始まる前から鬱つ~ん、な感じ
そんな感じで、俺が思考の沼にはまっている間、マリアさんは無言だった。
ああ、申し訳ない。
こればかりは、たとえ俺の気持ちがマリアさんに向いていたとしても、当の本人は迷惑なだけかもしれないな。
そう思い、マリアさんのほうを向くと。
「……マリアさん!?」
のどごし聖女様が、チアノーゼを起こしたような顔色になっていた。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛」
「大丈夫!? ピザがのどに詰まったの!?」
慌てて俺はマリアさんの背後に回り、背中をバンバンとたたく。これで詰まったものが取れるのかは知らないけど。
「げぼぅわっ!」
「あ」
「げほげ……ぐえっぷ!!」
つまったピザらしき塊が、美女の口から何とか産み出された。
美女が口に出しちゃいけない断末魔とともに。
「し、死ぬかと思いました……」
「ま、まあ、死ななかったならよかった。生きてるだけで丸儲けだから」
「は、はい……」
「……」
そこで破壊力絶大な聖女の上目遣い、発動。
さっきまでチアノーゼ起こしてたようなマリアさんの顔色が、今はほんのり赤い。
「義徳様の……」
「ん?」
「義徳様の手って、大きいんですね」
「あ、ああ。そうかな? ふつうだと思うけど」
「……」
あ、目をそらされた。なんだこの気まずさマックスな雰囲気。
マリアさんが恥じらうさまはほとんど見たことないから戸惑うわ。
そういえば、マリアさんの背中を触っちゃったわ。いや、叩いたが正解だけど、アースクエイクが時差で発動したりしないよね?
余計な心配をする俺のほうを見ずに、マリアさんが小さい声でのたまう。
「……わたしを守ってくださった騎士様も、大きな手をしてました」
「お」
マリアさんが言ってた護衛の騎士様のことか。確かマリアさんを救おうとして命を落としたとか言ってたけど。
……
ふむ、ひょっとするとこの様子から察するに。
マリアさん、その護衛の騎士様のことを好きだったんだろうかね。
──頭巾。
間違った。これじゃ頭痛みたくなってしまう。やり直し。
──ズキン。
ちょっとだけ胸が痛んだ。そっかー、マリアさんはもうすでに心に決めた相手がいるんだなー。たとえこの世にもういないといっても。
いや、むしろこの世にいないからこそ厄介じゃないのか?
死んだ相手だからこそ、現実のだれもが太刀打ちできなくなるくらい、マリアさんの中でこれ以上なく美化されてしまうだろう。
「……義徳様?」
「あ、ああごめん変なこと考えてた」
どうやら俺は、割と長い間固まってたらしい。
不審に思って声をかけてきたのだろうマリアさんの頬は、すでに赤みが引いていた。
「で、マリアさん。その護衛の騎士様とマリアさんは、恋仲だったわけ?」
「しょ! しょしょしょしょんなわけないじゃないですかわたしはせいじょできしさまはきしさまですよ!?」
試しに聞いてみたけど、分かりやすい反応ありがとう。やっぱマリアさんのすきぴは騎士様だったのね。
赤みが引いた頬が再度染まっちゃってるし、俺の完敗。思わず首に手を当ててさする癖が出てしまったわ。
なんか、恋する前に失恋したような気持ちでございます。
ま、いっか。こういう時はピザをたらふく食って忘れよう。
──大丈夫、まだ始まる前だ。
―・―・―・―・―・―・―
それからどうしたかというと。
「……そっかー、そうだよねー、マリアちゃんこんなに美人さんだもんねー、そりゃ恋仲になる男の一人や二人や十人くらいいるよねー」
「あ、あの……さすがに十人は乾く間もないと思うんですけど、まりかさんはそのような経験が……?」
「……ノーコメントで。それに大学に入ってからは、ずっと一筋だったし」
おいおい、俺がピザを食うのに夢中になってるうちに、なんでマリアさんとまりかが仲良くなってんだ。しかもいつのまにかまりかが『マリアちゃん』呼びしてるし。
このメスブタ、自分の置かれてる立場をいまいち理解してねえな。
「おいコラまりか。てめえマリアさんにそんなに軽々しく話しかけられる立場か。状況的にメスブタどころか奴隷扱いされても文句言えねえんだぞ」
「ひっ」
「義徳様!」
すぐ調子に乗るこういうメスブタは調教しないとならんでしょ、と思ったのに、マリアさんが俺を制止する。
「いいんです」
「なんでよ? 主従関係はっきりさせとかないとまた調子こくよこいつ?」
「今のまりか様は、厭世期を抜けつつありますから」
「……」
「それさえ抜ければ、多少厳しくしつけても死のうとしたりしないでしょう?」
やべえ黒い。聖女様がどす黒い。
まさかそんなとこまで計算ずくとは思わなんだ。
行き場を失った残念な聖女がウチにやってきました ~異世界転移ってただのコメディーだよな~ 冷涼富貴 @reiryoufuuki
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