第29話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(8)

 オラティオがシェイクソードのことを語るときは決まって"幼なじみの"シェイクソードと枕詞を付ける。


 "幼なじみ"と言う言葉が甘酸っぱくて好きだ。その定義こそわからないがオラティオはただ幼少の限られた期間(勝手に7歳から12歳くらいまでと思っている)に何かしらの思い出を共有して、さらにその共有者は少なければ少ないほど価値があると考える。

 "2人だけの思い出"ともなれば言うことがない。そのような子供の頃の"2人だけの思い出"がある相手は完璧に幼なじみと断言していいはずだ。


 幼なじみのシェイクソードは2歳下の男の子で、彼とは街中でいじめられていた子猫を助けることと交換条件で、廃城にいると噂されるお化け退治に共に出かけたという輝かしい思い出がある。


 今思うと全く釣り合っていない交換条件であるが、とにかくそうやって出来た思い出をその後オラティオは何度も反芻(はんすう)することになった。


 "また大人になったら一緒に冒険しよう"それはどっちからの約束か忘れたが(多分私)そんなことを言ってその場は別れた。


 それから13年後に父親の療養のため移住した小さな村で偶然再会した幼なじみは"勇者"と呼ばれるようになっていた。


 シェイクソードはいま冥王を倒す旅をしているという。


 その旅のある目的のため「孔雀青くじゃくあおの指輪」と「臙脂鼠えんじねづの指輪」という指輪を探しているという。


 そのうちの孔雀青くじゃくあおの指輪があるという洞窟の入り口の鍵を父親が管理していたため、オラティオはシェイクソードの旅に同行した。


 ここで図らずも"大人になったら一緒に冒険する"という約束が果たされることになった。


 × × ×


「亜麻色の髪に、印象的な青い瞳は間違いないわ。相変わらず勝気そうな性格。彼女は火炎系の精霊呪文の使い手だったけどその実力はいまも健在だったわ」


 ジャックからの本当にオラティオだったのか?という問いに対してカメリアはこう断言した。


「そうか。元気そうなら良かったが。まぁ、あいつのパーティー離脱の経緯はある意味でわしよりも気の毒じゃったしな…」


「うん、私的にははっきり言ってシェイクソードのワーストエピソードだわ。パーティー内の女子たちはみんなあの後非難してたし」


「そうなのか⁈わしがパーティーから外されて辺境の村に取り残された時はどうじゃったんじゃ?シェイクソードは冷血虫!とかそういう空気が支配してパーティー内はしばらく暗いムードに?」


「えっと…特には…(小声)」


「何を余の分からぬ話ばかりしているのだ。知己の間柄ならばその女を我々に協力をさせることは出来ないのか?なかなかの呪文の練度であったぞ」


 "パーティーの戦力不足"は棚上げしていた山積みの課題の一つであった。

 この開花の神殿まで何とか辿り着きはしたが現在の戦力では魔王城への帰還が困難なのは明白であった。

 魔王の呪いを解くのと並行して帰還のため戦力を整える必要がある。その点この開花の神殿は好都合であった。この神殿内にある冒険者ギルドを活用すれば魔王城までの仲間を募ることが出来るかもしれない。


「冗談じゃないわい!あいつに会ったらシェイクソードが死んだこと、そしてそのシェイクソードを殺したのがここにいるチビで、そしてかつての仲間たちがそのシェイクソードを殺したチビと同盟を結んでるとどの面下げて伝えるんじゃ!なんならわしがいま最も後ろめたさを感じている相手の一人じゃ」


「そうよ。それに今もシェイクソードのことを忘れられないでいるよね…」


「わしが人生の教訓にしていることは"他人の色恋には絶対に関わらん"ということじゃ!この話は打ち切りじゃ」


「もう良い。それよりも余を治せる賢者との面会は夜と言ったな。全く、こんな凡百の人間共のために後回しにされるとは。魔王を待たせるとは不敬であるぞ」


 開花の神殿は冥王により人間の能力アップに繋がるその存在を疎まれ、行き来が制限されていた。しかし冥王の死後は徐々にかつての隆盛を取り戻し、冒険者たちで賑わうようになっている。言うなればこれが本来の開花の神殿の姿なのだろう。

 また神官ルクマイオは人種など分け隔てがなく、望めば人類の敵である魔族にもその"転職の秘蹟"を施していた。それが冥王による開花の神殿の完全閉鎖を免れていた理由なのかも知れない。


「しかし、この人手はみんな転職なのか?こんなに冒険者がいるんならオラティオだけじゃなく、強くてわしらに協力してくれるやつもいそうじゃが」


「みんな転職希望って訳じゃないわね。開花の神殿は"職業クラス認定証"の発行目的の人も多いし」


 例え戦士を自称していても剣も斧も槍などが使えなければ戦士として認定されず、同じく攻撃系の呪文のみを習得できているが回復呪文を使えなければ本人がどれだけ僧侶と名乗ろうがあくまで魔法使いと認定される。


 開花の神殿から職業クラス認定されることで冒険者ギルドへの登録上も公式にその職業クラスだと名乗ることが出来る。そうすれば自身を良い条件で売り出すことが出来るため、多くの冒険者たちはこの査定と認定証を求めて神殿へと集まっている。


「そういえばジャックくんはシェイクソードとは冒険者の酒場で出会ったのよね」


 冒険者の酒場とは冒険者ギルドが運営する出張所みたいなもので、クエストの登録、冒険者同士のマッチングなどを行っている。魔族の侵略よりも前から存在する伝統的な施設で、ここで結成されたパーティーは冒険者ギルドから支度金まで貰える。ただし各種登録には登録料がかかるが。


「ねぇ、ルクマイオ様との面会まで時間もあるしジャックくんの職業適性でも見てもらいましょうよ」


 職業適正を確認してもらうことで現在の職業クラスの適応度を測り、現在の職業クラスの習熟度やどの職業クラスへの転職が向いているかを知ることが可能となる。

 職業適正度によっては職業クラス認定証が発行される。職業クラス認定証があれば冒険者ギルド内での求職活動も有利になるだけでなく、募集をかける際の社会的な証明ともなる。


「なんでじゃ?別にわしは転職クラスチェンジも考えてないぞ」


「ジャックくんの魔法使い戦士だっけ?その職業クラス、そもそも冒険者協会に正式認定されたものじゃないでしょ。よくシェイクソードはそんな怪しい職業クラスの人間を仲間にしたわ」


「魔法僧侶剣士じゃ!それに何言っとる、シェイクソードと再会したとき、あいつはめちゃくちゃお得と絶賛してたわ!剣も魔法も出来る"ほぼ勇者"みたいなもんじゃぞ!」


「仲間を募集するにしても私はこんなだし、それに魔王までいるのよ。せめてこちら側に一人でも開花の神殿での認定証を持ってる人間がいなくちゃまずくない?」


「うーん…。まぁ、聖堂でばったりオラティオと会ったら気まずいしな。じゃあ、そこで時間を潰すか、付き合ってやるわ」

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