第49話・(最終話)・余の隣に立つのはきみだけ
「殿下ぁ。殿下~」
「ナネット。ここよ。ここにいるわ」
アデリアーナは朗らかに応じた。
遠くからアデリアーナを呼ぶナネットの声がする。仕立て屋が来てるのに、いっこうに部屋に戻って来ないのを案じて捜しに出たのだろう。
「我々は先に戻ります。行きますよ。リリー」
ナネットの声に職務を思い出したトリアムは、リリーを連れて立ち去った。リリーは名前を呼ばれて、心なしか浮きだっているようだ。浮き浮きした足取りで戻って行く。
それを微笑ましい思いで見送ったアデリアーナは、隣に立つソラルダットを見上げた。
「あなたからお別れにもらったチューリップの花の球根、花壇に植えて肥料や水を与えてたら翌年赤い花を咲かせたのよ。それからは毎年花を咲かせてくれて、十三年の間に五本に増えたの。気生きしてくれて今年も綺麗に咲いたそうだけど、それが見れなくて残念だったわ」
「来年は見に行けるさ。きみの国へ里帰りしよう」
「え。いいの? ソール」
「もちろんだよ。アデル。余もあなたが育てたチューリップの花が見たいしね。きっと余が渡したチューリップの花は、リスバーナに根付いて子孫を作ったんだね。チューリップは寿命はそんなに長くないんだ。その代わり子供の様な球根が出来てそこから芽が出て花が咲く。リスバーナは寒い所だから自然と子供の球根が分かれて出来たんだろうね」
「そうなの? 知らなかったわ。あなたから貰ったチューリップが、長生きなのだとばかり思ってた」
チューリップの花の生態についてはよく知らなかったから、チューリップの花が増えた年は単純に喜んでいた。
「嬉しいよ。余が渡したチューリップの球根を大事に育ててくれて。あれには願いをこめていたんだ。綺麗に咲いたら必ずきみに求婚するって」
「ソール」
向かい合ったアデルをソラルダットが抱き締める。
「遅くなってごめん。アデル。でも余の隣に立つのはきみ以外、考えられなかったから」
「ありがとう。ソール。わたくしを望んでくれて嬉しい」
「きみに会うまでは不安もあったけどね」
「どうして?」
「余のことをまだ想ってくれているか自信がなかったから。あの頃可愛かった姫は、だれか別の男性と恋に落ちていたらと思うと気が気じゃなかったのさ」
「まあ。そんな人いなかったわ。でもこの国に来て一人だけ気になる御方は出来たけど」
アデリアーナの告白に、ソラルダットは渋い顔をした。
「それは誰だい? ハロルドかい? 気になるな」
「違うわ。それはあなたよ。他に誰もいない。だからあなたに添い遂げる気はないと言われた時、胸が潰れた様で悲しかった」
「アデル。アデル。ああ。なんて愛おしいことを言ってくれるんだ。余は幸せだ」
アデリアーナを抱きしめたまま、ソラルダットがクルクルとその場で回る。
「きゃあ。ソール。目が回るわ」
「アデル。アデル。愛してるよ。もう二度と離さない」
ハロルドが回転を止めて、首筋に顔を埋めて来る。アデルはくすぐったくて笑った。そこへナネットの声が飛び込んできた。
「陛下! いい加減になさいまし」
「ナネットっ」
痺れを切らした風のナネットが、二人の側に来ていた。ソラルダットは気のせいかビシッと直立した。
「お二方とも仲が宜しいのは大いに結構でございますが、時と場所というものがあります。いまは仕立て屋を待たせておりますのよ。殿下はいそいでご用意を」
「はい」
追い立てられる様にして、その場を離れるアデリアーナに、ソラルダットが目配せして来る。今晩会えるのを楽しみにしている。と。悪戯が過ぎて親に叱られながらも、へこたれない子供の様な目線を送って来る。ナネットの小言が続いているようだが、本人は気にしてないらしい。
(もお。ソールったら)
ふだんは優しく誰よりも凛々しいソラルダットの、ほかでは見られない一面に、こそばゆい思いを感じながら、アデリアーナは笑いを堪えていた。
🌷年齢さばよみ姫さまの結婚事情~従妹の身代わりとして嫁ぎましたが溺愛されています~ 朝比奈 呈🐣 @Sunlight715
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