第31話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(9)

 太陽が沈み、開花の神殿内に出展していた各国の商人による出店や露店は次々と灯りを落とし、店じまいする。

 しかし酒場では転職クラスチェンジした冒険者が早速新たな出会いを募っていたり、市場で掘り出しものを見付けた冒険者同士がそれを自慢しあったり、細々とした賑わいもまだ続いている。


 一方、聖堂の周辺は静まりかえっていて、厳かな図書館であったときの様子を垣間見せている。


 約束の時間となったため、アダルマたちは中央にある聖堂の門へと向かう。


 その門扉は重厚な佇まいであるが城のように左右に侍らっている兵士などは存在しないため、無防備に思えた。

 中に入ると書架が高い天井のすれすれまでうず高く壁のように屹立していて、上の棚の本の出し入れはどうするのだろうなと、初めてこの聖堂に訪れたジャックは疑問が湧いた。


 若干物見遊山なジャックとは対照的にカメリアは緊張していた。

 これからカメリアが伝える情報は人類にとって重大な意味を持つ。

〈勇者の敗北と死〉。この情報は取扱いによっては地上にかつてないほどの大混乱を招くであろう。

 これを知るのは当事者たるカメリアとアダルマ、そして現在に続くその後の展開にまで関与するジャックと暗黒騎士フラメルのみである。この情報が暗黒騎士内でどのように拡散するか不明だが少なくともまだ関係者を除けば地上で知る者はおるまい。


 そのショッキングな情報をこの開花の神殿の神官ルクマイオに伝えた上に、その勇者を殺した当事者がこの魔王で、そしてその魔王を救って欲しいと懇願することになるのだ。

 冷静に考えればどうかしている。むしろ事情を話したあと門前払いをされ、勇者の死の報が世間に周知され、地上は恐慌状態に陥ってしまう可能性の方が高いのではないだろうか。


 カメリアはアダルマを顧みる。するとそのリリパットと化した魔王は不機嫌そうに見えた。人間に頼らざるを得ない自分を恥じているのかもしれない。


 まるで書架で出来た通路を縫って進むと木製の扉が見えた。かつてこの扉の先にある"開花の間"でベーメリアは賢者へと転職(クラスチェンジ)を果たした。


「ここからは私ひとりで行くわ。もしルクマイオ様がアダルマに敵意を向けたら私を置いてすぐに逃げて」


 人類の敵を名のある神官と対面させるのだ。それもその人類の敵は現在徹底的に弱体化している。何が起きても不思議ではない。


「扉だけ開けてもらっていいかしら」


「あ、ああ…」


 ここにきてジャックにも緊張が走る。扉を恭しく両手でそっと押し開くと隙間から月明かりに差し込む中庭が広がっているのが見えた。

 女神像や、宗教画のようなものはなく、その代わりに良く手入れをされた美しい植物が何種類も植えられていた。


 聖堂の中心に備えてある素朴な椅子に清冽な白いローブを纏い、質素なサークレットを被った白髪の男が腰を掛けていた。

 扉の開く音に気がつくと杖を使いゆっくりと立ち上がりお決まりであろう口上を述べた。


「よくぞ、まいった。ここは全てのものが新たなる可能性に辿り着く場所。迷えるものも、彷徨えるものも等しく照らす道標。さぁ、望みを語るがよい」


 神官ルクマイオは恰幅の良い鬚を蓄えた中年の男であった。立ち上がる所作に不自然さはなかったがその目はめしいている。


「そのお言葉は変わらないのですね。私といえば一変してしまいましたけど」


 カメリアは一人(一匹?)開花の間に入室し、その魔王の分身と化した姿をルクマイオの前に晒した。


「儂は〈転職の秘蹟〉を施した人間の魂のかたちを全て記憶している。お主が確かに賢者ベーメリアであるということを今こうして向き合ったことで理解できた」


 盲目のルクマイオは魂のかたちが視えるという。人のかたちを失ったカメリアであったがルクマイオにはかつて賢者へと転職したベーメリアの姿が見えているのであろうか。


「そして、勇者シェイクソードは敗北したか」


 手紙には賢者ベーメリアから勇者について、魔王について重大な申し送り事項があるということを簡潔に記載しただけであった。

 しかし、この場に勇者がいないことと、変わり果てたベーメリアの状況からルクマイオは勇者の敗北を察した。


「詳細を聞かせてくれないか?ベーメリアよ」


 ここからカメリアは虚偽とまでは行き過ぎない戯言を織り交ぜ、ルクマイオを説き伏せなくてはならない。

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