し、男の顔に吹き掛ける。ツンとする刺激臭、触れた箇所がヒリヒリと痛む。
「グフェ、何だこれは!? 臭っ……痛っ!」
「胃酸だよ! これで鼻も目も使い物にならないだろ」
男の腕を振り払い、数メートル離れるように着地する。既に開いた口は閉じ跡形も無くなっていた。
「くそが……ふざけた真似をしやがって」
「ふざけちゃいないよ。ただ単に、お前も油断していただけだ。さて……」
大きく息を吸い右足を下げる。右足の鎧が展開、肥大化していく。
「恐怖を見せてやる!」
跳躍し右足を突き出した跳び蹴りを放つ。だがその足はもう足の形をしていない。
巨大な魔獣の頭。血に飢えた牙を並べた怪物が、大きく口を開けて襲い掛かって来た。
「ヒィ!?」
男は理解した。このヒーローの名がクリーチャーと呼ばれる訳を、恐怖を見せる、悪夢を見せると言った意味を。
目が開いたその瞬間、彼が見た光景は巨大な口が今まさに喰らいつく寸前だった。並び立つ牙、口腔内を埋め尽くす無数の眼球と触手。上半身に噛みついた化け物は、そのまま男の身体にねばついた口腔内の触手を頭に巻き付け拘束した。
恐ろしい。吐き気すら催す異臭と触感、全てが男の精神を削ってゆく。まるで、本当に怪物に食われたような錯覚すらあった。
「堕ちろ!」
身体を捻り男の身体を持ち上げると、勢いのまま床に叩き付けた。
衝撃が周囲に広がり床は一撃で砕け散る。クリーチャーマンはそのまま下の階、家電売場に落下した。
煙が晴れ白い異形のヒーローが立ち上がる。クリーチャーマンの足下、そこには触手で簀巻きにされた狼男が白目を剥いて気絶していた。
「……テロリスト二名確保。まっ上に比べると小さいけど」
彼が上を見ると、開いた穴からこちらを覗き込む少女、あかりの姿が見える。
「あの娘を助けられたから良しとするか」
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