「エピローグ」:1
チータープリズンで進行していた陰謀は、阻止された。
陰謀の首謀者であるヤァスは和真によって打ち倒され、拘束されて、今は首輪をつけられ、カルケルが[特別に]用意した牢獄(ろうごく)に閉じ込められ、そこで[特別扱い]されている。
ヤァスは、狡猾(こうかつ)な人間だった。
彼は自身の持つチートスキル、[強化コピー]を、チーターたちに対する[切り札]であるとチータープリズンの管理部の管理官たちに売り込み、取り入り、そして、暗躍を始めた。
当時、チータープリズンはその本来の設立目的である、[チートスキルを人工的に目覚めさせる]研究で成果をあげられずにおり、収監(しゅうかん)されている囚人(チーター)たちは度々そのチートスキルで暴動を起こし、監獄の運営は不安定なものだった。
しかし、ヤァスの[強化コピー]のチートスキルがあれば、どんな事態にも対処できる。
たとえ強力なチートスキルを持ったチーターが暴動を起こしたとしても、ヤァスがそれを強化コピーしてしまえば、必ず勝利することができると考えられた。
それは、ヤァス自身がそう主張したものであり、当時の管理官たちはそれを信じ、ヤァスを管理部のオブザーバーとして受け入れたのだ。
しかし、管理官たちは、ヤァスを見誤っていた。
早期出所などの条件を見返りとすればヤァスは従うと管理官たちは考えていたが、ヤァスは最初からチータープリズンのために働くつもりなど無かったのだ。
管理部に取り入ったヤァスは、自身が無双するために暗躍を始めた。
[強化コピー]のチートスキルを使えばどんな相手にも勝てるはずだったが、チートスキルの相性によっては敗北することもあり得る。
[コピーできるのは常にただ一人から]という制限を克服するため、ヤァスは知恵を巡らし、ありとあらゆるものを利用していった。
ヤァスは乙部楓の[絶対催眠]のチートスキルを利用し、自身の邪魔になるかもしれなかったアヴニールを封印し、そして、密かに自身の勢力を拡大していった。
ヤァスを利用するだけのつもりだった管理部そのものがヤァスによって支配され、そして、ヤァスは和真を利用して、自身のチートスキルに存在して制限を乗り越えた。
ヤァスの目論見は、もう少しで達成されるところにまで至った。
この世界でただ一人だけ、ヤァスだけが、自身が目覚めたチートスキルで無双する。
その、彼の望みは、実際に叶っていた。
しかし、ヤァスは、自身が利用するだけ利用して捨てるつもりだった和真によって打ち倒された。
それは、ヤァスが、チートスキルさえ存在すれば、それだけで自分が主人公に慣れると思い込んでいたためだった。
実際には、それは違っていた。
チートスキルは特別な力ではあるものの、それを保有することと、物語の主人公となることはイコールではなかったのだ。
それを教えられた和真は、実際の戦いでそれを証明してみせた。
チータープリズンの[チーターを更生する]という目的の裏で進められていた実験の成果によって疑似的にチートスキルに目覚めはしたものの、その装置を失ったことで、和真は元の、何の能力も持たない一般人と、ほとんど同じ状態に戻ってしまった。
ほんのわずかに、微弱な形でチートスキルは和真の身体に残ってはいるが、それはもはや、何かに役立つようなものではなかった。
和真には結局、何のチートスキルもなかったのだ。
だが、和真はもう、チートスキルを必要とはしていなかった。
この世界の、自分だけの物語の主人公になる方法。
それを、和真はもう、知っている。
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和真には、ヤァスが起こした騒動を終息させることに大きな功績があったことで、チータープリズンが設立されて以来、最初の恩赦(おんしゃ)が与えられることになっていた。
そもそも、和真には何のチートスキルもなく、このチータープリズンに収監(しゅうかん)されてしまったのは、ヤァスがアヴニールからコピーした[未来視]のチートスキルで、自身の利用しやすい対象として和真を見出し、自身のあやつり人形と化していた管理部を動かして、本来のルールから外れて行われたことだった。
当然、和真に言い渡された、懲役九百九十九年という刑期は、ナシになった。
ヤァスが和真に伝えていた[惨劇]についても、それは、和真をうまく従わせるためのウソであったと分かった。
和真には、恩赦(おんしゃ)が与えられただけではなく、相応の補償金が支払われることも決まっている。
管理部を代表し、戦いを生き残っていた影雄から、真摯(しんし)な謝罪も受けている。
そうして、ヤァスが起こした事件から、およそ一週間後。
和真は、とうとう、チータープリズンから出所することになった。
「和真さん。出所の時間です」
和真がチータープリズンを後にするその日の朝、約束の時間に、和真の部屋をアピスが訪れた。
当然、そこはチータープリズンの殺風景な牢獄(ろうごく)ではない。
プリズンシティに建てられたアパートをチータープリズンが借り上げているもので、広くはないが、必要な家具はすべてそろっている、一人暮らしをするには快適な部屋だった。
和真はその部屋での暮らしに少し愛着が湧きつつあったのだが、その気持ちを振り払い、昨晩の内にまとめておいた荷物を持って、アピスに続いてアパートを後にした。
荷物、と言っても、チータープリズンには着の身着のままで拉致(らち)されてきたのだから、ほとんど何もない。
今回の事件を解決した謝礼と、誤って収監(しゅうかん)してしまったことに対する補償金が振り込まれた日本の有名な銀行で使えるキャッシュカードに、記念に、と、事件のあとで仲間たちと一緒に撮影した写真や、その際にもらったお土産などがいくつか入っている。
アパートを出ると、そこには、一台の装甲車が待っていた。
囚人(チーター)の護送に使われるもので、和真も乗せられたことがあり、正直あまりいい記憶が無いのだが、ヤァスが起こした事件の影響でチータープリズンにはまともに動かせる車両が少なく、リムジンでの送迎を期待してもムダなことだった。
アピスと和真を乗せた装甲車は、静かに、安全運転で走り出していった。
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