それから
第24話
「うわあ!?」
がばりと勢いよく上体を起こす。痛いくらいドキドキする心臓のあたりを押さえて、私はぜえぜえと息をした。
び、びっくりしたー。舞台上でぶっ倒れる夢を見てた!
一旦深く深呼吸をして、冷や汗を手でぬぐう。
横でカーテンがさらりと揺れて、ようやく見知らぬ場所に寝かされていることに気がついた。
シンプルな白い天井と壁。白いベッドにカーテン。
「まるで保健室みたい。あはは……じゃない!」
ベッドから飛び降りるとずしんとくる体の重さに転んでしまう。
「うぎゃっ」
「実咲!?」
パタパタとこちらに駆け寄ってくる音がして、カーテンが勢いよく開く。そこには不安そうな表情の将継とケント、それに西丸先生もいた。
「調子はどうや?」
「え? なんかだるいけど……」
「大丈夫かよ。いきなり舞台で倒れるから驚いたぜ!」
「げげっ!?」
夢じゃなかったんだ! どうりで体が動かないはずだ。ってことはここは会場の救護室?
床に座り込んで頭を抱える私に、西丸先生が手を貸してくれる。
「舞台の照明で軽い熱中症を起こしたのと、知恵熱が重なったみたいだね。ご両親にはもう言ってあるから念のため病院に行こう」
「あああの、決勝の結果は!?」
私、倒れたけど作品はつくり終えていたし、棄権扱いになってしまったりしないよね?
目の前の3人は少し困った様子で顔を見合わせて、それからケントが言った。
「ドロー」
「は?」
「だから、引き分け」
引き、分け?
頭が真っ白になってしまって、その単語が入ってこない。
だって3対3で勝負して、結果が引き分けなんておかしくない?
ましてや点数は時間点、芸術点、技術点の合計なんだから、それがピッタリ同じになるなんてこと……。
「俺が勝って、ケントが負けた。実咲と絵馬くんはピッタリ同点、引き分けや」
1勝1敗1分け。
ユキトくんと引き分けた。
負けなかったけど勝てなかった。
あの神技がまだ未熟だってことを、審査員に見抜かれたんだ。
頭の中がグルグルして、西丸先生に立たせてもらったのにまたベッドに倒れ込む。
「もう少し休んだほうがいいかもね。僕は大会の人と相手チームに淡井さんが起きたこと報告してくるから」
「はい」
西丸先生が救護室から出て行った後、しばらく続いた沈黙を破ったのは将継だった。
「ふたりとも――ここまでついてきてくれてありがとう!」
がばりと頭を下げる将継にふたり揃ってギョッとしてしまう。
「別にお前のためじゃねーつーの!」
「そうだよ! 私達は自分の意思でここにきたんだから」
「はは、そうやな……。でもこれだけ言わして。ふたりともめちゃくちゃ成長したよ。ケント、最後負けたけどあの作品すごくよかった。ケントのいいところ全部出とったし」
「な、なんだよ急に」
「そんで実咲……紙すだれを見せてくれて、本当にありがとう」
ずるいよ将継。
そんな泣きそうな表情でそんなことを言われたら、
こっちだって泣いちゃうじゃん。
「うわーん! 勝てなくてごめん!」
「負けてごめん!」
ケントとふたりで赤ちゃんみたいに泣いた。将継はポタポタ涙をこぼしていて、それでも笑顔だった。
「謝らんといて。俺ら結果全国1位タイなんやで。すごいことやんか!」
「でもっ将継も泣いてる」
「俺は大会が終わってしまったんが悲しいだけや!」
「お前はまだ明日の個人戦あるんだから感傷的になるなよバカ〜」
3人でわんわん泣きながら肩を抱き合った。
全力を出し切った。その結果が全国1位タイ。
文句なんてない。後悔もない。
ただもっとこのチームで一緒にやりたい。
将継とケントと一緒にハイパーペーパークラフトがしたいよ。
このまま時間が止まればいいのに。小学6年生を何度も何度も繰り返したいのに。
その時、スパンッと救護室の扉が開かれた。
「みさき!」
「え……ユキトくん?」
息を荒くしたユキトくんが扉に手をかけたままこちらを見て、その後「はあ〜〜よかったあ」と膝に手をついた。
「目が覚めてよかったよ」
「ごめんね急に倒れて。なんだか頭が沸騰したみたいになっちゃった。私達、引き分けだったんだね……対戦ありがとう。楽しかった」
ベッドから降りてヨロヨロしながらユキトくんに握手を求めると、遠慮がちに手を握られる。
「ねえ、みさ……」
「実咲さま〜!」「「番長ー!」」
ユキトくんがなにかを言いかけた時、扉の向こうから色んな声が聞こえてきた。
数秒後、私達をずっと応援してくれていたクラスのみんなが、救護室になだれ込んでくる。
「うわわみんなどうしたの!?」
「実咲さまお加減は!? 衣装暑すぎました!?」
「番長〜最後の作品よかったよ!」
「ぶわーって紙が広がってさ、面白かった!」
「みんな……応援ありがとう! 私は大丈夫だよ!」
不安そうなまつりちゃんの肩を叩いて、軽くウインクをしてみせる。
「まつりちゃんの用意してくれた衣装、すっごく好評だったよ。倒れたのは照明の熱と知恵熱のせいだから!」
「実咲さま……。舞台上の実咲さまは本当に、本当に輝いていましたわ。特に絵馬さんとのツーショット! おふたりの真剣な表情、まさに神がかり的な美しさ!」
「え、俺?」
「というわけでおふたりともこちらを……」
まつりちゃんが差し出してくる書類をユキトくんと顔を見合わせながら受け取る。
それには大きな文字でこう書かれていた。
【ジャ○ーズ事務所応募書類】
「予想できてたわーーー!」
バリバリバリッバサーーーッ!
「それだけ元気なら大丈夫だな」
「もういっそ応募してみたらどうや」
救護室にみんなの笑い声が響く。
将継もケントも、ユキトくんもいい笑顔。
やっぱりハイパーペーパークラフトってすごい。
人を笑顔にする力が、紙切りから受け継がれているんだね。
こんなに楽しいこと、もうやめられそうにない。
「みさき、また戦おう。次は勝つから」
ひとしきり笑い終わったユキトくんがこちらに向かって微笑む。
「――うん、もちろんだよ! 私だって負けないから」
私もそれに笑顔で答えた。
約束の握手をして、ユキトくんの手にあるマメに気がつく。たくさんハサミを握ってきた証拠だ。私はまだまだ追いつけない。
「そういえばみさき、手は大丈夫?」
「あ」
自覚するとジンジン痛み出す手首。全身を冷や汗か脂汗か分からないなにかが襲う。
「ぎゃーーー! イタイーーー!?」
「こいつ今思い出したな」
こうしてハイパーペーパークラフト全国大会は、私の絶叫で幕を閉じたのだった。
――御殿場西小学校紙切りクラブの結果、全国1位タイ。
▼
無事に表彰式を終えて、その足で病院に向かう実咲に付き添って会場を後にする。
ケントは改めて応援団と保護者にあいさつに行った。ホント律儀なヤツや。決勝の負けを引きずらんといいけど。
「将継、明日の個人戦頑張ってね! 応援するから」
「倒れたばっかりなんやから無理せんでええよ」
実咲は笑顔やけどまだ心なしか顔が赤いしフラフラしとる。
紙すだれをつくるためによっぽど頭を働かせたんやな。
よくスポーツ選手が覚醒するとかゾーンに入るとか言うその状態に似てる気がする。
「たいしたもんや」
俺の気持ちを代弁するかのように、俺らの背後から低い声が響いた。
振り返るとそこには車イスに座ったスーツ姿の初老の男性が、じっと俺らを見つめている。
その人のことを俺はよく知っとる。
「見事な紙すだれやった。ただ、すだれ同士のトメが甘く、紙が少しだけ破れていた。それがなかったら君の勝ちやったなあ」
「あ、あなたは表彰式で賞状をくれたお方!」
思い出したように手を打つ実咲に俺は思わず笑ってしまう。
うん、確かにこの人に賞状渡されたよな。
「実咲、紹介するな。日本紙切り協会会長、そんでハイパーペーパークラフトの第一人者の禅将一……俺のじいちゃんや」
神技『紙すだれ』をつくった伝説の紙切り師。
毎年ハイパーペーパークラフトの全国大会に招待されとるから、今年もどこかで観戦しとるんやろうとは思っとった。
実咲は一瞬キョトンとした後、なぜかワナワナと震え出す。
「ま、将継のおじいさん生きてたの!? 『じいちゃんはもう……』とか言ってなかった?」
「え? あー『じいちゃんはもう現役を引退しとる』って言おうとした」
「な、なんだってーー!?」
「ワハハ。勝手に死なせんといてくれ」
じいちゃんは豪快に笑ってから、ゆっくりと車イスを進めて俺らの頭にポンポンと手を乗せた。
「芸術を競うことは時として酷く難しい。手先、感性、全てを作品で表現せんといかん。けれど紙切りにおいては、人を楽しませたいという気持ちがなによりも大事なんや。今日はいい寄席にきたような気分になった。ありがとさん」
珍しいじいちゃんの褒め言葉に俺は口をあんぐり開ける。実咲は少しモジモジして、意を決したようにじいちゃんに詰め寄った。
「あのっ紙すだれを勝手にマネしてすみませんでした!」
「マネ? ハハ、あれはどう見たって君のオリジナルや。私のすだれとは構造が全く違う。自分でも分かっとるやろう」
「でも、おじいさんの動画を見てあれをやろうと思ったんです! どうしても楽しませたい人がいたから、紙すだれをマネをしたんです!」
実咲は紙すだれ本家本元のじいちゃんを前にして、紙すだれをパクった気持ちになったのかもしれん。
実際ハイパーペーパークラフトの作品にはオマージュも多いし、全く同じでなければ別作品として扱われるのに。
じいちゃんは「うーむ」とうなってから、パチンと指を鳴らした。
「ならこうしようか。私の紙すだれは滝桜をイメージした『紙すだれ・滝桜』。君のはどちらかというとしだれ藤を連想させるから『紙すだれ・しだれ藤』。それぞれの紙すだれにこう名前を付けよう。これなら別物だと分かるやろ」
滝桜としだれ藤。
美しい名前が付けられたそれぞれの紙すだれは、きっとこれからも人を笑顔にする。
「きっとまた君の紙すだれを見せてくれ」
どこか懐かしそうに言うじいちゃんに、実咲は満面の笑みを見せた。
「――っはい!」
「これからも将継をよろしくな」
「じ、じいちゃん!」
「もちろんです! 将継とはこれからずーっと一緒に紙を切りますから。ね、将継?」
当然のように言い放つ実咲の笑顔が、俺の中に残っていた不安をあっという間に晴らしてしまう。
これからも、ずっと一緒に。
「――ああ!」
そんな未来の約束が、こんなにも嬉しいなんて。
▽
「実咲ーーー! いけーーー!」
「実咲さま〜! 全国制覇ですわよ!」
「実咲! 一緒に全国1位なろうやー!」
みんなの声が聞こえてくる。
全快した手首がもっと動きたがっている。
今、畳の上で、私に残された最後の戦いが始まろうとしていた。
小学生最後の1年
みんなはなににかけるかもう決めた?
男とか女とか関係ないよ。
「たあああーー!!」
やりたいこと全部に全力を出すんだ!
『イッポン! 勝者――』
(了)
カミワザお見せします! 三ツ沢ひらく @orange-peco
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