4.作戦
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「盗むって……どうやって?」
研究室のドアの前で、俺は小声で尋ねた。教授はあの化石を失うまいと見張っているし、金庫のナンバーも知らない。
「ナンバーは私が知っています。ただ、教授は問題ですね」
「帰らせるとか寝かせるとかできないのか?」
「それいいですね。でも私は先輩以外に何の手出しもできませんので、先輩がやってください」
「……だから、それがどうやって?」
頼りにならない宇宙人だ。本当は全知全能のくせに、人間から物一つ盗むことすらできないとは。
「睡眠薬でも盛るか?」
「ダメです。誰かがいずれ飲むはずの薬ですよ。今後の歴史を変えてしまう可能性があります」
「硬いものでブン殴るとか」
「物騒ですね。傷が残っちゃうのでダメです」
「正直にお願いしてみる」
「論外です」
ダメダメ言ってないでアイディアを出してくれ。ダメな宇宙人め。
「ダメって言わないでください!」
どの口が。
どうする? とりあえず部屋に入ってコーヒーでも振舞えばトイレに行くだろうか。いや、薬が禁止なのと同様にコーヒーも禁止なのだろう。だいたい、教授はトイレに化石を持参しそうだ。そもそも俺が姿を見せるのも良くない気がする。その状況で化石がなくなってしまったらまず疑われるのは俺だ。良くて退学、最悪逮捕。
「いえ、最悪は人類絶滅です」
そうだった。失敗すれば戦争が起きて全員死ぬのだ。
俺が来ている痕跡を残さず、教授に察知されず、どうにかして教授を寝かしつける。もう夜も深い。眠気自体はあるはずだ。それに確か教授は齢七十に近い。もうお疲れモードなのは間違いない。
「ちなみに、予測によると放っておいても寝ませんよ。かなり気を張っておられるようですから」
何でそこまでわかるのに寝かせる方法はわからないの?
「ふふ」
いや、笑い事じゃなく。
教授は警戒している。まずはその警戒を解くところからか? 現実的ではなさそうだ。……むしろ、もっと警戒させるというのはどうだ?
「例えばさ、教授を思いっきり消耗させれば寝るか?」
「かなりのストレスを与えれば、ですね」
「じゃあ、俺が今考えている作戦で問題ない?」
「……はい。ちょっとかわいそうですけどね」
ハルは眉尻を下げた。ただでさえ化石の件でかわいそうなのにすみません、教授。
「じゃあ、最初はか細い女性の声だ。今にも息絶えそうにしてくれ」
「はい」
あ、あ、と声を出してみる。俺のリクエスト通りの声だ。ハルは俺の体ならいじくりまわせる。そしてこれで俺だとバレることはない。
俺は家にあるホラー映画の中から恐ろしいランキング一位のセリフを抜粋し、教授に聞こえるようにお届けした。演技力に不安は残るものの、教授は相当な恐怖を感じているはずだ。その証拠に悲鳴が聞こえた。
「続いて第二位。野太い男の声だ。何人も人殺してそうな」
「了解です」
ハルは苦笑していた。それもそうだ。まさか人類を救うための作戦が、こんなにアホらしいとは。
研究室の中から椅子が倒れたような音が聞こえた。確実にビビっている。
「次で教授は部屋の外を見に来るので、右に逃げて物陰に隠れてください」
「オッケー。第三位はあの映画だ」
教授を何往復もさせてランキング第十七位にまで達した頃、彼は耳を塞いでうずくまってしまった。もはや化石を持って逃げ出すことすらできない。決して安心させず、時々「終わったかな?」と油断させるように適度に間を置きながら、ついに二十六位に到達。合計二時間ほど極度の緊張状態が続いた教授は、眉間にしわを寄せながらもぐっすり眠ったのだった。
「本当は毛布でもかけて差し上げたいのですが……」
さすがのハルも同情しきりだ。
頼むぞ、ハル。後でこの罪悪感も消してくれよ。
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