その2 父・将之

 この作品は、『弥栄いやさか!』番外編その1『こ

こから、はじまる』の舞台裏として書き下ろ

したものです。


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① 藤原家・一階座敷A(夜)

   真之なおゆきの手に台本『ここから、はじまる』。

   開いている。それをT.Bしていく。と、

   食卓を前にして五兄弟。真之を中心に、

   それぞれ神妙な面持ちで台本を覗き込

   んでいる。

   真之、台所に向かって、

真之なおゆき「(うしおに)この『将之まさゆき』って……」

   見えている台所に潮(後ろ姿)。徳利

   に日本酒を注ぎ乍ら、

うしお 「あなた達のお父さん。相手の名前が、

 『潮』になってるでしょ?」

信之ただゆき「(呟いて)……母さん」

   フレームに艶やかに糸菊が咲き誇って、

信之「(陶酔して)なんて初々しい! 叶う

 事ならば、この腕に抱き締めて差し上げた

 い!」

和之かずゆきの声「(冷静に)あいつは、ほっとけ」

真之「(台本を見乍ら)でもさァ……全っ然

 ! 想像できないんだけど。これが父さん

 ? ホントに?」

仁之さねゆき「(台本を見乍ら)俺は言えねェな、こ

 のセリフ」

   和之、眼鏡を押し上げて、

和之「(悪戯っぽい笑みを浮かべて)なァ。

 折角、台本あンだからよ」

   ──仰角で。ドヤ顔の和之。見下ろし

   て、

和之「ここで、再現してみようじゃねーか!」

真之の声「再現!?」

    ×    ×    ×

信之「(迫ってきて)えッ! なら配役を変

 えてみましょう! (『折角』を強調して)

 折角ですからッ!」

仁之の声「(適当に)じゃあ、信之ただゆきが父さん

 で、ナオが母さん役な」

真之の声「なんでーッ!?」

和之「それよか適任がいるだろーが」

   振り返っている和之・仁之・信之・真

   之。四人じっと同じところを見ている。

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   和之、コミカルで悪戯っぽい笑み。

   敦之あつゆき、少し動揺して、

敦之あつゆき「何だ?」

和之「ここは! 顔が一番似ていて、声も一

 番似ている兄貴しかねーだろーッ!」

真之の声「鬼」

信之の声「究極の嫌がらせですね」

敦之「(仰天して)何ィッ!?」

   ──仰角で。

   『ここから、はじまる』の台本を手に

   している敦之。緊張でド赤面。目元、

   影になって見えない。

   T『長男 敦之あつゆき(32歳)、彼女イナイ

    歴 年相応』

    ×    ×    ×

   ゆっくり開いていく敦之の唇(UP)。

   固唾をのんで見ている仁之・信之・真

   之。

敦之「(声裏返って、れつが回らずに)試し

 てみませんか。私と」

   大爆笑する和之。


② 同・一階廊下(夜)

   聞こえている和之の大爆笑。

   座敷Aを背に歩いて来る潮。手に盆。

   徳利が二本乗っている。潮、Fr.OUTす

   る。と、見えている座敷A。そこに五

   兄弟の姿。

真之「(和之に)この神社には、鬼が居るよ」


③ 同・一階座敷C(夜)

   盆を置いて座る潮。その横に将之。寝

   間着浴衣姿。潮に頭を向けて肘枕をし

   ている。聞こえている和之の笑い声。

和之の声「このセリフ、さすがに俺も言えね

 ェわーッ!」

将之「(潮に)賑やかだな」

潮 「台本」

将之「ん?」

潮 「台本、読んでるのよ」

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将之「そうか」

   と、潮に盃を手渡す。潮、盃を両手に

   持って、

潮 「いただきます」

   将之、潮の盃に酒を注ぐ。と、徳利を

   置いて、頭を潮の膝に乗せる。同時に

   潮、盃に口をつける。

   潮、盃を置いて、

潮 「どこの誰かと思ったわ」

将之「(潮に)ん?」

潮 「『超肉食告白』だったのが」


④ 劇場・接客スペース(回想)

潮 「(OFF)爽やか200パーセントって感じ

 じゃない?(笑う)」

   テーブルを挟んで、優しい笑みの将之

   (23歳)。身を乗り出し、左手を差し

   出している。(『ここから、はじまる』

   シーン⑦)


⑤ 藤原家・一階座敷C(夜)

潮 「よく言えたわね。あのセリフ」

将之の声「ん……」

   将之、気づいて、

将之「(潮に)何だ?」

   潮、猫背になって、将之を覗き込んで

   いる。

潮 「耳掃除」


⑥ 同・一階廊下(夜)

   見えている座敷Cに将之と潮。二人、

   前庭を向いている。

将之「風呂上がりにしている」

潮 「やってあげる」

将之「そうか」


⑦ 同・一階座敷C(夜)

   夜空に月。

将之の声「頼む」

真之「(OFF)──小さい時から」

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⑧ 同・一階座敷C(夜・回想)

真之「(OFF)ずっと」

   開けた襖の陰からちらりと顔を覗かせ

   る真之(5歳)。寝間着姿。

   真之、襖の陰(廊下)から座敷Cを見

   ている。そのままT.Bする。と、手前に

   潮(43歳)。将之(40歳)に膝枕をし

   て、将之の耳掃除をしている。将之、

   寝間着浴衣姿。腕を組み、目を閉じて

   いる。

真之「(OFF)父さんと母さんの様な夫婦に

 なりたいと思っていた」


⑨ 同・一階座敷C(夜)

   将之と潮、シーン⑧のまま、58歳と61

   歳の姿(O.L)になって。

真之のM「それは今でも」


⑩ 同・一階廊下(夜)

   開いた襖の横に真之(横顔)。座敷C

   を見ている。少し紅顔して、羨ましそ

   うな顔。

真之のM「変わらない」

   真之(横顔)の口元のUP。

真之「でも」

   見えている座敷Cに将之と潮。その手

   前に真之。手に『ここから、はじまる』

   の台本。振り返って、視聴者に台本を

   見せ乍ら、

真之「(少し紅顔して)僕は、こんな恥ずか

 しいセリフ言わないからね。絶対!」



       番外編その2『父・将之』終

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弥栄!(いやさか!)番外編 佐久良 燎 @Kagari-Sakura

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