第30話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(9)

 その施設は聖堂よりも遥かに大きく、開花の神殿の敷地に隣接するかたちで存在していた。通称"競技場"と呼ばれていて、この宗教施設から図書館へとその役割の変遷していった開花の神殿ならではの場所といえる。

 元々は神への信仰を捧げる、荒々しい祭典に選ばれた競技者たちの育成施設であったが、現在では職業クラス認定試験の会場として利用されている。


 職業クラス認定試験では受験者の能力詳細を能力判定人によりパラメーター化される。

 各項目は以下とされる。


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 ・ちから → 物理攻撃におけるそのもの自身の強さ。なお"攻撃力"とした場合はちからと武器の性能を合わせたものとなる。


 ・みのまもり → 物理攻撃に対するそのもの自身の強さ。なお"防御力"とした場合はみのまもりと防具の性能を合わせたものとなる。


 ・すばやさ → この項目の数値が高ければ先制攻撃の確率や攻撃に対する回避、逃走の成功率などが上がる。


 ・きようさ → この項目の数値が高ければ武器の扱いに長けていることになり、扱える武器の種類や渾身の一撃など、通常時の攻撃において数値以上の威力を発揮できる可能性が高い。


 ・かしこさ → 攻撃呪文、回復呪文、補助呪文の効果に影響する。その呪文の〈使い手〉となった場合はそれぞれの威力、成功率が上がり、〈受け手〉の場合は呪文に対する耐久力を表す。

 魔法攻撃力、魔法耐久力に分類することも可能であるが魔法耐久力に関しては生来の属性に対する相性(炎の魔物であるならば炎の呪文耐力が高いが、呪文全般に相手の耐久力が高い訳ではない等)の影響も与えるため、数字としての信憑性は参考程度に留まる。


 ・うんのよさ → 呪文の成功率や、その他の戦闘時の状態変化に対して影響する。敵の攻撃を偶然回避出来たり、俊敏性が圧倒的に劣る相手から逃げられたり等この数値が高ければその他の項目に捉われない幸運をもたらす。


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 職業クラス認定試験では身体能力をはじめ、武器防具の取扱いの実技、魔術の学識と練度などが試される。


 こうして可視化されたパラメーターによってその者の現在の職業クラスを明らかにし、それを冒険者ギルドが正式に認定する。


「ジャックくんー!がんばれー!」


「仮にも貴様は余の命を握っておるのだ。その辺の凡百の人間たちと違うところを存分に見せてみよ」


 ジャックが競技場に出ると場内は複数のブロックに分かれていて、それぞれに鑑定人が付いている。競技場の周りには客席があり、観覧出来る様になっていてアダルマとカメリアは以外の観客はまばらだった。


「勝手に盛り上がるな!プレッシャーかけやがって」


 しかしその口ぶりとは裏腹にジャックはそれぞれを順当にこなし、中でも魔術の知識、魔法力は相当なものであった。


 魔王アダルマがその査定に付き合っている様子がカメリアには若干滑稽に見えた。だが先程の屋台でもそうであったように、アダルマの中で人間の営みへの関心が芽生えているのかも知れない。アダルマを御するためにはこういうことも積み重ねる必要があるだろう。


 査定が一通り終わると小一時間ほどで結果が出た。

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 ちから 90

 みのまもり 95

 すばやさ 120

 きようさ 110

 かしこさ 140

 うんのよさ 40


 あなたの能力を最大限発揮できる職業(クラス)は旅芸人です

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「ジャックさんの現在のクラスは旅芸人ですね」


 受付で職業クラス判定人が結果の用紙とともにジャックの目を見ずに素っ気なく告げた。


「た、旅芸人じゃと!!!」


 これまで自身を勇者的なクラスと称していたジャックは声がうわずった。


「ははは!勇者に準ずるのではなかったのか?旅芸人というのはなんだ?そんなもので戦闘が可能なのか?」


「しかも"うんのよさ"低すぎ!」


 冒険者ギルドにおいては職業クラスを〈下位職〉〈基本職〉〈上位職〉の3つのランクに分けている。

 下位職は人間の通常の経済活動における職業(船乗り、羊飼い、武器屋等)で、人間の有職者のうち80%ほどが該当する。冒険者ギルドにも登録可能だが、あまり需要がないと言われる

 基本職は戦士、武道家、魔法使い、僧侶、商人、遊び人で、近年これに盗賊を加えた七つの職業となる。

 商人、遊び人を基本職とするのは冒険者ギルド内でも異論があるが、伝統的な職業ということで認知されている。ただしこのふたつの職業クラスは冒険者ギルドの求人リクエストランキングでも下位であり、求める雇用者は少ない。

 上位職は魔法戦士、賢者などが該当するがこの世俗的な冒険者ギルドへの登録そのものがほとんど確認されていない。


「う、うるさい!元遊び人に言われたくないわ!おい!わしは剣も格闘も呪文もそれなりに極めている!なんでそうなる!」


 クラス鑑定士の男にミツバは詰め寄る。


「いや、確かにすべて平均以上なんだけど自分でも言ってるとおり"それなり"なんですよね…。この後認定証の発行をするので窓口はあちらで…」


 小太りで豊かな髭を生やしターバンを巻いた砂漠の商人風の鑑定人はシンプルにジャックの評価を下した。


「いらんわ!くそ」


「ハハハハッ!余は"それなり"の旅芸人と命を代価とした同盟を結んでしまったか!」


 魔王も小馬鹿にする。もっとも魔王は誰に対してでもそういう態度を取るが。


 紅潮するジャックに職業クラス鑑定士は早口で続ける。


「まぁ、この辺だと旅芸人というクラス判定になるけど、西のアーデル公国なら認定基準が違っていて、職業クラス分類も違うと聞くよ。あ、あっちはクラスでなく、ジョブって言うらしいけど。もしかしてあんたはそこだと赤魔道士とかに該当のするかもな」


 いまや暗黒騎士の所領となったアーデル公国では職業クラスのことを独自にジョブと呼び独自の体系を作り上げていたという。転職クラスチェンジのように経験キャリアが一度白紙にされることもなく、即座に新たなジョブの能力が活用できると言われ、こちらの転職クラスチェンジと比べると比較的イージーで実戦的であった。


 赤魔道士とは剣と攻撃呪文と回復呪文、それらをある一定レベルで使えるならそういうジョブに該当する可能性があるらしい。


 開花の神殿の基準では白魔術、黒魔術を両方とも相当高い水準で使える選ばれし職業を賢者と認定しているが、一定レベル程度では僧侶か魔法使いという認定に留まる。


「ちっ、嫌な時間潰しをしてしまったわ、もう行こうぜ」


 ジャックは認定証を受け取らずそそくさと競技場から出て行ってしまった。

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