ファンタスマゴリア・フォックス

サラマンダー

ある姉妹の殺人事件

『未解決事件』コールド・ケース


 犯人が逮捕、または判明などが一切出来ていない事件のことを指す。一般に捜査が行き詰まった場合や公訴時効が成立して未解決となった事件は『迷宮入り』とも言われる。

 この日本にも、迷宮入りとなってしまった事件は少なくない。その数は軽く100件を超える。

 5年前に起きた双子の姉妹の誘拐殺人事件もそうだ。


 この事件を担当していた俺、捜査一課の課長である神崎大吾かんざきだいごは、最近になって再びこの事件を捜査している。

 少しの手がかりでもいい。この事件解決のきっかけになれば。と、言う刑事の性だろうか。ちょうど今日は、この事件が起こって5年。

 俺は篠原姉妹の両親に会いに、町へと飛び出していた。


 事件の概要はこうだ。

 5年前の4月28日。ゴールデンウイークも差し迫ったある日、大学から帰宅途中の姉妹が、突然車から降りてきた2人組に連れ去られる。

 やがて山の奥深くにまで連れ去られた2人は、そこで惨殺された。顔はハンマーのような物で滅多打ちにされたのだろう。抉れていて判別も出来なくなっており、X字に2人、覆い重なるように倒れていた。

 乱雑に置かれた二つの大学規定のカバンの中の生徒手帳から、上にいたのが姉の篠原彩夏しのはらさやか、下にいたのが妹の篠原薫しのはらかおるであることが分かった。姉妹とも、わずか20年の生涯だった。

 俺たち警察は、死に物狂いで証拠や、連れ去られた痕跡を探し続けた。……だが、証拠や痕跡は何一つ見つからなかった。

 証拠とするなら、近隣住民からの『白い車が山の方角へ』と言う証言のみだった。俺たちはそれを信じ、付近を一軒一軒洗ったが……事件に関与した。とみられる白い車は見つからなかった。

 これほどまでに凄惨な殺し方をした事件にもかかわらず、以降まったくと言っていいほど進展がなく、時間だけが過ぎていった。こうして、5年の歳月が流れた。

 最後に重要な証言が届けられたのも、4年前が最後だった。その証言も、のちにいたずらであることがわかったのだから、警察としてのプライドも、もはやズタズタに引き裂かれていた。


「それにしても一課長……ここまで何も手がかりの見つからないものですかね」

 部下の山下壮真やましたそうまが俺に話しかける。身長が高く、署内からの評判も良いいわゆるイケメンだ。少し単純なのが玉に瑕で、犯人を間違えることは少なくなく、行動も基本は勘に基づくものだったので、捜査一課からは少し距離を置かれているが……


犯人ホシは、一体どうやって雲隠れし続けているのか……それが問題だな」


 ……目星を付けていた容疑者は3人いた。

 1人目は篠原姉妹の通う大学の教師である引田明ひきたあきら、45歳。

 聞き込みを続けているうちに、引田は女性生徒からの評判が最悪であることがわかった。と言うのも、引田は教師であることを笠に着て教え子の女性に手を出しまくっていたらしい。

 女子生徒はその引田に辟易としていて、ある女子生徒はきっと彼女らは引田に襲われた。とも言っていた。

 だが、引田はこちらの取り調べに対し容疑を否認し続けた。『そもそも女の子には興味がない』とまで言い出した。

 そしてのちの捜査でその日にはアリバイもあったことから、引田が彼女を殺すことは出来ない。と言う事の立証にもなった。


 2人目は姉、篠原彩夏の恋人だった足立直哉あだちなおや、19歳。

 彼は姉の彩夏に好意を抱いており、積極的にアプローチして交際を始めていた。ところが事件が起こる3日前、突如彩夏側から別れを告げられ、彼は失意のどん底にあったらしい。

 もともと嫉妬深い性格であり、両親からも交際に反対をされていたが付き合い、そして別れたという。

 そして足立はコンビニで万引きをしたところを補導された。そこで聞き込みの件も重ね取り調べを行う事とした。本来車の運転は足立にはまだできないが、両親など、使いどころはいくらでもあるはず。

 しかし、そもそも足立はこちらでは1人暮らしで、両親はおろか、車を運転できる人物との面識すらなかった。そもそも足立に、姉妹を殺せる手段など、存在しなかったのである。


 3人目は犯行時刻のあたりに、近くをトラックで通りかかっていた運送業の国木田厚くにきだあつし、54歳。

 彼はいわゆる変態のようで、彼の所持するスマートフォンからは大量の裸の姿の女の子の画像が保存されていた。

 そして国木田自身が、彼女たちを襲ったという事を認め、罪をあっさり認めたのである。

 だが、そもそもトラックから車に乗り換えたとは思えないし、それに彼が興味があるのは小学生以下の女の子。

 叩けば埃が出ると思い取り調べを進めると、『新聞の一面に載りたかった』と言う身勝手な理由で嘘をついていたのが発覚し、彼の犯行でもない、という事が明らかになった。


 こうして、事件は完全に暗礁に乗り上げてしまった。


「もう一度……もう一度{ただいま}って、彩夏と薫が帰ってきてほしいと……!」

 そして、捜査状況に進展がない。という事を両親に伝えるたび、両親からの慟哭と犯人に対する怒りが大波となって俺に襲い掛かる。

 双子の篠原姉妹が大学から家に帰ってくる。家族にとっての『当たり前』が失われてもう5年にもなるんだ。母親の涙の無念は察するに余りある。


「……必ず、犯人を捕まえてみせます。その日が来るまで、どうか……どうか、僕たちを信じてください」

 と、俺が言った時だった。


「?」

 両親が座っていた背面にある窓に、ふわふわと何かが浮かんでいるように見えた。あれは……?




 ……この事件とは逆に、ある出来事が世を騒がせていた。


『またまたファンタスマゴリア・フォックスの仕業か 暗礁に乗り上げていた殺人事件解決 容疑者の男逮捕』


「一課長、またファンタスマゴリア・フォックスだそうです」

 ファンタスマゴリア・フォックス変幻自在のキツネ。2年ほど前に現れ、暗礁に乗り上げていた事件を次々と解決。巷では怪奇現象とまで言われている、謎の出来事だ。

 なんでも犯人の前に狐火が現れ、それを見た犯人は3日ももたずに罪を自白、事件は解決に向かうらしい。

 ネットで依頼をするらしいのだが、真相は定かではなく、謎の多い存在だった。わかっていることと言えば、好物は今回のような未解決の事件……という事だけ。おとぎ話の世界ではあるまいし、あるはずがない……と、思っていたのだが、これほどまでに連続して怒るとは偶然や作り話とは考えにくい。もうすでにファンタスマゴリア・フォックスが解決した事件は10を超えているからだ。

 それに狐火か。……まさか……




「結果的にこの事件は、何の証拠も、見つからず、早5年以上が経過した。これからは、この姉妹の事件の捜査は小規模なものとなる。……ここまで、俺についてきてくれて、本当にありがとう」

 部下たちにこの言葉をかける。こんな形で、事件は闇の彼方へと沈んでいってしまう……そのようなことが起こってしまった。

 警察としては一生ものの恥となってしまうだろう。だが、それは仕方のない事だった。俺自身も……もちろん思う所がある。

 捜査が小規模なものになるという事は事実上、この事件に対する新たな進展は望めないという事。それに対する無念、悲愴はもちろん、ようやくこの事件から解放されるという安堵もあるようだった。

 こうしてこの事件は、永遠に闇に葬られることとなった。


「……」

 しかし山下は、まだ何か腑に落ちない点がある様子だった。




 それから2日後。


「……ただいま」

 帰宅した俺は、今日も1人きりの夕食を食べようと台所に向かう。

 妻は……もういない。今から4年前、突然の慢性的な病によりこの世を去ってしまった。結果的に俺は今、1人での食事を……


「う~ん、おいしい~!」

「!?」

 台所に、見たこともない女が立っていた。金髪の短いアップのポニーテールに、それをまとめる赤いリボン。頭には狐の耳が映えており、尻からはスカートのような物を突き抜け、キツネのふさふさした尻尾が生えている。


「あ、お帰りなさい!神崎さん!」

 と、無垢な声をかける女。テーブルの上に乗ったチャーハンを頬張りながら、俺に無邪気な笑顔を向ける。


「{お帰りなさい神崎さん}じゃない!こんなところで何をしているんだ!」

「何って、ごはんですよ。今夜は長くなりそうですから」

「何が今夜は長くなりそうだ!ふざけたコスプレをして……不法侵入だろう!俺は警察だ!お前を現行犯逮捕も出来るんだぞ!?」

 ふぅっと息を吐きだした女は、尻尾をくねくねと動かす。まるで『作り物ではない』と言いたげな感じで。


「貴様!何が言いたいんだ!」

 すると女は、ガツガツとチャーハンを一気に頬張り、手を合わせて……こう言った。


「少し戻りますけど、長くなりそうって言ったんですよ。だって……これからあなたを追い詰めないといけませんから」

 ……一瞬、何を言っているのかわからなかった。きょとんとしている俺に対して、女は今度は目を開けながらこう言う。


「5年前の篠原姉妹誘拐殺人事件の犯人……あなたですよね?」


 ニコニコとこちらに対して笑みを向ける。言われたことを理解するのに、時間が必要だった。女は立ち上がると、俺に向かって向き直る。


「……は?何を……何を言って……」

「事件の概要は大体聞いてたんですけどね?あなたはいくつかミスを犯しているんです。順を追って言ってもいいですか?まずひとつ目は……{どうして姉妹がどちらかわかったか}です」

「それはカバンの中の身分証明書を見たからだ。何の不思議でもないだろう」

「どうしてわかったんですか?」

 女が首をひねる。


「篠原姉妹は双子です。顔そっくりです。体格も似てます。カバンは学校のものです。なのに、なんでカバンの中の身分証明書を{見ただけで}、顔が抉られてるほど惨殺された篠原姉妹が、どっちが姉かわかったんですか?」

「それは、のちに司法解剖で」

「生徒手帳を見て言ったのに、のちに司法解剖でと言うのは苦し紛れ過ぎませんか?で、あなたの犯した二つ目のミスは、{白い車が山の方角へ}と言う証言を信じて、それを証拠として扱ったことです。ゴールデンウイークも近い時期。車の往来が多いのは明らかでしょう。だからその中で{白い車が山の方へ}なんて証言、信じる方がおかしい。あなたが{その証言を、他の人に信じさせる必要がある}と言うのなら別ですけどね」

 なんだこの女は?さっきから何を言っている?まるで……まるで事件を見てきたような言い方じゃないか。


「あなたが犯した第三にして最大のミスは、{学校関係者のみに取り調べを集中させたこと}。代表的なのは足立直哉さんです」

「あ、足立が……何を」

「……足立さんにコンビニで万引きをするように{仕向けたのもあなた}ですよね?」

 女がにじり寄ってくる。俺は反射的に恐怖を覚えた。何の自信だ。何の……度胸だ。


「き、貴様……これ以上言うとどうなるかわかっているのだろうな!?」

「どうなる?う~ん、そうですね……例えば……」


「睡眠薬の過剰摂取で殺されるんですか?あなたの奥さんみたいに」


 俺は大きく後ずさった。


「4年前、最後にこの事件に対して情報を与えようとしていたのはあなたの奥さんですよね?きっとあなたがやった証拠を見つけたから、あなたに殺された。そんな感じですよ。えっと、奥さんの死因は確か……{慢性的な病}でしたっけ?調べてみたんですけど、死ぬ一ヶ月前の健康診断では健康そのもので……」

 俺はその言葉をすべて聞き終える前に、家を飛び出していた。


 警備の人に電話で来てもらおう、とも思っていたのだが、今ここで警備の人を呼ぶわけにはいかない。何故なら……


 ……俺のやって来たことが、すべて明るみに出てしまうかも知れないからだ。


 俺はこの捜査一課の課長になるために、あらゆる手段を尽くしてきた。手柄の横取り、そして気に入らない部下の左遷など、本当にあらゆることをだ。

 ありとあらゆる手段を使い、ようやくつかみ取った夢のような地位だ。俺の言う事は誰もが聞いてくれるし、俺の一声で事件の命運を握っていると言っても過言ではなかった。これほどまでに気持ちいい事は今までなかった。

 だが、突然現れたあのふざけた女のせいで、それが水泡に帰そうとしている。

 ……ふざけるな。あんな1人の女に、俺の生涯を、地位をふいにされてたまるか。このまま何とか5年前の事件に進展が起きたように見せかけて世間の目を引き、ほとぼりが冷めたあたりであの女を消し、その事件も使う……あの時に使った事と同じだ。

 捜査一課の課長の妻が亡くなった。という事は本当に世間の注目を集めてくれた。これにより妻の『捜査一課の課長が篠原姉妹の事件の関与しているかもしれない』と言う証言もいたずらで済ませることが出来たからだ。


「出てくれ、頼む」

 俺は山下に電話をかけていた。山下ほどの単純な男なら、騙すのは簡単だろう。現に、俺の推理の失敗をあいつに押し付けていても、あいつは気付いていなかったのだから。


「もしもし、どうしました?一課長」

「山下か!これから会えるか!?実は5年前の事件、新しい証言が取れたんだ!ついでに他の部下たちにも、捜査本部に集まるように」


「それって、やっぱりあなたが犯人だってことですか?」

 不意に来る女の声に、俺は体ごと地面に固定されるような感覚に襲われた。懸命に動いていた両足の蒸気機関は、やがて動きを止めてしまう。


「わかってますよ~?あなたが山下さんに電話をかけようとすることぐらい」

 そして背後から歩いてくる女と……山下。


「や、山下。お前……!俺を裏切るのか!?」

「冗談はやめてください。一課長。いや……神崎大吾。お前を5年前の篠原姉妹殺人の容疑、そしてお前の奥さんを、睡眠薬の過剰摂取により殺害した容疑で逮捕しにきたんだ」

 山下は手錠を前に向ける。


「く……くそっ!」

 俺はさらに逃げようとするが……


「いました!神崎です!」

「よし、取り押さえろ!」

 前方からもパトカーが現れた。俺は完全に囲まれてしまった。


「……あなたの犯したミス。ひとつ増えちゃいましたね?」

 女が歩み寄ってきた。


「{人をいつまでも、自分の地位で操れると思っていたこと}です」


───────────────────────


 ……神崎が篠原姉妹を狙ったことは、至極簡単な事情だった。

 『最近事件が起きなかったので、事件が起きて解決すれば、自分の地位はさらに上がると思った』と言う、まるで世界征服をたくらむ魔王のような身勝手極まりない動機だった。

 最初は妹の薫のみを狙おうと、その日は早く帰宅すると見せかけてレンタカーで連れ去ろうとし、そこに姉の彩夏が現れたので、2人ともを気絶させ、レンタカーで山の中へ。

 そこで殺人を犯し、レンタカーを乗り捨てた後何食わぬ顔で帰宅。そして殺人現場の見聞に『捜査一課長』として現れた。

 そして神崎は、可能な限り事件からマスコミを遠ざけようと近くで証拠を無理矢理でっち上げる。足立に万引きを頼んだり、『たまたま』事件の際通りがかっていた国木田を、無理矢理容疑者に仕立て上げたりだ。

 のちの捜査で『白い車が山の方角へ』と言う証言も、神崎が作り上げたものであるという事がわかった。

 この事件の幕引きは劇的なものとなり、当然マスコミの格好のエサとなった。


『捜査一課の課長 5年前の殺人事件で逮捕 自らの妻をも殺害した疑い』

『警視庁会見 「痛恨の極み」』


「……でも」

 『僕』山下壮真が、路地裏でキツネ姿の女の人に話しかける。それにしても、本当にキツネの姿だ。動いているところは見たことがなかったので、本当に存在しているとは思わなかった。


「いつから神崎が、怪しいと思っていたんですか?」

「そうですね。あなたの話を聞いていた時からです。だって、そもそもおかしいじゃないですか。これほどまでに凄惨な事件だったのに、以降何も進展がないというのが。進展がないならないで、メディアが大騒ぎになるはずですし。そこもどうあしらったかはあえて聞きませんが……それも神崎さんの仕業でしょうけどね」

 女の人はにこりと笑う。


「それより山下さんこそ大丈夫なんですか?この事件を解決した裏に、警察の目の上のたんこぶの私……{ファンタスマゴリア・フォックス}がいた。なんてバレたら、それこそ」

「大丈夫です。もう大目玉くらってますから」

「世知辛いですね。警察って」

 すると女の人は、おもむろに路地に向かって歩き出す。


「あ、私そろそろ行かないと」

「え?行くってどちらへ?まだお礼もしてないのに……」

「お礼は大丈夫です。だって、それよりも何よりも……」


「まだ見ぬ{未解決事件}コールド・ケースが待っていますもの!」


『未解決事件』コールド・ケース


 犯人が逮捕、または判明などが一切出来ていない事件のことを指す。一般に捜査が行き詰まった場合や公訴時効が成立して未解決となった事件は『迷宮入り』とも言われる。

 この日本にも、迷宮入りとなってしまった事件は少なくない。その数は軽く100件を超える。


 でも、もしも……もしも、彼女のような者が近くにいるなら……


 その凍てついた事件は、すぐに溶け始めるかも知れない。




「さて、次はどの事件を溶かしましょうか?」

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