第48話・幼馴染の恋話


(しかし人って変われば変わるものなのねぇ)


 自分の主に向かって、毅然とした態度をとるトリアムを見ていると、十三年前のおとなしくて、ソールたちの後をおどおどと付いて回っていたトムが、今の彼とは結びつかなくて信じ難い思いだ。颯爽とした足付きで先を急ぐトリアムに複雑な思いを抱いていると、傍らで桃色の吐息が漏れてきて、アデリアーナを仰天させた。


「素敵ですわ~ 侍従長さまぁ」

「まさかリリー。トリアムのことを?」

「ええ。お慕い申し上げております」


 リリーは隠すことなく、打ち明けてきた。


「だって相手はリリーより年下じゃない? トリアムはあのトムよ」


 確かリリーはハロルドと同い年で、トリアムは彼らよりも一つ年下。あの頃泣き虫だったトムをあやしてたのは、リリーだったような気がする。


「年齢なんて関係ありませんわ。姫さま。それにあの手のかかる弟の様な存在が、いつしか頼れる男性へと育っていた。こんな嬉しいことはありませんわ。再会してから私は胸キュンしっぱなしなのです」


(うわああ。リリーったら目がハートだわ。本気?)


 辛口のリリーが生真面目なトリアムと? まずありえない様な組み合せね。と、思っているアデリアーナに、リリーが愚痴る。


「私としては、姫さま達の様に、人目を憚らない仲になりたいと思っているのですが、侍従長さまがどうもそれを御望みではないようでして、いつも会うのは互いの部屋のみで、人目を避ける様にしてお会いしてるのが不満です」


(それってまさか…… まさかよね?)


「ねぇ。まさかとは思うけど、ふたりは交際してたの? いつから?」

「いやん。姫さま。ずばり核心を突かれては。恥かしいじゃないですか。離宮でお会いしてから侍従長のもとへ押し掛けて行ったら、私の想いを受け止めて下さったんですわ」


 リリーが照れ隠しのように、アデリアーナの肩を押して来た。


(意外にトリアムもやるわね。草食系かと思ったら肉食系だったのね)


 リリーの告白にアデリアーナは啞然とした。あのトムが。リリーを。と。

十三年の年月は幼馴染達を大きく変化させていた。

 人見知りが激しくて、年長のソール達の後を追いまわしていた泣き虫のトムは、仕事に真面目で隙の無い侍従長に。愛想がよくて人懐こかったハルは、マクルナ王国の近衛隊騎士団総隊長となり、アデリアーナの初恋の王子さまにして、優しかったソールは、この国の王としてアデリアーナの前に現われた。


(きっとわたくしたちの十三年前の出会いは、偶然なんかじゃなかったんだわ)


 古城で幽閉されていたアデリアーナの前に現われた少年ハル。それを追ってやってきたソールにトム。あの日から全てが始まっていたのではないかと、アデリアーナは思う。


「ねぇ。姫さま。これってどう思います? 冷たいと思いません? でも二人きりの時はとびきり優しくしてくれるんです」


 すぐ横でトリアムが皆の前では態度が冷たいと言いながらも、その顔がまた素敵で。と、惚気るリリーに失笑しか返せない。


「それは明らかにトリアムが悪いな。余が叱っておいてやろう」

「えっ。陛下?」

「そうか。お前たちが仕事中、不自然なくらい一緒の姿を見かけると思ったら、そんな理由があったのか」


 背後からソラルダットの声がすると思ったら、ソラルダットが後からついて来ていた。リリーは驚きに目を見張っていた。トリアムの方には、ハロルドが肩を抱いてにやついていた。


「そうか。お前たちいつの間にかそんな間柄だったのか?」

「何だ? ハロルド」

「隠すなよ。俺たちにも今まで内緒にしてただなんて水くさい。ねぇ。陛下?」

「ああ。リリーとのことは聞かせてもらった。隠す事でもないだろう? 祝福するぞ。トリアム」


 ソラルダットはにやにやと、トリアムを伺う。トリアムはリリーを凝視した。リリーは赤面して俯く。リリーがアデリア―ナに話してた事は、全てソラルダット達に聞かれてしまったようだ。


「今晩は飲み会だな。一杯付き合ってもらおうか? トリアム侍従長」

「余もアデルを待ちながら付き合うぞ。仮縫いには時間が相当かかるからな。まさか追い出したりはしないよな? このことはナネットも知らぬのだろう?」

「あなた方はひとのことを何だと思って……」


 厄介な兄貴分に囲まれて、うんざりといった様子をトリアムは見せた。ソラルダットは生真面目な侍従長の弱みを握ったとばかりに得意顔だ。


「まあまあ。俺たちの間で秘密は成立しない。諦めろ」


 ハロルドに肩を叩かれて、トリアムは観念したようだ。


「絶対母にはまだ言わないで下さいよ。私の口から言いますから」

「もちろんだ。ナネットに言ったなら、明日にでも結婚式を上げてしまいそうな勢いになるのは確かだからな。先に越されるのは嫌だ」

「それは俺も嫌だ。お前まで結婚が決まったら、俺も急いで身を固めさせられそうだ。頼むからなるべく長い恋人期間を楽しんでくれ」


 ソラルダットとハロルドがしみじみ言う。確かにあのナネットに知れたならトリアムは結婚までまっしぐらで、あっという間に身を固めさせられてしまうことだろう。その余波が自分にまで手が及ぶ事をハロルドは恐れていたようだ。


「俺はまだまだ独り身を謳歌したいんだ。嫁さんをもらうことになったら、母さんと嫁さんとの間で、死ぬような目にあうのは必定だからな」


 お前の気持ちはよ~く分かるぞ。と、ソラルダットと、トリアムが頷く。この二人が同意するくらいだから、よっぽどハロルドの母は特殊な人なのだろう。


(トンスラ宰相の奥さまでもあるのよね? 想像しにくいわ。たぶんナネットに似た方なのだろうと思うけど)


 三人はなんだかんだ言って今も仲が良い。十三年前の彼らの面影が、今の姿に重なる。外見や立場は変わっても、信頼や気心がしれた所では変わらないままなのだろう。

 少年のような絡み合いを見守っていたアデリアーナは微笑んだ。


(こうして毎日、騒々しい日々を過ごして行くのも悪くない)


「あ~あ。どこもかしこもお暑すぎて、俺の様な独り身には目も当てられない」


 ハロルドが、二組みのカップルに挟まれて身の置き場がないとこぼした呟きに、ソラルダットがいち早く反応した。


「そうか。あちらこちらの令嬢や、重鎮たちの視線を集めているお前が言う言葉とは思えないな。お前を婿に欲しいと、次々に余に陳情書が上がって来てるぞ。毎日きりがない。どれだけの令嬢を口説き落としたことやら」


(ハロルドも結構遊んでるのね。女性慣れしてる様な感じは受けたけど。なんだか最低)


 軽蔑してちらりと見やると、ハロルドが慌てる。


「やだなぁ。殿下。そのような目で見ないで下さいよ。これはお互いに割り切った大人の関係といいますか、おこちゃまの殿下にはお分かりにならないでしょうけど」


(またわたくしのことを子供扱いして馬鹿にして)


「ふ~ん。大人ねぇ。ハロルドは色とりどりのお花畑を飛び回って蜜を集めている蝶のようね。そのうち嫉妬した誰かに羽を毟られないといいわね」

「まさかお前、アデルに手を出してないだろうな?」


 アデリアーナと、ハロルドの様子を見ていたソラルダットがやっかむ。


「そんなはずあるわけがないです。黒豹王に恨みは買いたくないですから。じゃあ、お邪魔虫な俺は、この辺で退散しますので。みなさま失礼致します。トリアムまた後でな」


 ハロルドはその場を逃げ出した。その姿を見てみんなが顔を見合わせ、周囲が笑いに包まれた。


「あれさえなかったら、最高の部下なんだか」


 と、ソラルダットがため息をつけばトリアムも同意する。


「いっそのこと明日にでも早く身を固めて欲しいものです。気が気でないですよ」


 アデリアーナやリリーもそれに同意するように頷いた。


「ほんと。ほんと」


 そこには幼馴染の友人の将来を案じる四人がいた。この先、この五人の繋がりは途切れることなく繋がって行くことだろう。

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