「エピローグ」:2
和真を乗せた装甲車は、プリズンアイランドのほぼ中央、プリズントルーパーたちの基地へ向かって走っていた。
騒乱の後始末をようやく終えた基地の滑走路に、和真を日本まで運んでくれる特別チャーター機が待機してくれているのだ。
移動の間、和真はアピスといくらか会話を交わした。
最初の出会いは最悪のものだったが、ヤァスを倒すために共闘したこと、そして、和真がアピスの憎むチーターではなく、むしろその被害者であることが分かってから、和真とアピスの間にあった溝は解消されている。
和真としては、異世界からやって来たエルフという存在に、興味があった。
だから、できればもっといろいろな話をアピスとしたかったのだが、日本に帰ることの方が今は優先事項だった。
やがて、装甲車は基地へと入り、そこの滑走路で待機している輸送機の近くで停車した。
それは、プリズントルーパーたちの長距離移動用に用いられている輸送機で、和真を日本へと送り届けるためだけに用意された機体だった。
一般的な旅客機ではないので決して快適な飛行とはならないだろうが、和真たった一人を日本へと送り届けるためにわざわざ一機を用意してくれたのだから、和真は文句を言うつもりはなかった。
「よォ、和真。いよいよだな」
装甲車から降りると、そこでは、仁王立ちしたカルケル獄長が、和真のことを待っていた。
戦いの結果負った負傷のためにその身体には包帯が巻かれてはいたが、カルケルはそんなことをまったく感じさせず、悠々とした態度でそこに立っていた。
「俺様としちゃァ、和真。お前にプリズントルーパーになってもらいたいくらいだったんだがな。和真、お前が見せた根性は、なかなかのものだったぜ」
カルケルはそう言って和真に笑って見せ、握手を求めるように手を伸ばしてくる。
「……カルケル獄長。その……、いろいろと、ありがとうございました」
和真はカルケルのその手を取りながら、彼に向かって頭を下げた。
和真がヤァスを倒すことができたのも、こうやって日本に迷う気持ちもなく帰ることができるのも、言ってみればカルケルのおかげだった。
「おう。まァ、せいぜい元気でな。将来就職先に困るようなことがあれば、連絡しろや」
「はい。もしそうなったら、そうさせてもらいます」
和真はカルケルの言葉にうなずきはしたものの、もう、この場所に戻ってくるつもりはなかった。
カルケルも、おそらくは内心ではそのことを理解しているのだろう。
彼は和真との握手を終えた後、「もう会うこともないだろうがな」と言って肩をすくめてみせ、淡白に和真との別れを済ませた。
和真が輸送機の後部へと回り込み、解放されたスロープ部分から機体の内部へと乗り込もうとすると、その近くには数台の車両が並んで停まっていた。
和真は、自分以外にも輸送機の積み荷があったのかと思ったが、それらの車両が輸送機に積み込まれる予定はないようだった。
それは、和真を見送るために集まった、共に戦った囚人(チーター)たちを乗せた車たちだったからだ。
チータープリズンで最初に和真に親切にしてくれた、千代とピエトロ。
ヤァスの陰謀に、たった一人、孤独に潜伏しながらも戦い続けた青年、長野。
強大な力を持ったSランクチーター、シュタルク。
和真の仲間と呼ぶことのできる四人は、囚人(チーター)であるということから、車内から窓越しに、という制限を設けられてはいるものの、特別に和真のことを見送ることが許されたようだった。
もっとも、四人がチータープリズンの住人でなくなる日も近かった。
和真よりは遅れるものの、四人とも恩赦(おんしゃ)によって釈放(しゃくほう)されることが決まっており、監獄の中でも好待遇をされている。
和真のようにプリズンシティに部屋を移されていないのは、四人が和真と異なり、本当のチーターたちで、チータープリズンの建前上の存在意義を考慮すると、安易にチータープリズンから出すことができないという判断をされたからだった。
千代は、釈放(しゃくほう)された後は、和真と同じように日本へ帰ることになっている。
和真とは住んでいる地域がさほど離れていなかったことで、和真と千代は連絡先を交換し、たまにおしゃべりをしようねと約束している。
ピエトロは、故郷のイタリアに戻ると言っていた。
彼の夢は世界一のピザ職人になることで、世界一のピザ職人になるということは、イタリア一のピザ職人になることで、だからイタリアに帰る、ということだった。
ピエトロは自身のチートスキルを封印し、一から修業を再開するつもりであるらしい。
長野とシュタルクは、二人とも、今後はチータープリズンの戦力の一翼として活動することになっている。
それぞれの故郷に戻るという選択肢も用意されてはいたが、二人のチートスキルはどちらも強力なものであり、これからも増え続けるであろうチーターたちに対抗していくためには、二人のような元囚人(チーター)に協力してもらうことも必要だということで、そのように決まったらしかった。
ちなみに、シュタルクはプルートとの決着を未だにつけてはいない。
すでに一度戦ったのだが、お互いのチートスキルのぶつかり合いでプリズンアイランドが焦土となりかねないという事態となり、カルケルが命じて[引き分け]とされている。
車内からの窓越しで、和真は四人と言葉を交わすことはできなかったが、それでも、最後にその姿を見ることができて嬉しかった。
そこで和真は、その中に、見慣れない人物が一人、まぎれていることに気がついた。
それは、美しい女性だった。
サラサラとした金髪に、宝石を思わせる碧眼(へきがん)に、尖った耳。
エルフだった。
和真は、その女性が誰なのかを知らなかったが、予想することはできた。
おそらくは、ヤァスが自身の障害として、セシールを巧(たく)みにあやつって封印していた、チートスキル「未来視」の本来の持ち主、アヴニールだ。
彼女は和真の視線に気がつくと、窓越しに笑顔を見せ、和真に感謝するために深々と頭を下げた。
一度も会ったこともない相手だったが、和真は、彼女を救い出す手伝いができて嬉しかった。
名残惜しかったが、輸送機の離陸予定の時刻が迫ってきている。
和真は四人に向かって手を振り、何度も振り返りながら、輸送機のスロープをのぼって行った。
影雄もオルソもこの場に姿が無かったが、それは、仕方のないことだった。
二人とも管理部の管理官として、大きなダメージを負ったチータープリズンの運営を再建するために忙しく、和真を見送りに来る時間などないからだ。
一応、和真がチータープリズンからプリズンシティのアパートへ移動する際に、簡単に別れのようなものを済ませてはいるが、おそらくもう二度と会うことはないだろう。
輸送機の中に入った和真は、そこで、機体を操縦するパイロットの一人から座席へと案内され、そこに座ってシートベルトをしめた。
プリズントルーパーの移動用の座席ということで、質素で、リクライニングもついていないような座席だったが、和真はそこに座ることができて嬉しかった。
パイロットは和真に飛行についての説明を行い、問題がないかを確認すると、操縦室へと姿を消した。
そうしてしばらくすると、輸送機は徐々に移動を開始し、滑走路を走り出す。
いよいよ、日本に向かって飛び立つのだ。
滑走路で加速を続ける輸送機の窓から、チータープリズンの姿が見える。
厳重に守られた、重々しく、息苦しい要塞のような姿。
そして、その中には、それぞれに特徴を持った、様々なチートスキルを持った囚人(チーター)たちが収監(しゅうかん)されている。
和真は、その場所に収監(しゅうかん)される以前は、チーターたちのことが羨(うらや)ましくてしかたがなかった。
自分だけが目覚めた、自分だけのチートスキル。
そのチートスキルを使えば、自分は何でもできる。
チートスキルさえあれば、和真は、この世界の[主人公]になることができる。
和真はそう、憧れていた。
だが、和真はここで、チートスキルなどなくとも、自分は主人公になれるのだということを知った。
今でも和真はチートスキルに[羨(うらや)ましい]と思う気持ちはあったが、自分がそれを持たないことで、悲観したり、ひがんだりすることはもう、ない。
和真はこれから、平凡でありふれた、退屈な日常の中へと戻っていく。
だが、その日常の中でも、今の和真は、[主人公]であり続けることができるだろう。
和真はこれから、自分だけの[物語]を見つけるつもりだった。
誰に与えられるのでもない、自分だけのストーリーを。
やがて、輸送機は空高く飛び上がり、日本へ向かって針路をとった。
自分だけ目覚めたチートスキルで無双できるとでも思いましたか? 残念でした! チートスキル禁止法の成立でチーターは全員監獄送りです♪(完結) 熊吉(モノカキグマ) @whbtcats
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