クリーチャーマン~底辺Fランクヒーローですが、正義の心はSランクに負けません~

村田のりひで@魔法少女戦隊コミカライズ決

第1話 ヒーロー参上1

「ほらほら、暴れるなよ。動くと弟君の頭に風穴が開いちゃうよー」


「このクソガキが。手間とらせやがって」


 人気の無いショッピングモールの一角、玩具屋から声が聞こえる。薄暗く僅かな明かりの下、二人の男が笑っていた。

 眼鏡をかけた男はサブマシンガンを手に小学生くらいの小さな男の子を踏み、もう一人の茶髪の男は高校生くらいの少女を組み伏せている。

 少女は怯えながらも横目で男の子を見る。彼もまた頭に銃口を突き付けられ、今にも泣きそうな目で震えていた。


 腰まで届く長い髪、おしとやかな雰囲気の少女、宇津木あかりは絶望に押し潰されていた。

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか。ただ弟と一緒に買い物に来ただけなのに。

 偶然テロに巻き込まれ、隠れながら逃げていた所捕まってしまう。自分が産まれる前は漫画のような出来事だが、現在は違う。超能力者、アウェイクスの出現と共にこんな事が日常になってしまったのだ。

 欲望のままに力を振るう者が、力無き人々を踏みにじる日々が当たり前となってしまった。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん!」


「うるせ小僧だな。あ、おい俺もヤるんだから壊すなよ。お前の後だとイカれてる事多いからな」


「わーってるって」


 泣き叫ぶ弟、下品な笑みを浮かべる男達。彼らの舐め回すような視線から、何をしようとしているのかは想像するのは容易く、その意味を知らぬような歳ではない。


「お、お願いします……弟、武にだけは、何もしないで……」


 今にも泣き出しそうな震えた声。怖い、こんな恋を知らぬ内に喰い荒らされるだなんて絶対に嫌だ。

 しかし自分の貞操と弟の命、それを天秤にかければどちらが重いかは明白。抵抗すれば弟にその銃口は向けられるだらう。

 ほんの数十分我慢すれば良いだけだと言い聞かせる。が、それでも心が全力で拒絶している。


「物分かりの良い子は好きだぜ。しっかし、ガキにしてはずいぶん立派なもんじゃねぇか。大当たりじゃん」


(嫌…………嫌嫌嫌! 誰か……助けて)


 服の上から身体をなで回され、いっそう不快感が増す。事実、彼女はスタイルが良いと言える。身体の凹凸もはっきりとし、それが余計に男の心を昂らせているのだから。

 心の中で必死に叫ぶ。武が人質になっていなければ、全力で抵抗していただろう。相手が銃を持っていようと関係無い、いっそ殺された方がマシだ。だがその選択は出来ない。自分は姉だ、弟を守らなければならない。その想いが彼女の身体を縛る。


「助けて……助けてディバインセイバー!」


 弟が叫ぶ。自分が心から愛するヒーローの名を。そんな叫びを男達は嘲笑う。

 何故笑っているのか、それはヒーローはだからではない。実在するが、ここには来ないと思っているからだ。


「馬鹿が。ヒーローは来ねぇよ」


「残念だけど、ヒーローは上だ。こんな隅っこで遊んでる俺達より、上のボス達の相手に忙しいからな。そっちの方が世間からも注目されるし、勝てば評価はうなぎ登り。まぁ、うちのボスに勝てるかは知らんがな」


 そう、ヒーローは無償の正義ではない。目には目をと、アウェイクスの犯罪に対抗するために戦うアウェイクスの傭兵。ヒーローと言う名の仕事なのだ。そんな彼らが、末端の見張り番より、テロリストの本隊を優先するのはあり得る。小さな悪より巨悪を討つ、その方が評価されるからだ。

 勿論小さな悪事が全て見捨てられる訳ではない。普段なら充分助けが来る可能性はある。ただ大きな影に隠れてしまっているのだ。


「違う、絶対に来てくれるもん! お前達なんか、ディバインセイバーがやっつけてくれらんだ!」


「Sランクヒーローなんか余計に来るかよ。今頃うちのボスと派手にやってるだろ」


「素直に諦めな。じゃあ、そのメロンから頂くかな……」


 舌舐りしながらブラウスに手を伸ばす。


「っ!」


 覚悟を決め目を閉じる。全てが終わった後、武の命が無事でありますようにと祈るしか無いと。


 その時だ。


「待てぃ!」


「なっ!?」


 天井の排気口、その蓋が落ち若い男の声が響く。


「外道ども、その手を離せ」


 そこから紐のようなモノが下りてくる。いや、よく見ると紐ではなく肉の塊、触手だった。それが人の言葉を話していたのだ。

 それは床に落ちると絡み合いながらグロテスクな肉塊へとなり、二メートルはあろう人間のようなシルエットに変化してゆく。

 胸部に巨大な眼球が開くと、肉塊を突き破り獣の頭骨が全身に張り付く。それはまるで骨の鎧をまとった怪人だ。鎧の隙間からは醜悪な生肉が脈動し、全身に開いた目が周囲を見回す。

 生理的嫌悪感を抱かせるようなそれは頭の人と同じ場所にある目を開く。まるで爬虫類のような細い瞳孔が男達を睨む。


「我こそは悪を喰らう邪神の落とし子。ジャスティスター所じょきゅ…………」




 噛んだ。その場にいた誰もが一瞬思考が停止する。

 ヒーローとしての名乗り文句、それは自身の宣伝であり人々へ希望を与える大切な台詞。それを噛んだのだ、あまりにも情けない。


「ククク……クハハハ! ダッセェな! 新人か?」


 茶髪の男が大笑いしていると、眼鏡の男は目を細めてその異形のヒーローを見る。そして堪えるように肩を震わせながら笑い出した。


「マジかよ……こいつ、最底辺Fランクヒーローのクリーチャーマンじゃないか。こんな雑魚ヒーローが来るたぁ、ナメられたもんだな」


「ほぅ、最低ランクか。大方上に行っても足手まといだから追い出されたか? で、何か仕事が無いか探してって所か」


 ヒーローにも強弱はある。そして凶悪な犯罪者に勝利し成果を残せば当然評価され、成果が無ければ弱小ヒーロー扱い。

 しかしあかりにはそんな事は関係無い。ただ助けが来てくれた。そこに意味がある。


「た……助けて!」


「……ああ」


 そしてあかり達を助けに来たこの怪物……いや、ヒーローは軽く咳払いをし茶髪の男を指差した。


「二人を解放し投降しろ」


「断れば?」


「終わらない悪夢を見せてやる」


 しっかりとした声、堂々とした佇まい。悪漢に怯まず闘志を燃やす姿は、まさにヒーローだ。

 だがその威風堂々とした態度に眼鏡の男はより大きな声で笑い出した。


「悪夢だぁ? 馬鹿かお前は。こっちは人質が二人、お前みたいな底ランクヒーローに何が出きるんだ」


 人質と言う大きなアドバンテージがあり、更に相手は弱小ヒーロー。そんな圧倒的有利な状況に男は笑い、踏まれている武は絶望に打ちのめされている。期待はずれ、その言葉が顔に出ていた。

 しかし彼とは違い茶髪の男は険しい目付きでクリーチャーマンを睨んでいた。


「……そうか」


 クリーチャーマンはおもむろに右手を眼鏡の男に向ける。その動き茶髪の男は即座に反応した。


「馬鹿野郎! ガキを盾にしろ!」


「へ?」


 気付いた時にはもう遅い。クリーチャーマンの腕が、その獣の頭骨のような鎧が口を開ける。そこから飛び出したのは一本の触手、無数の爪と目がびっしりと生えたおぞましいモノは、一瞬の内に男が持つサブマシンガンを弾き飛ばしてしまった。


「あ……」


 何が起きたのか認識した瞬間、触手の目と視線が交差する。ゾクリと背筋が凍るような感覚が走った。


「一人」


 クリーチャーマンの合図と同時に触手は蛇のように男に動きながら巻き付き、彼の身体を簀巻きにすると口から体内に侵入した。


「んぐー!?」


 銃声と共に触手は途中で切れたが、その力を緩めはせず自動的に男を拘束する。動けば触手から生えた爪が身体を引っ掻き、体内も傷つけるだろう。

 息は出きるが動けない。その事を理解し、男はただ青ざめたまま芋虫のような姿を晒すしかなかった。


「間抜けが。底ランクでもヒーローはアウェイクスだぞ。油断するな」


 一方茶髪の男の反応は速かった。腰から拳銃を抜くと触手を撃ち抜いたが、相棒が捕まったのを確認すると、あかりを起き上がらせ盾にし頭に銃口を突き付ける。


「悪いが俺はそいつとは違う。残念だが触手の動きは見えてるぞ。お前がそれを飛ばすより、俺が引き金を引く方が先だ」


「……!」


 クリーチャーマンは動きを止める。


「動くなよ。じゃないとこの娘の可愛い顔が吹っ飛ぶぜ?」


「止めろ!」


「勿論止めてやるよ。……お前が死んだらな!」


 男は一発発泡した。その鉛弾はクリーチャーマンの胸、そこに露出した眼球に直撃する。


「!」


「ヒッ……」


 あかりの悲鳴をかき消すように続けて二発、三発と撃ち、真っ赤な血が眼球から吹き出す。


「コフッ……」


 そのままクリーチャーマンは膝を着き、口から血を吐き出しながら倒れた。彼の身体を中心に赤い水溜まりが広がる。


「不意打ちは上手いな。触手も初見殺しとして使える。が、弱点丸出しな上、俺に見切られるようじゃまだまだだ。底ランクヒーローじゃこの程度だよ」


 唖然とした表情で倒れるヒーローを見るあかりと武。声も出ず、全身の力が抜けてゆく。


「さてと……あいつを助ける余裕は無いな。じゃあお嬢ちゃんは俺とデートしてもらうか。まだこいつみたいなのがうろついてるかもしれないからな、脱出するまでの盾になってもらうぞ」


「っ……」


「安心しろ。弟君は置いてく。二人連れてくのも面倒だ……」


 そう言いかけた時、男の顔面を白い足が蹴り飛ばした。


「なっ!?」


「ハァ!」


 あかりは全身を引っ張られるように男から引き剥がされる。そして男は床を転げ、ぐったりと沈黙した。


「…………」


「大丈夫?」


 何が起きたのか理解出来ず、あかりは思考が停止する。しかし優しい声に意思が引き戻された。

 いつの間にか彼女はクリーチャーマンに抱き抱えられていた。堅い金属とも違う感触。人間のものとは違う双眸だが、彼の奥底にある優しさがあるのを感じる。


「っと、そうだ」


 再び腕から触手を伸ばす。しかし今度は爪が生えた物騒なものではなく、ただの肉の紐だ。

 触手は武を捕まえると引き寄せ、姉弟二人を傍に置いた。


「武……!」


「お姉ちゃん!」


 涙ながら抱き合う二人。お互いの無事を確認し喜ぶ。


「あの、ありが」


「ごめん、ちょっと待ってて」


 お礼を言いかけた所で制止し立ち上がる。その視線の先には倒れていたはずの男が再び立っていた。


「反応速度とその頑丈さ。やっぱりアウェイクスか」


「まあな。てか、お前も相当だなクリーチャーマン。名前通りじゃないか。肉体変化能力を応用した再生とは……」


「…………プッ」


 クリーチャーマンが銃弾を血と一緒に吐き捨てる。彼の胸の眼球、その傷口は蠢きながらも塞がり始めていた。


「だが俺達アウェイクスの能力は無限じゃない。つまり、再生不能になるまで殺し続ければ良いだけだ」


「やってみろ。僕はそんな柔じゃないぞ」


「ククク……。良いぜ、底ランクにしては骨がありそうだし、肉体系ってのも心が踊る。敬意を持って、全力で潰してやる」


 男が唸り声を上げる。それはまるで獣の咆哮。その声に呼応するかのように男の身体が膨れ、黒い体毛に包まれる。


「さあ! 楽しもうぜ!」


 二メートルはあろう巨大な狼男に変身した。鋭い牙や爪をギラつかせ、荒い鼻息と純粋な闘志を向けてくる。

 その恐ろしい姿にあかり達は身動きがとれない。獣の獰猛さ、邪な気質を持たぬ殺意。それが二人の身体を縛り付ける。


「……二人とも、絶対に動かないで」


 だがこの骨と肉塊のヒーローは二人の盾になるように立つ。自分の方が醜悪な姿をしているからか、それともヒーローとしての意思がそうさせるのか。

 それは後者だろう。ヒーローとして人々の盾となる、その信念を貫いているのだ。


「ふぅ…………ジャスティスター所属、クリーチャーマン! SAN値が惜しくなければ……かかってこい!」

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