第28話 お気の毒ですが魔王の能力は消えてしまいました(7)

 美食に目覚め、思わぬ自身の趣向を発見したアダルマはジャック、カメリアと共にルクマイオへ会うため、中央の聖堂へと足を運ぶ。

 聖堂は全長20メートルほどの小さな建物で、周囲には池が張られていて入り口には橋が架けられている。周囲の街並みと比べると異国感を漂わせており、この建物がクロークン国成立よりも以前からここに存在していたことを伺わせる。


 しかし入り口から橋を超え、池に沿うかたちで長い行列が出来ていた。


「え、以前はこんなに人が溢れるようなことなかったのに」


「冥王の死後、国内を行き交う冒険者が増加しているんじゃろうな」


 直接の要因かはともかくそういう背景は充分考えられた。


「まいったわね。こうなるとルクマイオ様に会うこと自体難しいかも」


「今日会えないってことはないじゃろ。時間はかかるがとりあえず並ぶか?」


「ふふ、こんなこともあろうかと。賢者のコネを使うわ!」


 亀と化したカメリアは道具袋に顔を突っ込むと一通の手紙を取り出した。


「元々ルクマイオ様に会うにしてもこの身体でベーメリアです、と言ったところで信用されないでしょ。なので私の魔力を込めた魔力封蝋シーリングスタンプ付きの手紙を渡せばスムーズかなと用意していたのよね!」


 魔力には指紋のように術者固有の癖や色がある。誰もがそれを読み取り、判別が出来る訳ではないが、ルクマイオほどの者であればその魔力封蝋が誰の魔力によるものか見極めることは容易い。


「ジャックくん、ごめんなんだけどこの手紙を受付でルクマイオ様宛に回してもらうよう頼んでもらっていいかしら?"賢者"ベーメリアからと強調してね」


 賢者からの手紙は場合によっては王からの手紙よりも重要な意味を持つ。簡単に騙るようなものではないので、この開花の神殿の職員であれば疑いつつも軽々に扱うことはないだろう。


「ああ、わかった。ちょっくら行ってくる。お前らは若干目立つからな。大人しく待ってろよ」


 ジャックが受付へ行ってる間、カメリアとアダルマは橋のたもとから少し離れた、入り口が見渡せるところで待つことにした。

 所在なげに立っていると長い髭を生やした禿頭の老人が近付いてきてアダルマに話しかけた。


「ほう、おぬしは何かとてつもない野心を秘めた目をしておるな」


「ああ、そのとおりだ。貴様、見る目があるな」


 アダルマも気安く返答する。老人はこの小鬼リリパットがまさか帝国を滅ぼした恐るべき魔王とは想像もしないだろう。


「ふふふ、そうよ、わしも長生きをしているからな」


「余からすればまだまだ小僧よ」


 老人の年齢は知らない。だが70代から80代といったところだろう。一方魔族は長命だ。アダルマは300歳を優に超えている。


「そうか、わしは小僧か、ほっほっほっ。それは嬉しいな。今日わしはこの開花の神殿に念願のぴちぴちギャルへ転職しにきたぞ」


 思わずぎょっとするカメリア。


「そういえば以前来たときにもこういうおじいちゃんいたわね…"開花の神殿あるある"なのかしら…」


 それではな、とその場を離れた老人に二人組が近付く。

 一人は丸々と太ったモヒカン頭の男で、もう一人は骨張ったドレッドヘアーの痩せぎすの男であった。しかしその髪型に埋もれて目立たないがどちらも頭部に二本の小さな角が生えている。


 老人はその二人組から壁に押しつけられると何やら脅され、金でも巻き上げられているように見えた。


 周りの人間はその様子に気付くが目を合わせようともしない。今も魔族が我が物顔で闊歩している冥王国内のありふれたトラブルなのであろう。

 魔王はその地位のため知る由もないが、自身の配下の魔族もそんな狼藉をしているのかもしれない。

 それ故に別に咎める気もないが、目の前で繰り広げられる無害な老人が屈強そうな魔族相手にへりくだり、些細な抵抗している様を見て思わず声をかける。


「おい、そこの魔族よ。貴様らは冥王配下の生き残りのものか?随分とお行儀が良いではないか。冥王軍の雑兵連中は人間と見れば忽ち殺し、金品を奪うと聞いたことがあるぞ。なぜそうしない?」


 アダルマの挑発を受け魔族二人はこちらに近づく。その隙を見て老人はそそくさとその場を離れた。


「おい、なんだてめえは?亜人じゃねえか、下位魔族め」


「こいつはリザードマンか?リリパットにも見えるな?」


 二人の魔族はアダルマを上から見下ろす。カメリアはというとアダルマのローブの陰に身を潜めている。


「リリパットよ、生意気な口を利くじゃないか?誰に向かってほざいているのか分かってるのか?」


 痩せぎすの魔族はアダルマに凄む。


「ふむ、知らんな。貴様らは有名なのか?」


「ドブ臭い魔族の最下層の亜人はやっぱり情報に疎いな。我らは冥王軍に連なる新たなる組織〈マレフィセント〉の一員だ!」


「マレフィセント⁈まさか冥王軍の生き残りが連携し始めているというの?」


 カメリアはアダルマだけに聞こえる程度の小声で呟く。


「ほう、冥王軍の残党か」


「てめえ!残党なんて残り物みたいな言い方しやがって。冥王軍こそ、この地上で最強の軍だ。俺たちは休戦協定が結ばれる前、衝突した魔王軍を蹴散らした部隊に所属していたんだぜ」


「魔王軍にも弱い奴はいる…」


 太った魔族に多少痛いところを突かれたアダルマは自嘲気味に答える。


「その最強の軍の兵士が今は人間を脅し、金を巻き上げ糊口ここうを凌いでいるのか。全く嘆かわしい」


「なんだと!」


「まぁ、待て」


 怒る太った魔族を制すると痩せぎすの魔族は穏やかな口調でアダルマに語りかける。


「お前のような下級魔族が今もこの地で燻っているということは冥王様の治世で良い目も見ただろう。そうだな、とりあえず有り金全部置いていけ」


 一人は脅し、一人は宥める、そんな芝居じみた分かりやすい二人の魔族のやり取りは滑稽に見える。


「そうだ、今なら新生冥王軍〈マレフィセント〉の出資者という名誉に与ることが出来るぞ。てめえみたいな雑魚でもな」


 確かにこの開花の神殿にはそれなりの旅費をもって訪れる冒険者や商人も多いだろう。いいカモがいそうだ。


 二人組の魔族に聞こえないように小声でカメリアは話しかける。


「アダルマ、おじいさんも助かったし、ここでこれ以上のトラブルは避けたいわ。適当に流して離れましょう」


 しかしアダルマはその囁きを無視する。


「なるほど、状況は理解した。先程から余は貴様らを侮蔑し、愚弄しているのにも関わらず、ちっともまともな怒りを示さん。それすらも理解出来ないほどの阿呆なのかと気を揉んでいたがそれが本題なのだな。安心したわ」


 見下ろす二人組の遥か下からアダルマは嘲笑する。


 その瞬間、太った魔族はアダルマの鳩尾に、力一杯パンチをたたき込む。

 しかし、アダルマはぴくりともしない。


「あ、あれ……」


 太った魔族はこの小鬼リリパットと侮った魔族が突然強固な要塞に見えた。小物とはいえ、魔族である。本来魔王に射竦められればその場で卒倒し、失禁でもしただろう。

 魔族は人間以上に強弱に対して忠実である。それが弱者であるならば尚更敏感であった。


 痩せぎすの魔族は太った魔族の異変を感じ取り声を張り上げる。


「リリパット!何かしやがったか!」


「よ、よせ!やめろ!」


 太った魔族は痩せぎすの魔族を慌てて制止し、いま殴った拳が酷く痛むのか片方の手でさすっている。


「手を出せ」


 アダルマが命じるとその痛む手を即座に差し出した。


「ええ!!ちょっと!」


 先程まで小声だったカメリアが思わず声を張り上げる。それも無理はない。アダルマはその手の平に美しい宝石を6個握らせた。


「悪いがいま手持ちはこの程度しかない。いま気付いたが確かに冥王が死んだ時、香典のひとつでも贈ってやるのが礼儀だったな」


 その宝石の価値は周辺の出店の品物すべて買い占められる程の価値があるだろう。


「どうした?さっさと持って行け」


「は、はい!ありがとうございました!!!」


 魔族ふたりは一目散に逃げ出す。


「待ちなさい!」


 突如魔族二人を制止する声がした。アダルマは振りむくとそこには豊かな金髪を緩く三つ編みにした人間の女が立っていた。


「見ていたわよ。あなたたちはそこのおじいさんを脅し、さらにこの弱そうな魔族から宝石を奪った。最低な魔族の中でもさらに卑劣よ!」


「なんだと、この女!しゃしゃり出てくるんじゃねえ!」


「奪ったものを返してここから立ち去りなさい」


「うるせえ!ぶっ殺してやる」


 三つ編みの女は手に持ったロッドをかざし詠唱する。


「我が手に集え火の踊り子 汝の熱情こそ我が光明 炎焼手玉ブレイジングファンブル!!」


 小さな複数の火球がアダルマの横を通り過ぎ魔族二人に直撃した。


「ぎゃああああああ」


 二人の魔族は宝石をこぼして走り去っていった。


「フフフ、酷いことをする。あの後普通に死ぬんじゃないか?まぁ、どうでもいいがな」


 落ちた宝石を拾い集めるその少女にカメリアは見覚えがあった。


「要らぬことを」


「ふん、勘違いしないでよね。私はこの地上へ勝手にやってきた魔族同士がいがみ合い、それによって被害を受ける人間がいることが許せないの」


 宝石をアダルマに手渡す。口では魔族全般を罵ってはいたが、その所作は優しく温かみがあった。


「まぁあなたひとりをどうこう言うつもりはないけどね」


「それなりにできるな、人間の女よ」


 使いこなれたロッドからそれが察せられた。


「そんな宝石持ち歩いてるとまた狙われるわよ。これに懲りたならさっさとここから離れることね」


 三つ編みの女は颯爽とその場を去ると中央の聖堂の方へと向かっていった。


 それと入れ替わるようにジャックが二人の元へと戻った。


「おい、何の騒ぎじゃ?ルクマイオ神官だが夜であれば面会オッケーだとよ」


「オラティオだったわ」


「ん?」


「あれはオラティオだったわ!」


「先ほどの人間の女の名前か?知り合いか?」


「そうよ!知り合いよ!!!」


「相手は貴様には気付かなかったようだぞ。まぁその姿だ、気付きようもないか!わははは!」


 アダルマの嫌味にも反応を忘れるほどカメリアにとってその再会は唐突であった。

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