姉種族

三原クロウ

第1話

あなたの家にも姉はいるだろうか。

姉、つまり一般的に言って自分と同じ両親から生まれた年上の血縁女性のことだ。

俺には同居している姉がいる。

「お腹すいたよー」

今、背後からこちらの首に両腕を回してもたれかかってきているこの人物が俺の姉だ。

「ねぇねぇ」

体重をかけてこちらにもたれかかってくる姉は重い。

とはいえこれは仕方のないことだ。

推定だが、姉の体重は100kgを軽く超えている。

念のため誤解の無いように言っておくと、俺の姉は肥満体ではない。

どちらかといえば手足が細長くて華奢といってもいいくらいだろう。

ただし、姉の身長は230cmを超えて今も成長期真っ最中だ。

重いのも当然と言える。

しかし、姉の背の高さは姉種族のものとしては別段珍しいというほどの数値でもなく、ごく平均的な身長である。

記録に残っている限り、この国では(あるいは他の国でも)もう何百年も昔から一般的に見られた大きさの姉種族だといっていい。

「ねぇってば、晩御飯まだー?」

「はいはい、もうちょっとな」

「おにくーおにくー」

肉料理がうれしいのは分かったが、顔が直接接触しそうな至近距離のまま耳元で喋らないでほしい。

姉の長い黒髪がさらさらとこちらの肌に触れる。

「離れて離れて」

「えー。最近、弟があたしに冷たいんだけど……」

「いや、冷たくしてねーだろ」

「昔はあんなにかわいかったのになー。

おねえちゃんだいすきーとか言ってたのになー」

「大学生にもなっておねえちゃん呼びはちょっと……」

「えぇー、いいじゃん別に家族なんだし」

「俺の恥ずかしさの問題なんだよ」

ちぇー、と不満そうな姉をなんとか引っぺがして台所に向かう。

全く。両親から「別々に一人暮らしは金銭的にもさせられないけど二人ならオッケー」と言われたことをちゃんと認識しておいてほしい。

安全だと思われて信頼されているからこその二人暮らし許可なのであって。

家族とはいえ年頃の男女であるとか己の顔が良いとかそういう自覚は無いのだろうか姉には。

(……無さそうだな)

無い。きっと多分ない。


というわけで晩御飯はハンバーグである。

合いびき肉800gが惜しげもなく投入された。

姉が600g分で俺が200g分を食らう取り分である。

「わー!ハンバーグだ!!」

嬉しそうな姉の顔を見ると作った甲斐があったというものだ。

「弟ハンバーグだ!」

その言い方だと俺がひき肉にされてこれからむしゃむしゃ食われるみたいな気がしてくるのでやめて欲しい。怖いので。

「そういえばさ…」

「ん、どした?」

テレビのニュース番組を見ながら姉がふと表情を変えて聞いてきた。

そのくせあらぬ方向を向きながらハンバーグをフォークでつついている。

「あの、さ。もし私が小さくなれるってことになったらどうする?」

うん?なんだそりゃ。

「えーと、何の話?」

「あっ、えっとね、この間ニュースでやってたんだけど、そういう医療研究が始まってるんだってさ。姉種族の人とか妹種族の人向けのやつが」

「あー、サイズを他の人の方に揃える、みたいなこと?」

「そうそう」

「どうする、って言われてもなぁ…」

本人がしたいようにすべきではないだろうか。

整形手術みたいなもんで、周りの人間がやめて欲しいとかやって欲しいとか言うのはなんか違う気がするのだが……。

しかし姉はなぜか俺の意見が聞きたいようだし。

さっきまで皿の上の肉ばっかり見ていた姉はこちらをじっと見ている。

「うーん、基本的には本人の意思を尊重するってことでいいと思うんだけど」

「けど?」

「本人が嫌とか困ってるとかじゃないなら、別にそのままでもいいんじゃないか?」

これが偽らざる自分の気持ちだ。

本人が自分の種族由来の大きさに苦しんでいるとか不満があるならそれを変える手段や選択肢は当然あってもいいと思うし、逆に本人がそこに不満を持っていないのなら変える必要性も無いんじゃないかと思う、ということを説明すると姉は急に

「そっかー」

と納得の顔になった。そして

「……そっかー!」

と妙に嬉しそうにうなずくと勢いよく肉を平らげ始めた。

「おかわり!」

「いやもう米も肉もねぇーよ!全部そっちの皿に盛っただろうが!」


今日も我が家は平和だ。


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姉種族 三原クロウ @crow_mihara

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