知りたい夜空
くだんの「地球が丸いのを云々」という言葉を思い出す機会は、あるとき急に訪れた。
オーストラリアでの語学研修とホームステイも半ばを過ぎて、ビューティー山のふもとのある小さな町を訪れたときのことだ。そこはオーストラリアでも有数のスキーリゾートであるビクトリアンアルプスの一角にあり、済んだ冬の夜空を見るための隠れたメッカだと後で知った。
人間の作る光の少ないその小さな町では、夜空はむしろ明るい。夜空が暗ければ暗いほど、夜空は多くの星でどんどん明るくなる。電球のフィラメントが放つ激しくて暖かな光とくらべ、夜空の星が放つ黒体放射の冷たさは、冬の気温をよりいっそう身にしみさせる。
見知らぬ連中ばかりだと思っていた空で、見慣れた星座を見付けた瞬間、口からこぼれた。
「あ、地球って丸いんだ」
突然のことだった。自分でも何を言ったか意識するかしないかの間だ。あっという間の刹那に、「あっ」と言う間なんてない。日本で見るのとは逆さまにそびえ立つオリオン座。それは、たった一瞬の間に、すべてのことを論理立てて説明するのに十分な緻密さをもった証明だった。三つ星の傾き方を覚え間違ったかと思うのは錯覚で、オリオンではなく自分が逆さまなのだと思うと、すべてがストンと腑に落ちる。自分が逆さまに地球に乗っかっているから、オリオンが逆さまに見えるのだ。地面に寝転ぶと状況はさらに深刻だ。そもそも私が地球に乗っているのではない。地球が私に乗っているのだ。オーストラリアにいるこの瞬間、私は日本にいるときとは上下逆さまで地球に張り付いていた。
星空を見上げることは、私の立っている場所がどこなのかを知ることだ。高性能の望遠鏡連中がハワイの山頂からギラリと宇宙をにらみつけている今も、船乗りが六分儀を使って航路を決めていた時代となにも変わりない。
自分のいる場所のことを知るためには、よく目を凝らさなければならない。それは隠されているわけじゃないけれど、とてもひっそりと存在しているから。訪れる人をじっと待っているけれど、当たり前すぎて気づきにくいから。それらは、自分自身で体験してはじめて、自分のものになる。
オーストラリアの夜空を見ることは、ちゃんと地球が丸いことを知るための体験だった。解の公式もひっそりと佇むだけでなく、こうやってみごとに証明する道が辿れればよいのに、と思う。
「地球が丸いことを知りたかったら、オーストラリアの夜空をみるといい」
今度は私が誰かに使う番だ。
星空の解の公式 嶌田あき @haru-natsu-aki-fuyu
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