第22話 吹き抜ける花信風


【リリ様リリ様! アタシが、このリンがリジェレフの街をご案内します!!】

【リン……今更リリ様をどこに案内すると言うのだ?】

【で、でも父上……】

【ふふっ、いいのよガルマ。リンにしか見えない素敵なリジェレフがあるんだから。リン、案内してくれる?】


 ◆  ◆  ◇  ◇


「リンさん? 大丈夫?」

「す、すみません……昔のことを思い出していました。では改めまして……目の前に広がる大通りは十字になっていて、その中央にはグランの王バーエンが屯する城があります。城を中心に全ての方角へと抜けられる作りによって、交通の要所として栄えてきました。故に貿易が盛んになり、あらゆる文化が煮返した多様性こそがグランの名物と言えます」

 

 リンさんに手を引かれ案内された大通り。沢山の出店に手招きされちょっかいを出されているリンさん。その人柄の良さが、皆に愛されているのだろう。

 お土産にと、私達に食べきれない程の食べ物をリンさんは貰ってきた。瞬きをする間に、リンさんは自分の分を平らげていた。

 一方ミロスは少し機嫌が悪いみたい。私、何かしちゃったかな……


「おいおい僕ちゃん、楽しまなきゃ損だよ?」

「……私は女だ。この通りは朝寄ったし今更案内しなくても十分だし……大体あんた、フィオルに近過ぎるんじゃない?」

「妬かない妬かない。そんなんじゃ早死にするよ。フィオル様、次はあちらへと──」


 嬉々と私の手を引くリンさん。空いた手で、ミロスの手を繋いだ。


「ねぇミロス、例え同じ道を通っても……同じ空を眺めても、人によって色も見え方も違うと思うの。リンさんにしか見えないこの街の素敵な所を……ふふっ、一緒に見ようよ」

「……まぁフィオルがそう言うなら」


 照れくさそうに私の手を握り返すミロス。横目で見ると、リンさんは目に涙を浮かべ少しだけ俯いていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇


 大通りから貼り巡る幾つもの小さな道。遠くには高い壁がそびえ立っていた。

 どこか物寂しい空気を感じ足を止めると、一羽の小鳥が私の肩に乗ってきた。


「……あちらは先程元三番と戯れ合った場所、貧困街です。あの壁は十数年前に作られた物で、身なりが悪い者や罪人上がりの者をバーエンがあの中へと追いやったんです。塵は塵箱へ、等とほざいていましたが……フィオル様? どちらへ?」

 

 湿気て黴の生えた道を歩き、壁へと辿り着く。

 駆け寄ったリンさんの手を握り、頭を下げた。


「リンさん、この壁を壊して」

「あ、頭を上げてください! ……構いませんが、何故壊すのですか?」

「よく分からないけど……この壁は無いほうがいい気がするの。この鳥もそう言ってる。壁から悪い物が流れてて中に入れないんだ、って」


 言葉尻、リンさんは笑っていた。 

 私を見つめ両の拳を握るその姿が……見目麗しかった。


「理由を伺った自分が恥ずかしいです。あなたがそう思うのなら……あなたがそうしたいのなら、私が叶えます。あなた様一の近衛、このリンが華麗に壊してみせましょう!」


 リンさんは壁に拳をめり込ませ、両足を広げ中腰になった。唸るようなリンさんの声が響き始めると、地面が少しずつ揺れ始めた。物凄い魔力がリンさんを渦巻く。


「フィオル、あの人の馬鹿力でぶっ壊したら壁の周囲にいる人達に被害が出るんじゃ……」

「ふふっ、きっと大丈夫だよ。なんだろう、不思議な感覚なんだけど……リンさんがしてくれることなら、安心して見てられるの」

「……私じゃ安心出来ない?」

「……ミロ──」

 

 開きかけた口がより大きくなってしまう程の地鳴り。体制を崩し倒れそうになったところをミロスが抱き抱えてくれた。


「大丈夫?」

「う、うん……でもミロスこそ……」


 昨日の影響、震える足に力を込めて私を支えてくれていた。どうしたらいいのか分からなくて……只々感謝の気持をこめて、額同士を付けた。


「あっ、あの、フィオル、その……」


 何故か困惑しているミロスを他所に、壁から軋む音が強く強く聞こえてきた。


「ヴァァァ!!!!」


 リンさんの雄叫びと共に、壁に亀裂が走り出す。


「う、嘘でしょ……? 魔力を振動させて壁を崩そうとしてる……こんな事人間に出来るの……?」

「僕ちゃん、一つ教えてあげる。出来ないと一瞬でも頭の中に過ったらそれは絶対に出来ない。自分の可能性を自分が信じなきゃ、誰が信じるの?」

「それは…………そうかも…………」

「そうそう、素直な気持ちが第一歩。見てな、こんな壁私が全部ぶっ壊してやるから──」


 リンさんが叫びながら両足を更に広げ力を込めると、砂埃を大量に巻き上げながら、壁は連鎖するように全て崩れていった。

 淀んでいた何かを吹き飛ばすように、貧困街に風が吹く。

 瓦礫を足で踏みつけたリンさんは、私を見つめとびきりの笑顔で拳を胸に当てていた。


「へへっ。フィオル様、次は何をしましょうか?」

「ふふっ。じゃあ……この先の案内、してくれる?」


 こんなにも素敵な人に慕われているリリという人は……一体どんな人だったのだろうか。

 似てるとか母親とか言われても分からないけど……会ってみたかったなと、少し思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣き虫姫の冒険譚 @pu8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ