第4話 消失

 クライスは読んでいた報告書をテーブルの端に寄せ、アランが入れてくれた紅茶を口にすると、また別の報告書へと手を伸ばした。


「こうなったのはいつからなんだ?手紙が2か月前に届いたということは少なくともそれ以前ということなんだろう?」


 アランはカップをテーブルに置き、あごに手をあてた。


「ああ、はっきりといつからなのかはわからないな。気が付いたら魔物の姿を見なくなっていた。恐らく毎日少しづつ減っていったのだろうな」


 言葉を一度切ると紅茶を口にしてアランは続けた。


「今から3か月前の時点で依頼された数を集めるのに何日もかかかるようになったんだ」

「たとえば?」

「そうだな…アーブスクイレルがいるだろう?あいつらが集めた薬草は普通の薬草より魔力が多いから傷薬を作るために結構な依頼があるんだ。」


アーブスクイレルとはリス型の草食魔物だ。

薬草を集める習性がある。


「ああ、あれか。あいつらが作る丸められた薬草玉ってやつか」

「そうそう、そいつだ。そいつが一つあれば、10個は傷薬が作れる。アーブスクレイルは基本的にほかの生物が近づけば逃げていくし、必要以上に戦うこともなく、巣から丸められた薬草玉を一つ取ってくるだけでちょっとした小遣い稼ぎになるから人気だったんだ。ところが、その一つを得るのさえ何日もかかるようになった」

「アーブスクレイルが突然いなくなってしまったのか?」

「いや、最初はただ単に巣の中に薬草玉の数いつもより少ない。という感じだったんだ。その程度だから[たまたま]だと思ったんだろうな。そのうち巣の中に薬草玉がない事が続き、アーブスクレイルも見かけなくなり、気がつけば以前に巣があったはずの場所に巣自体がなくなっていた」

「なるほど…だからか」


 クライスはアランの説明を聞いて少し納得していた。

取り次ぎ待ちの時に見ていた依頼掲示板に薬草玉の依頼書があったのだ。それも2か月も前も出されたものだった。アランの言う通り、アーブスクレイルは滅多に人を襲うこともないし、駆け出しの探究者が必ず受けていると言っても過言ではない。さらに言えば、探究者でなくとも迷宮に入る許可を得たのであれば子供でも達成できる依頼だ。


「もちろんアーブスクレイルだけじゃない。掲示板を見たか?半年前に出されたのがあったろう?」

「ああ、ウィスカーレオパルトのヒゲだったな」

「そう、それだ。ヒゲなら抜け落ちてるのを拾うだけなんだが、いまだに手に入らない。アーブスクレイルより前に姿を消しちまったんだろうな」


 ウィスカーレオパルトのヒゲは非常に長く、しなやかで丈夫なため、さまざまな需要がある。最近では、スカートに膨らみを作るのが流行らしく、それに最適な素材らしい。


「となると、探究者としては依頼が達成できないから報酬が得られない、依頼者としては欲しいものが手に入らない頼む意味がないってなわけでな」

「どちらも別の迷宮に流れてしまうと…」

「ま、そういうこったな。手紙を出した時はまだマシだったんだが...いまやこんな状態だ。このまま悪循環が続けば村を離れるやつも出てくるだろう」


 アランの言う通り、離れて行く者が出ればそれをきっかけに、我もと出て行く者が増える可能性もある。

 クライスは再び手に取った報告書を見つめた。日付はおよそ1か月と少し前。魔物の姿なしの文字が書かれていた。


「それと、行き止まりの階層の存在だな。最下層でもない。ただただ行き止まりなだけでなぁ」


迷宮には最下層の存在がある。最下層にいる魔物を倒すことが出来れば、他の階層を攻略した時よりも莫大な富と力を得れるとの話だ。御伽話級だが何百年も前に残された記録には迷宮を踏破した探求者達がいて、大量の金貨と共に強力な装備に不思議な力を手にしたらしい。


「行き止まりか...戻る時はどうするんだ?ポータルは出現しているのか?」

「いや、なにもない。潜ってきた道を戻るんだ」


ポータルとは特定の階層に現れる地上への道だ。道と言っても歩くのではなく、地面に描かれた淡く発光する模様の上に立つだけで良い。それだけで地上の入り口に戻れる。


「そうか...それだと歩いて戻らないといけないな」

「収入に繋がりそうなものが手に入らないのに探索に必要なものは消費するんだからな。

それも往復分必要になれば余計に金がかかる。人が離れて行くのも道理と言うわけだ」

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迷宮管理人と引退探究者 mikumo @sora-mikumo

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