三題噺

なのの

夏の幻 (お題「夕立」「涙」「塔」)

 その日、無断欠勤をした。

 晴れ渡る夏の青空に負けて、近所の市民プールに出かけた。

 そこに居たのは年齢層の低い子供ばかりだ。

 大人なんて一握りしかいない。


 日焼け防止を徹底し、サングラスをかけて日陰に座る。

 ビールの缶がブシュッと音をたて、喉を適度に刺激した。

 「ぷはぁ」と声を出していると、でビキニを着た女子が近づいて来る。


「お兄さん、昼間っからビール?」

「んあ、そうだよ。一緒に飲むか?」

「オゴリなら」


 500円玉を彼女の胸元に向けて弾いた。

 それを受け取ると彼女は缶ビールを買いに走る。

 戻って来た彼女の手にはビールの他につまみもあった。


「はい、お兄さんの分のおつまみ」

「ありがとよ」


 するめを開けると同時に、彼女の缶がブシュッと音を立てた。


「じゃあ」

「ん」


「「かんぱーい」」


 一人でのむビールもいいモノだが、可愛い子と飲むビールもまた格別だ。

 喉に適度な刺激を得た俺達は同時に「ぷはぁ」と声を出した。


「お兄さんはどうして市民プールに来たの?」

「車だよ。バスなんて面倒で乗れないからな」

「じゃーなーくーてー、来た理由だよー」


 少し、膨れた頬がまた可愛らしい。

 それほどまでに気になるのか。

 ビールを飲みに来たというだけじゃダメなのだろうか。

 ここの市民プール、ビールの値段が安い。

 だから時々来ているだけだが、それをそのまま伝えるのもツマラナイ話だ。


「夏が俺をここにいざなったんだ」

「なにそれ、訳か分かんないよ」


 彼女はふと、寂しげな表情を見せる。

 それは何か思い詰めた、思い物を背負った顔だ。


「君こそ、どうして来たんだ?」

「バスだけど、悪い?」

「ちがうだろ、来た理由だよ」

「夏が、私をここに───」

「真似するじゃねーか」

「あはははは・・・・」


 明らかなカラ元気に彼女の表情は途端に曇った。

 そして頬を涙が伝う。


「今日は一人ごとに耳を傾けたい気分なんだ。何か話してくれないか」


 空になったビールを飲んで、気を紛らわした振りをする。

 あと腐れの無い酔っ払いに言える程度の悩みなら、聞いてやろうって事だ。

 彼女は涙を拭うと、ポツリポツリと話を始めた。


 初めは他愛の無い、恋愛話だった。

 それがどうしてか、崖に追い詰められ犯人は自殺する寸前で説得され、罪を償う事にしたと言う。


「それは何曜日のサスペンスだ」

「まぁ、そんなわけで、フリーになっちゃったのよ」

「それで男を漁りに来たと・・・」

「ちがうって、あ、でも、男を求めてるのは変わらないか・・・」

「どういう事だ?」

「鉄塔ってあるじゃない、あれをずっと追いかけて来たの。男鉄塔縛りで」

「男鉄塔って、あれか、小説の鉄塔 武蔵野線で出てくる名称だったよな」

「そ、良く知ってるね。もう25年も前の小説、私が生まれる前、正式名称は懸垂形鉄塔っていうんだって」

「そうだった、そんな名前だったな」


 ふと立ち上がる彼女のお尻が濡れていない事に気付く。

 俺と同じでひと泳ぎもしていないと言う事だ。


「ひと泳ぎしたら、送って行こうか」

「いいの?じゃあお願い」


 二人で『いっせーので』と言って、飛び込んだ。


「そこの二人!飛び込まないで!」


 怒られた事に、二人で笑ってごまかす。


 ***


「いっぱい泳いだな、そろそろ帰るか」

「うん」

「じゃあ出た所で待ってるから」

「うん」


 俺はさっさと着替え、外で待った。

 待ちぼうけになるのかとも思いつつ、駄目元で待っている。

 空を見上げると、暗雲立ち込めている。

 これは来ると思っていると、ぽつぽつと降り始めた。


 彼女が「ごめんなさい、またせちゃったね」と言って出てくる。

 傘なんて無いから車まで走るしかない。

 彼女と目を合わせ、二人で走り出した。


「危なかったな」

「うん、もっと早く出れば良かったね、夕方までなんて遊びすぎかな」

「まぁ、いいだろ、楽しめたなら。じゃあ出るよ」

「はい、お願いします」


 そうして、家にたどり着くまでの間、話を交え楽しい時間は過ぎて行った。

 途中、バケツをひっくり返した様な夕立になる。

 視界が悪い中、彼女の家から最も近いと言っていた懸垂形鉄塔が見えたと思った時、彼女は忽然と姿を消した。


・・・あと何回ループすれば、涙の理由を教えてくれるのだろうか」


 寝れば再び今日が来る。

 そして再び彼女と出会う。

 何が脱出の鍵になるのか、この時の俺はまだ知らない。


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https://kakuyomu.jp/user_events/16817139557300973604

藤光様企画『【三題噺の競作】「夕立」「涙」「塔」』の参加作品になります。

100作品目標らしいですよ、良かったら皆様も一緒に書きましょう。

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三題噺 なのの @nanananonanono

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