第3話 異変

「相変わらず掃除は苦手そうだな」


 クライスは軽くため息をつきながら苦笑する。この状況をみて懐かしい記憶が蘇りそうになる。


「ああ、すまん。ここのところ書類仕事が進まなくてな…。適当に重ねて床にでも置いといてくれ」

「…床ってそんな訳にはいかないだろう。まったく、これなんか足跡がついてしまってるじゃないか」


 散らばった書類の1枚にしっかりと靴の跡が残っている。しかも、文面側に。


「ほとんどが最近の迷宮に関する報告書ばかりさ。いまさら見たところで迷宮が元に戻るわけでもないしな」


 クライスは書類を集めると整えて来客用と思わしきテーブルの端に置いた。ちらっと見えた書類は確かに迷宮に関するものばかりのようだ。


「迷宮の?というか元に戻るとは一体どういうことだ?」

「今、お前さんが置いたやつ。読んでみてくれ。相談したいと書いたのはそのことだ」


 アランはそう言うと用意されていたと見られるポットに茶葉を入れた。どうやら紅茶のようだ。それなにりガタイの良い男が小さなポットとカップを扱っている姿にふっと笑みがこぼれる。

 クライスはその後ろ姿から視線を外し、先ほど自分が集めた書類を何枚か手にするとざっと目を通す。確かにアランが言ったように、迷宮に関する報告書のようだった。

 しかし読み進めていくうちに、内容がおかしいことにクライスは気が付いた。


「どう言うことだ?魔物が出ない?しかも行き止まりの階層が現れるって…こんな迷宮の話は初めて聞いたぞ」


 アランは紅茶の入ったカップを2つ持って、クライスの向い側のソファに座った。


「そうか…お前さんも聞いたことがないのか」

 1つのカップをクライスの前に置きながら言うアラン。その声にはため息が混じっているようだ。


「大なり小なり魔物は出てくるし、次の階層への道が無いという話は初めて聞いたな。これは本当なのか?」


 アランは紅茶を一口飲むとカップを置きソファにもたれかかり、ため息とともに言った。


「ああ、最初は俺も信じられなかったがな・・・実際にその目で見てきた。この村の迷宮だが、1階層から魔物が出ない。小型のラット型、でさえ、だ。そして階層は3から5階層までしか現れないようになってしまった。階層の深さはまちまちだがな」

「3から5階層?少なくてもここは10階層まで確認されてるはずだろう?ギルド本部には連絡したのか?調査員はどうなってるんだ?」

「もちろんすぐに報告はしたんだがな…いまのところ音沙汰がないな。支援金目当ての虚偽報告だと疑われてるのかもしれんなぁ」

「まぁ、今の私も話だけでは半信半疑だが…他の迷宮では同様の事は起こってないのか?ここだけか?」

「俺もそう思ってな、いくつかの地方ギルドに連絡を取ってみたが、残念ながらどこにも似たようなケースすらなかったな。さすが神が造ったと言われる迷宮だ。人がどうこうできるものでもないんだろうが…」

「しかし…なんとかしないと村の経済が危ういな」

「ああ、ここは大した特産品もないからな。迷宮の村だ。その迷宮がこれでは外からの金が入ってこん。村の代表者もせっつかれてるんだろうな。毎日のように抗議文が届くぞ。お前のとこにも届けてやろうか?」


 そう言いながらアランはまた紅茶に口をつけた。ふざけたように言っているが、本音はうんざりしているのをクライスは感じ取った。

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