緑の桜
蔵尾鈴
緑の桜
もうすぐ夏が、立夏がやってくる。春が夏に席を譲ろうと、せっせと片付けを始める時期になった。つい最近まで街を彩っていた桜も、気付けばすっかり緑色の夏服を纏っている。
年度が変わり、初めて季節が移ろうこの時期、桜たちは、いつも私に質素な美しさを―本当の姿を見せてくれる。
桜。日本の春の代名詞とも言える、美しい木。おそらく日本人がもっとも良く知り、馴染み深いであろう美しい春の花。その華やかで風流なさまは、「雪月花」のうち一つに入る程である。
でも、私にとっての桜の魅力の本質はそこにはない。私の思う桜の真の美しさは、花には無い。
桜はいつも堂々としている。花があっても、葉が茂っても、花も葉も無く素っ裸になっても。どんな姿でも態度が変わることが無く、胸を張って生きている。私はそんな桜にとても憧れるのだ。
大抵の人は、黒歴史だの何だのと、己が「醜い」「恥ずかしい」と感じるものを抱えて生きている。それは私とて例外ではないし、人間生きている以上は自分の嫌な部分の一つや二つ見つけてしまうものだ。そしてそういったものは、大体心の奥底に押し込められることが多い。少なくとも私はそうである。そして押し込められた「嫌なもの」達は年月を経て、いつしか「恥ずかしい秘密」と成り果てる。
でも桜は違う。どんな「自分」も隠すことなく、むしろ見せつけるかのように堂々としている。自慢の美しい花が散ってもそれは変わらない。冬になり、衣を失ってみすぼらしい姿になってもだ。
どんな自分でも恥ずかしがらず、自信を持って生きる。それがどんなに羨ましく、素晴らしいことか。自分を嫌うことなく、強く生きることはとても難しい。なぜならそれは胸の内に押し隠す程に嫌な己の側面を、他ならぬ己自身が受け止めることを意味するからだ。
私もいつか、桜のような強くて堂々とした人間になれる日が来るだろうか。そう思っていると、気づけば4月も下旬である。
今年も初夏が来る。私の憧れの存在、桜がその真価を見せる季節が来る。
今年もこの目に焼き付けよう、真の桜の「強さ」と「美しさ」を。そして桜よ、見せてくれ、緑に包まれた、花の無い君を。
緑の桜 蔵尾鈴 @riddle0824
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
「散る」ということ/三角海域
★0 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
春の5題小説マラソン/武藤勇城
★6 エッセイ・ノンフィクション 完結済 5話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます