5.道具

 ===


「開いたぞ」


 ハルの指導のもと、金庫を解錠した。


「やりましたね! さあ早く、化石を回収しましょう!」


 俺は化石を取り出して、絶対に離すまいという覚悟で強く握った。これがオリジナルの地球が残したメッセージだと思うと感慨深いものがあるが、速やかに処分せねばならない。


「普通に燃えるゴミとかに混ぜればいいのか?」


「……いえ、もうその必要はありません」


「え?」


 ハルは化石に手を伸ばした。


 そして、……しっかりと掴んだ。彼女には触れられないはずの化石に。

 ハルは目を虚空に向ける。そして困惑する俺をよそに、嬉々として喋り始めた。


「……こ〜んな面倒なことをしなくても! 完全品質保証の体感型テーマパーク『セカンド・アース』! 間も無くオープンです!」


 俺は状況が理解できす、口を半開きにして立ちすくんだ。ハルはやはり虚空を向いて、繰り返しお疲れさまでしたと挨拶を続ける。


「な、何してんの?」


 俺がやっとのことで声を絞り出すと、ハルはとびきりの笑顔を俺に向けた。


「先輩、ご協力ありがとうございました。これにて撮影終了です」


「撮影?」


「……えーっと、説明聞きたいですよね?」


 俺は無言で首を縦に振った。


「そうですよね。これで全部おしまいなんてさすがに気が引けるので、最後にしっかりお話させてください。ノーカットで」


 ハルは右手の指を四本立てる。


「先ほど私は先輩の四つの疑問にお答えして、計画の全容を説明しました。でも、気づきました? あれは論理的に破綻しているんです」


 違和感はあった。だが、それを言葉にできなかった。まるでロックをかけられているように、奥にある疑問を取り出すことができなかった。


「そもそも、先輩に事情を話す必要がないんです」


 俺はハッとする。ハルは見事に俺の胸のもやつきを言い当てたのだ。


 ハルは俺を自在に操れる。別に直接交渉しなくても、何の解説もしなくても、ただ脳みそをいじくって俺を泥棒に仕立て上げてしまえばいい。俺に姿を見せ、事情を説明するという行為が、まるっきり無駄なのだ。


「この計画は根本的に矛盾していたんですよ。一体私が何をしたかったのか、わかります?」


 わかるはずもない。


「では、時系列順に行きましょう。まず、私たちは宇宙人向けのテーマパークとして第二の地球を創造しました。ここまでは本当です」


「ってことは嘘もあると?」


「あとは大体嘘です。騙してごめんなさい」


 ハルはぺこりと頭を下げた。


「地球が完成し、いよいよオープン日時を発表した時、諸惑星から疑問の声が上がりました。これだけの大規模なプロジェクトを本当に完遂できるのかと。……まったく、科学レベルの低い他星の未開人たちには困ったものです。彼らもお客様なのでこんなこと言っちゃいけないんですけどね」


 他の人に聞こえては困るといった様子で、ハルは耳打ちした。


「そんなこんなで私たちはこの地球がいかに完璧であるか、私たちの管理能力がどれだけ優れているのか、PRムービーを作って示すことにしたんです」


「PRムービー?」


「ええ。批判を逆手に取り、地球を正確に維持できずにバタバタするというストーリーにしました。そして最後に『……こ〜んな面倒なことをしなくても! 完全品質保証の体感型テーマパーク!』で締めると」


 ハルは先ほど誰もいない方向めがけて放った言葉を復唱した。


「ずっと撮影してたってこと?」


「ええ、今もクルーがここに。先輩には見えませんけどね」


「全部茶番だったってこと?」


「ええ!」


 なんということだ。俺はいつの間にか宇宙的な俳優にされていたらしい。ハルは、俺を翻弄して良い絵を撮っていたのだ。ダイジェストで、カットを駆使し、長くなる部分は早送りしながら。


「矛盾を抱えた設定、お粗末な製造の不手際、介入手段の乏しさ、原住民に協力を仰ぐ。そして最終的には原住民発案のオカルトチックな方法で解決。ここら辺が笑えるポイントですね。私たちに失敗なんてあるわけないじゃないですか」


 ハルは誇らしげに手を腰に当てた。


「だって、私たちは神と肩を並べたラプラスの悪魔ですよ?」


 言われてみればその通り。もう根っこの根っこから笑えるくらい矛盾している。全てを計測できる存在に、不測の事態など有りえないのだ。


「おかげさまで素敵なPRムービーになりました。ふふ、小道具にまでこだわったおかげでリアルな絵になりましたよ」


「小道具って、その化石?」


 俺が尋ねると、ハルは一瞬キョトンとした。そして気を取り直したように説明を続ける。


「……ええ。これ、本当にオリジナルの遺物なんですよ」


「混入しちゃって大丈夫なの?」


「もちろん。こんなもの簡単に処理できます」


 ハルは空中に人差し指で円を描いた。するとそこは空間に穴が開いたように真っ暗闇になった。


「異物混入なんてまず有りえませんが、もし見つけた時は回収してこの中にポイです。その物質が起こしたありとあらゆる相互作用をなかったことにして、正史通りに修正されます」


「そんな簡単なことだったのかよ」


 ハルはゴミ箱に投げるように化石を入れた。


「これで化石は痕跡なく消滅し、地球の皆さんから化石に関する記憶がなくなりました。ご安心を」


「……え? 俺はまだ覚えてるよ?」


「え?」


 ハルは少し呆れたようにため息をついた。


「もしかして、まだピンと来てません?」


「な、何のこと?」


「しょうがないなぁ、先輩は。わかっていいですよ」


 パチン。ハルは指を鳴らす。


 急激に、俺は全てを理解した。


 俺には何もない。俺はこの大学の学生ではないし、あの家も俺の家ではない。ホラー映画なんて見た記憶がない。そもそも、ハルからメールが届く前の記憶が一切ない。


 にも関わらずだ。ゴールデンレコード、ラプラスの悪魔。彼女の説明をスムーズに理解するための知識だけは持っていた。


 その上で設定の矛盾に気づくこともないまま、否応なしに彼女に従った。断るという発想がなかった。馬鹿みたいに何もかもを鵜呑みにして。


 俺の存在自体が、ハルにとって都合が良すぎる。


「よいしょ。ちょっと待ってくださいね。穴を広げますから」


 それもそのはずだ。

 俺も小道具だったのだ。

 だって俺には名前すらないじゃないか。


「どうぞ、お入りください」



(完)

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つくられもの タカハシヨウ @manbo-p_takahashi

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