重課金ゲーマーの異世界攻略~必殺技は札束ビンタです~

ごません

プロローグ

 広大な草原。周囲には何もなく、遠くの方に巨大な山脈が見える。天気は快晴、若干の雲は見えるが降雨の心配は無いだろう。そんな雄大な自然を感じさせる風景の中に、似つかわしくない見た目の人間が1人佇んでいた。


「……ふむ、アバターに異状は無いようだな」


 中年の男だ。ダークブラウンの髪はウルフカットに切り揃えられ、豊かな髭と顔の疵がその顔に精悍さを醸し出している。しかしその顔は過去に流行ったステルスアクションゲームの主人公に瓜二つ。身体も筋肉質で、身に纏うラバースーツの下からでもその存在を主張している。さもありなん、男の存在はゲームの中にある分身ーーアバターであり、中身は全くの別物であるのだから。




 20XX年、科学技術は発展を遂げ、人体に電子機器と己を繋ぐプラグや様々なデバイスをインプラントするのが一般的になってきた時代。そんな中でも娯楽の分野は凄まじい発展を遂げた。『フルダイブ型ゲーム』の登場である。一度その世界に没入すれば、視覚、聴覚、触覚、味覚、痛覚に至るまでをリアルに感じられ、その世界の住人になったようにさえ感じるというもうひとつの世界とでも言うべき娯楽。それによって人類の何%かは前時代的に言う所の『ひきこもり』になってしまった事は嘆くべき事なのだろうか。


     ~日本:某所~


「♪~♪♪~」


 男は上機嫌に鼻唄を歌いながらマンションの一室を闊歩していた。男は20代中盤に差し掛かろうかという年齢にありながら、既に生涯遊んで暮らしても余りあるだけの金を手にしていた。無論、法外な手段で稼いだものではない。男は若き敏腕投資家として成功を収めた人物であった。学生時代に両親を亡くし、遺産を元手に資産運用を始めた。そこで目を付けたのがVR技術の発展型として騒がれ始めていたフルダイブ型ゲームの開発会社であった。その会社の株を買えるだけ買っておいたら数年後、その会社が世界的大ヒットを飛ばした。瞬く間に株券は大金へと姿を変え、男は生涯自堕落なニート生活へと突入した。なお、金は幾らあっても困らないからと未だに自作の投資プログラムを走らせて資産運用は続けているのだが。


「さて、『W.C.O』も大規模アップデートが終わったらしいし、早速ログインするとしますか」


W.C.Oーー……world conquest online。男が億万長者になるきっかけでもあり、夢中になって遊んでいるゲームのタイトルである。ゲームの内容としてはプレイヤー自らが戦って大陸の制覇を目指すSLG(シミュレーションゲーム)を謳ってはいるものの、小国の騎士から国王に成り上がって覇道を目指したり、傭兵となって戦場を転々とするハードボイルドな生活を過ごしたり、大商人となって国を裏から動かすフィクサープレイ等、幅広い遊び方がウリのSLGだった。その世界はオンラインで世界中のプレイヤーと覇を競い、e-sportsの対象競技となるほど人気で世界ランキング等も大々的に報じられる。そんな世界ランキング一桁に居座り続ける男が彼であった。






 男は食事やトイレ等を済ませると、医療用カプセルを改造したダイブ用ゲーミングカプセルに横たわる。フルダイブ型ゲームには幾つかの方法があるが、ヘッドギア型やチェア型よりも、カプセル型が一番脳からの信号を反映しやすいのか操作に違和感が生じないと評判だった。まぁ、その分値段も張るのだが男にとっては端金に過ぎなかった。プシューッという音と共にカプセルの蓋が閉まり、ブウウゥゥン……という電子機器の作動する独特の音がカプセル内に響く。と、メールの受信を知らせる音が鳴る。


『ん……?WCOの運営からメール、【世界ランカー上位の方へのアンケートのお願い】?ふむ』


 男は頭に装着したHMC(ヘッドマウントコントローラー)にメールを開封する様に念じる。このHMCもフルダイブ型ゲームの発展の一助となった代物で、脳波を感じ取ってリンクさせたパソコンやスマホ、その他電子機器を操作する事が出来るという優れもの。これによってコントローラーでアバターを操作するという元来のゲームの感覚は失われ、さらにゲーム世界への没入感が増したのである。メールが開封されると、僅かな電子音と共に男の目の前に半透明のウィンドウが出現する。


『えぇと、なになに……貴方は現状のW.C.Oに満足していますか?Y/N』


 若干悩んだ後、男はN……つまりNOと答えた。


『NOと答えた貴方に聞きます。それは何故ですか?か……良く言えば安定してる、悪く言えばマンネリ化しちゃってンだよな』


 そう、男は若干の退屈を覚えていたのだ。世界ランカーとしてプレイ動画の配信や、自分より上位の相手に攻撃を仕掛けてランキングの変動を狙ってみたりもするが、それも毎日のようにこなしていればそれもすぐに日常と化す。その日常に男は若干の『飽き』を感じ始めていたのだ。


『もし、W.C.Oにハードモードが存在するとしたら、プレイしてみたいですか?Y/N』


 当然YESでしょ、と男は即答する。マンネリ化した現状よりも、難易度の高いハードモードという新たな環境に興味が湧くのも当然と言えば当然だろう。


『今後の貴方の人生に多大な影響を及ぼす可能性がありますが、それでもプレイしてみたいですか?Y/N』


ハハッ、ワロスと男は死語になったネットスラングで一笑に伏した。ゲームで人生が変わる?まぁ、既にゲームプレイが仕事みたいになってるからある意味影響されてんだが、と。再びYESを選択。


『本当にやりたいですか?Y/N』


YES。


『本当に後悔しませんね?Y/N』


YES。


『後戻りするなら今ですよ?Y/N』


やけにしつこいな。YESだよ、何が何でもYES、YES!YES!YESだよ!


『最後に、貴方がハードモードをプレイするにあたり、現在のデータから1つだけステータスを引き継ぎ出来ます。どのステータスを引き継ぎますか?』


 そりゃ当然、〇〇だよ。俺のプレイスタイルの根幹であり、全てを解決する魔法のステータス。これがあるお陰で俺は今のランカーとしての地位も、悠々自適なリアル生活も楽しめるんだから。と、男はそれを解答欄に入力した。


『アンケートへのご協力、ありがとうございました。それではより良い新世界生活をお楽しみ下さい』


……ん?待て、今変な書き方されてたような。新世界生活?まさかこのままハードモードに突入するのか?オイオイオイ聞いて無いぞ!おいこら運営!GM(ゲームマスター)!誰でも良いから返事をーー


 そこで男の意識はぷっつりと途切れ、その精神は何処かに飛ばされる。そして脱け殻となった肉体だけが残り、数ヶ月後に不審死を遂げた変死体として世間を騒がせる事となるのだが、男には関係の無い事であろう。何しろ、男は異世界に飛ばされてしまったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

重課金ゲーマーの異世界攻略~必殺技は札束ビンタです~ ごません @kazu2909

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る