第32話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(10)
カメリアは勇者パーティーが奮戦するも魔王に敗れたこと、そのあとすぐに暗黒騎士が魔王を強襲したこと、そして過去の勇者パーティーの一人が戦闘に加わるが、気が付くと自分が魔物に転生し、辛くも逃げ出したこと。
それらを簡潔にルクマイオに説明した。そして…
「信じられないかも知れませんがこの部屋の外にいるのが…」
「魔王であろう。禍々しい妖気がこの開花の神殿に入り込んだことはとうに認識している。ベーメリアよ、おぬしは危険な賭けをしようとしているな。自ら魔王陣営に加わり、魔族同士の戦乱を治めるのではなく、長引かせようとしている」
ジャックは恐らく単純に暗黒騎士の一強を止めるためという程度の認識であるが、カメリアが構想している"魔族の勢力図の維持"は言い換えればそういうことになる。
「否定しません。ただ現時点で取りうる最善の手段だと考えます」
「聡明なおぬしの決断だ。頭ごなしに否定はしまい。おぬしは悪の勢力を二分させ地上の均衡を保とうというのだな」
「そうです。勇者の死により百鬼戦争は新たな局面に入るのは間違いないでしょう。冥王は既に脱落しました。そして恐らく次は巨人が暗黒騎士の手によって脱落する。残るは悪竜ですがその動きに統一性はない。ならば魔王陣営はまず魔王城を取り戻し、現在の戦力を整え、冥王の残党を全て倒し、勢力を盤石なものとする」
「冥王の残党?お前たちの働きで冥王は既にこの地上にいないではないか。たしかに子飼いの魔族は生き延びてウロウロしている。だが、これまでのような脅威とは言えないのではないか?」
「私も当初はそう考えていました。しかし先程この開花の神殿の周辺でマレフィセントと名乗る冥王軍の残党とも遭遇しました。それにエリシュトロンもこのクロークンも平和になったとは思えません」
「儂もマレフィセントとという組織は聞いたことがある。だがあれは所詮烏合の衆だろう。厄介ではあるが人類全体の危機になるとは思えん」
「魔王城から転移した先は辺獄化したアロンギルダ台地でした。そこで再び交戦してのです、ビヨンドデッドと。改めて恐ろしい魔物と感じました。仮にあのビヨンドデッドを制御できる冥王の後継者のようなものが出てきたら間違いなく脅威です」
「ふむ。では西の暗黒騎士、東の魔王とし、国家を二分する、謂わば天下二分の計を理想とするか」
「はい。暗黒騎士が巨人に目を向けているうちにその準備をする必要があります。そのためには魔王に私がかけた石化の古代語魔法の解呪をルクマイオ様にお願いしたいのです」
「儂に魔王を助けろというのか」
「この魔物に身をやつした私を哀れと思っていただけるなら幸いと、恥ずかしながらその可能性だけに縋ってこちらに参りました。まずは魔王に会っていただけないでしょうか」
「ベーメリアよ、おぬしが魔に魅入られたのかと案じたが、その決意は誠に人類を思っての苦渋の判断だと信じよう。…ここに魔王を」
ジャックに伴われゆっくりとアダルマは開花の部屋へと入室する。
「魔王アダルマ。この時、この場所で貴様と相見えるとは。奇妙な感覚よな」
「生憎、余には何の感慨もないぞ」
「お前は余計なこと言うなって!」
ジャックが慌てて嗜める。しかしルクマイオはアダルマの態度は気にも留めない。
「ふむ、その
急な問い掛けに一瞬間が空いてしまうも"最低限"の自己紹介のみに止めるというカメリアとの事前の打ち合わせに従ってジャックは答える。
「あ、えっとわしはこの魔王と同盟の契約をしたジャックという者じゃ」
「この者が本当に魔王と同盟を…」
魔王とジャックの契約の対価が命であるという情報は最低限に止めておきたい。ジャックの命も危険に晒すこととなる。もっとも今のアダルマを殺すことはルクマイオほどの術者であれば容易いのだろうが。
「はい、このジャックという、えっと…旅芸人が奇しくもその契約を結ぶことに成功いたしました」
「それは誠なのか?」
ルクマイオはアダルマに再確認した。
「ふん。こやつらがいくら言葉を重ねても信用できない事態であろう。だが余からもお墨付きを与えてやる。余とこのジャックは同盟関係にある」
「なんと…!ならばカメリア、おぬしの計略も机上の空論で終わらぬかもしれぬ…。よかろう。この人類の敵対者であり、災いそのものとも言える魔王を…解呪してやろう」
「はははッ!今の余を見て
「魔王よ、儂の前へと進むのだ」
アダルマは部屋の中央に移動し、ルクマイオは手にした杖をかざす。持ち手の先には羽の生えた魔物が宝玉を苦しそうに背負っているのか、押しつぶされているような造形の装飾がついていてどこかユーモアを感じさせる不思議な杖であった。
「ん?なるほど。そういうことか、魔王よ。人間を謀っているな」
ルクマイオは不思議な呟きをしたが特に気に留めるものはその場にいなかった。
カメリアは自分が賢者へと
ジャックとともにわずかにその場から外れる。
「魔王よ、最後に一つ聞きたい。冥王についてはおぬしはどう考えていたのだ」
「どういう意味だ?」
「単なる好奇心だ。冥王と同じ"魔の
「ふん。人間というやつはあれや、これやと質問を良くするな。そこで得られた回答なぞを何も担保するものでもなし」
「そうつれないことを言うな、魔王との会話の機会なぞこの神殿の神官なぞにはそう無い」
「まぁ良い。奴は死の瞬間、地上の一部を冥界に繋げたようだ。死の際の現象はその者が願ったことが現れるのだな。とすればだ、冥王の地上制覇の目的は地上を冥界の一部にでもしたいのだろう。それを感じたとき、なんて矮小なやつだと思った!"その程度のやつ"だとな。そんなに冥界に焦がれてるのなら初めから地上になんぞ現れず、冥府の奥で引きこもっておれば良いものを!勇者なんぞに敗れて当然の阿保だな」
「なるほどな。なかなか手厳しい見立てであるな」
ルクマイオは呪文の詠唱に入る。すると床に魔法陣が現れ光輝く。
「ん?な、なに!これはッ!!」
開花の間の四方から突如触手が飛び出し、アダルマ、カメリア、ジャックに絡みつく。
「なんじゃーーー!動けんぞ!」
「これは
「わははは!ベーメリア、お前だけではないのだ、魔の
「なんですって⁉︎」
「儂はおぬしよりも先駆者。お前が魔の
「そんな…ありえない」
「自分の発想が突飛だと思っておったか?残念だったな。改めて自己紹介をしてやろう。儂はかつての冥王軍序列10位、ルクマイオだ!」
冥王はその国家運営において階級を設けることで秩序を維持しており、魔族の中でも人間型を上位魔族、亜人などを下位魔族に分けた。
最盛期は常備軍5万ともいわれた冥王軍においてもより明確な序列が定められていた。中でもその実力に数字を振り、上位153人の精鋭の
また冥王軍の特徴としてその軍団に敗れた人間の皇族、騎士なども取り込んでいて、その中でルクマイオの序列10位というのはとてつもない階級だと言える。
「そしていまは新生冥王軍〈マレフィセント〉の一人である!」
「ルクマイオ様が冥王軍…」
カメリアは呆然とする。自身の思いつきが最悪の選択を招いた。
「ベーメリアよ、儂もおぬしと同じ賢者だ。思考の相似性があるのだろう。わしは冥王様を再臨させる」
「なんじゃと⁈」
ルクマイオの目的は冥王軍の残党をまとめ上げ、再び冥王をこの地上に降臨させることであった。
「ほほほ、魔王よ、醜く腐っても魔王は魔王。その血肉、貴種であるのには変わりあるまい。おぬしの命、冥王復活に捧げろ!」
拘束された3人を閃光が下から覆う。
ジャックは突然床が抜けたような感覚を覚え、激しい耳鳴りと共に深く落下していった。
勇者を倒すため最後からニ番目の変身まで晒した魔王のその後は結構辛い 犬海 暗 @aneinuumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。勇者を倒すため最後からニ番目の変身まで晒した魔王のその後は結構辛いの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます