8時02分の電車に乗って
明日乃鳥
8時02分の電車に乗って
軽い目眩と頭痛。そんなことを気にしている余裕もなく俺は走っていた。
線路沿い、午前8時01分。
駐輪場前を横切る。
ピンピロリロリン♪
ノイズ混じりのメロディが風に乗っている。この明るいメロディすらも今は死を告げる負の旋律だ。
田舎の駅とはいえ3番線を有し、寝起きの体に階段の上り下りを強制する。線路を挟んだ3番線にはすでに列車の先頭が姿を表していた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
一段飛ばしで階段を駆け上がり、荒く呼吸をしながら階段を下る。電車から降りた客が広がって上ってくるのを華麗に避けながらようやくホームへと到着する。発車予定時刻は過ぎており、満員電車でなければ確実に乗り遅れている時間。
乗り込むスペースがあるのか悩む間もなく一番近くの扉に無理やり乗り込む。
急に動きを止めたせいで心臓の音がうるさかった。学ランを脱ぎ、Yシャツの首元を開けて、少しでも涼しい風を送り込む。明日こそは余裕を持って家を出て、優雅に登校しよう。
狭いスペースで扉に寄りかかり、適当な音楽を聴きながら本日更新のネット漫画を適当に読んで時間を潰す。
10分ほどで高校の最寄り駅に到着する。淀んだ空気から解放され、少しは気分がマシになるがこれから学校へ行かなければならないという実感が足取りを重くする。サボるわけにもいかないが、学校には行きたくないのだ。
そういえば今日は起きるのがギリギリ過ぎて朝食を食べていない。朝食を食べないで授業を受けるというのもあまりよろしくないわけで、朝食を買っていかなければならないわけだ。
毎日なんだかんだ理由をつけて、同じ制服を着た人波から外れている。コンビニで済まそうかと思ったが、最近見つけたパン屋まで行ってみることにした。もしその店が閉まっていて遅刻したらそれはパン屋が悪いのであって俺は悪くない。
少し歩けば人混みはすっかりなくなり、住宅街を一人歩いていた。今日はとても穏やかで心地良い快晴であることに今さら気がついた。ゆっくり深呼吸すると早くも夏の匂いがする。
5分も歩くとパン屋に到着した。『桜木ベーカリー』と書かれた下に『OPEN』の文字があるのを確認して扉を押し開ける。
「おはようございまーす」
優しく甘い香りが満ちた空間。妖精の家を模したようなファンシーな店内に若い女性の店員さん。大学生だろうか。
舞い上がった心を微塵も見せぬように無表情で店内を見て周り、メロンパンとカレーパンをトレーに乗せてレジへと持っていく。
「ありがとうございます。はじめまして?だよね」
一つ結びにした栗色の髪がとても似合う女性だった。
「はい。そうっすね」
「そっかー。メロンパンもカレーパンもすっごく美味しいからお楽しみに」
パンを紙袋に入れながら明るい笑顔で話してくれる。
「北高生だよね?私も北高通っていたんだよ」
そこで店員さんの顔色が変わる。
「北高って登校8時半まででしょ。もう8時20分だよ⁉︎」
店内の掛け時計の長針はすでに4の上を通り過ぎようとしていた。
「はい」
今日はもう時間通りに行かなくても良いと思ってしまっていたので全く気にしていなかった。
「はい、じゃなくて。ほら急いで!」
紙袋を持ったまま、カウンターから出て出入り口の扉を開ける。
「ダッシュで行けばギリギリ間に合うから!」
紙袋を前に突き出して言う。
「ありがとうございます」
紙袋を受け取り、少し急ぎ足で歩きはじめた。
「それじゃあ間に合わないよ!」
そんな声が後ろから聞こえてきて速度を上げる。
「いってらっしゃーい」
振り返らなかったけれど、笑顔で手を振ってくれているような気がした。
かなりの速度で走っていたけれど、不思議と辛くはない。
抱えた紙袋のほのかな暖かさと見えてきた校門を前にして思う。
なんてことない日々と少しの刺激こそがリアルな青春なのだろう。
明日は絶対1本早い電車に乗ろう。
パンを教室で頬張りながらそう決意した。
8時02分の電車に乗って 明日乃鳥 @as-dori
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