終 蒼天
抜けるような群青の空。
天高く立ち上る雲。
初夏新緑の到来を知らせるように、風が草原を吹き抜ける。
一面の緑を分かつように、まっすぐに白い線が走っている。古代魔導帝国期に整備されたといわれる街道。現在も再現できていない技術で敷き詰められた石造りの道は未だ健在である。
人影はない。戦争の傷跡は大きく復興は未だ途上。辺境への流通が復活するまで、まだ時間がかかるだろう。
一人の青年が、街道を歩いている。
白髪混じりの頭髪。長く伸びた前髪のせいで顔はよく見えない。浅黒く日焼けした頬には、いくつもの裂傷が白く走っていた。背中には、魔獣の革を一部被せただけの、鞘のない黒刃の刀を背負っている。
青年…シグが連れているのは、一頭の馬に跨った戦士。
白金の巻き毛が緑風に揺れる。中性的で端正な顔立ちに柔和な微笑を浮かべたまま飽きることなく周囲に視線を走らせ、馬上からの景色を楽しんでいるようだった。背中には痩躯に似合わぬ長大な剣を背負っている。雑に
「ねえシグ」
馬上から戦士…ソラリスが話しかけた。
「ん」
「今更だけどさ、本当にラータを追うの?」
「ああ」
「わたしとしては、できるだけ早くこの国を離れたいんだけどなあ」
「別に、おれに付き合う必要はない」
「いじわる」
ソラリスが頬をふくらませた。
「わたし、離れないからね」
「仕方ない。あれだけ頼み込まれたら、断りづらいさ」
竜王救出のため城塞都市に戻った際…娘を、ラータをお頼み致しますとシグの足に
「まったく、面倒なことじゃ」
馬が、しゃべった。
「わらわが真の姿となれば、お前たち二人を大陸から運び去ることなど
「よせよ。
古竜…特に王竜と呼ばれる最強種は、莫大な魔力の塊である。その長大な翼を、魔力を込めてはためかせるだけでその土地の魔力場が乱れ、生態系が一変してしまうことすらあった。
ソラリスが話を続ける。
「実際さ、ラータを見つけたとして、それからどうするのよ」
「別に…
「気の遠くなる話!」
「…まあ、路銀は節約しないといけないかもな」
「じゃあ、部屋は一人分だね」
「そこは削るところじゃない」
「なんで?わたしたち、いつも一緒に寝てるじゃない」
「お前が勝手に潜り込んでくるだけだろ」
「だいたいさ、ついこの間でわたしが女だってことすら気付かなかったなんて、失礼じゃない?」
「…(まあ、その胸じゃあな…)」
「ちょっと!今失礼なこと考えたでしょう!」
「む…」
「ちょっ、否定しなさいよ!」
再びソラリスは頬を膨らませた。
「たしかに、ラータにはちょっぴり負けてるかもだけど。ていうかさ…シグはそのままラータと一緒に、とかになるわけ…?」
「…まさか。それこそ今更だ」
ふーん、とソラリスは素っ気なく返事をする。気のない素振り。だが、シグを見つめる瞳は揺れていた。
「何よ」
「勇者よ。お主、分かりやすいのう」
「別に、そんなのじゃないし!ていうか、もう勇者じゃないし」
「ふふん、神にとか名乗るやつに操られておったのじゃったな。まあ、人格や感情を抑制されていた反動ということにしておいてやろう」
「勝手に結論出さないでよ」
「わらわが何を言おうが、お主の中で結論は出ておろうが」
ソラリスは頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向いてしまった。その様子を見て馬は再び愉快そうに鼻を鳴らす。そして今度はシグに話しかけた。
「いずれにせよ、そのラータとかいう娘は早いところ見つけた方がよかろう。あの大公とかいう人間の話を聞くに、その娘が向かった先は『死の都』じゃ」
「死の都…」
「古代魔導帝国の
「蘇生って」
ソラリスが怪訝な顔をする。
「シグは生きてるじゃない。それって…そうか、ラータはシグが生きていることを知らないから…」
「そこじゃ」竜王が言葉を引き取る。
「生者を蘇生させるなどというあべこべが生ずれば、どんな魔導の混乱が起こるか分かったものではない。
シグはしばらく返事をせず、歩きながら黙考する。そして顔を上げると、二人に話しかけた。
「『死の都』へ向かう。…だが、まずは途中にある機工都市へ行く」
「機工都市・・・そこで何を?」
「盾だ。新しい『
風が、爽やかに吹き渡った。
つられるように、シグは空を見上げる。
吹き上げたそよ風に前髪が弄ばれ、
新たな戦いが始まろうとしていた。
≪終≫
鋼の墓標 スエコウ @suekou
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