第4話

「実は、叔父は自他ともに認めるナチュラリストで、こういう自然の残る土地土地を訪ねては、そこに暮らす人達の生活ぶりをチェックする癖がありまして。日頃から、他人様の迷惑になるから、やめておけと家族一同で注意してるんですが、なかなか頑固でして、はあ。私どもの目を盗んでは、こうして出掛けてきて、チェックする……。それで今夜、こうして連れ戻しに来たところ、ちょうどあなたにご迷惑をお掛けしてしまった場面に出くわしたという次第です」

「何か……分かったような分からないような……?」

 狐につままれたみたいに首を傾げる生田。とっさに捻り出した言い訳だ。喋った高本も、筋道が通っているのか否か、よく分からない。

「お詫びします。その前に、ちょっと失礼」

 早口で断りを入れ、高本は、膝を突いたままでいる安藤へ素早く駆け寄り、これまた小さな声で言った。

「安藤さん、まずいですよ」

「し、しかしだなあ」

「出直しです。この場は俺がうまく言い繕いました。やり直しは利きますから」

 目線に力を込め、説得した。気迫が通じたか、安藤は大人しく首を縦に振る。

「俺はもう少しだけ話をして、けりをつけますから、安藤さんは先に車へ」

「分かった。おまえは、ぼろを出すなよ」

 安藤の言い種に苦笑を覚えたが、ぐっとこらえる高本。そのままかつての先輩の背を押し、車へ向かわせた。そして生田へ向き直る。

「お待たせしました。叔父は興奮してまして、謝罪はちょっと……申し訳ない」

「いや、まあ、あなたに謝ってもらったのだから、よしとしましょう」

「それはどうも……。で、いかほどお支払いすれば?」

「はあ?」

「失礼になるかとは思いますが、慰謝料と言いますか、要するに、お詫びの気持ちを形で示そうかと……」

「この程度のことで、慰謝料なんて、いりませんよ」

 呆れ口調になる生田。高本はそれでも念のため、すぐには引き下がらず、何度か押し問答を演じた。結局、支払わなくていいことで落ち着く。

「二度とこんなことのないようにします。本当に、申し訳ありません」

 深々と礼をしたあと、高本はきびすを返した。そして安藤の車まで駆け足で戻ると、すぐさま発進させてもらった。

「どういう話をしたんだ? 何故、ここを去らねばならん?」

「いいから。今は、これ以上怪しまれないようにするのが、最善の策ですよ」

 しばらく夜道を行き、生田の別荘から充分離れた地点で、ようやく停止。周りを木々に囲まれ、エンジンを切ると、虫の音でも聞こえてきそうな雰囲気だ。

「安藤さん、はっきり言わせてもらいますが、今のは勇み足です」

「確かに、結果的にそうなったが」

「結果だけじゃなく、飛び込む前から、無茶でしたよ。確証がないんだから」

「……そうだな。気持ちが先走っておった。すまん」

 こうべを垂れる安藤に対し、高本は肩に手をやり、起こさせた。

「やめてくださいよ」

「しかし、現職のおまえの立場を考えずに、俺は失態をやらかしたんだ。手柄

をやるつもりが、これでは足を引っ張りかねん」

「さっき俺が言ったように、まだ大丈夫なんですよっ。失地回復は可能です」

 高本の励ましに、安藤はようようのことで、目に光を取り戻した。

「そうだな。続けてみるか。死体さえ、出て来ればな……」


「もしもし。高本ですが」

「あっ、例の件か。安藤さんの様子、どうだい?」

「残念ですが、あれは重症ですねえ。頭の中で、自分は刑事事件を扱う私立探偵である、と信じ切っています」

「そうかあ、やはりなあ。妙な行動が段々、目に着き出してはいたが」

「刑事を退職してから、随分と経ってから、急に症状が出たことになりますね」

「刑事時代を忘れられず、探偵の看板を掲げて、事務所を開いたはいいが、だーれも来ないから、おかしくなっちまったようなんだ」

「今回も、依頼されていないのに、加納という女性を尾け回して、生田という男性の別荘まで追跡してました。そこから加納の姿が消えたもんだから、安藤さん、殺しだと思い込んで、死体の処理法を躍起になって探ってます。ばらばらにして運び出したか、埋めたかといった可能性が否定されて、とうとう、生田が加納を食っちまったとまで考え始めたようで……」

「ほう、突飛もないこと、考え付くもんだ。惚けても、脳味噌は柔らかいか」

「いえ、それが、外国の推理小説を読んで、ヒントを得たみたいでして」

「推理小説? なーんだ。ははは、トリック嫌いだったあの安藤さんが、推理小説のトリックからヒントを得るなんて、漫画みたいだな」

「笑い事ではありません。安藤さん、これに違いないと張り切ってしまって、警察が動かないのなら、俺一人で乗り込んで、証拠を見つけてやる、と……」

「証拠って、死体を食ったのなら、何も残らんだろ。ははは」

「二週間で人間一体を食い尽くせるはずがない、食い残しが必ずあるはずだと主張して、明日にも乗り込む気配なんですよ。どうにかしないと」

「そりゃ困ったな。警察OBが起こしたトラブルとなると、こっちにも火の粉が降り懸かりかねん。高本君、何とかならんか? 今までは、事件の――安藤さんの妄想の――結末を曖昧にして、安藤さんを丸め込んでいたんだ」

「今度は厄介ですよ。何らかの形で決着しないと、収まりそうにありません」

「嘘の決着でかまわん。いい案はないか? そもそも、加納は本当のところ、どうやって生田の家から消えたんだね?」

「それなら、生田氏を後日訪ねて聞きました。加納はアマチュアの劇団に入っており、衣装や小道具を借りに来たそうです。郵便配達員の衣装とバイクを」

「な? ということは、加納は郵便配達員の格好に着替えて、バイクで帰っていったのか? 車を置いて」

「そうなります。前衛的な劇らしく、舞台上をバイクが走り回るとか。郵便配達員の衣装は演出上、泥まみれにしたいから、わざと着込んで行ったんだと説明がありました。加納が今、その劇に出ているのも確かめました」

「何とまあ……そんな偶然があったおかげで、安藤さんも見逃したんだな」

「そのようです。俺だって、この話を聞いたときは唖然としましたよ。生田氏がそんな衣装を持ってるとは思わないし、ましてや衣装を着て帰るなんて」

「ま、そのことはいい。安藤さんの方を何とかしてくれないか」

「はあ。現在のところ、一つしか案が浮かばないのですが」

「何でもいい、この件を解決できるのであれば。言ってみてくれないか」

「生田氏にしばらく別荘から離れてもらわないといけないのですが……生田氏は殺人犯で、やはり加納を殺していたと。彼は女の遺体をばらばらにし、共犯者に手渡して家の外へと運ばせた。その後、安藤探偵に感づかれそうになったので逃げ出した、てな筋書きで行けますかね?」

「ん? 生田氏の協力が得られれば大丈夫だと思うが、肝心なところが抜けてるぞ。共犯者が死体を運び出したとは、どんな方法なんだね?」

「共犯は郵便配達員に化け、生田氏の別荘を訪れた。そして大きな荷物を渡すふりをして、逆に生田氏から死体の一部を受け取る。これを何度か繰り返し、人間一体を消し去った、という方法を考えましたが、どうでしょう?」

「なるほどな。高本君は、トリックの案出の才能があるのかな。ははは!」

「ご冗談を! 刑事の俺が死体処理を考えるなんて、これっきりです」

「ははは。とにかく、その線で行こう。あとは君に任せる。頼んだよ」

「了解しました。あの、その代わりに特別休暇、お願いしますよ」


――終わり

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なくした物を取り戻すため 小石原淳 @koIshiara-Jun

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