「俺が主人公だ」:2

 しばらくして、ヤァスは激しく咳きこみながら、よろよろと起き上がった。


「このっ、無能力者のクセにィっ! 」


 そして、和真に向かってそう叫び声をあげ、手の平を向けてチートスキルを次々と放つ。


 それは、手から無限に水流を放つチートスキルであったり、生み出した突風で真空波を生み出して切りつけるチートスキルであったり、シュタルクの熱をあやつるチートスキルであったりした。


 だが、和真はそれらの攻撃を、次々と回避した。

 水流を放つチートスキルは途中で方向を変えられない直線的な攻撃しかできないから、ヤァスの手の動きから攻撃する方向を予測でき、容易によけることができる。

 突風で生み出された真空波による攻撃は、攻撃前に[溜め]のわずかな時間があり、その時のヤァスの視線や腕の振り方で、タイミングを合わせれば当たることはない。

 シュタルクの熱をあやつるチートスキルも同様で、ヤァスは感覚的に、腕を振り向けた先にしか攻撃できないようだった。


「クソっ! クソっ! なんで! なんで、当たらないんだっ! 」


 ヤァスは焦燥と怒りに満ちた表情を浮かべながら、攻撃を回避し続ける和真に向かっていらだたしげに叫んだ。

 しかし、そうやって放たれた攻撃も、和真は回避してしまう。


 カルケルが和真に譲(ゆず)ってくれた装甲服が和真の身体能力を高め、和真の思い描いた動きを完全ではないにしろ実現してくれているという理由もあったが、一番大きな理由は、ヤァスの攻撃が[単調]なものであるということだった。


 まるで、怒りに我を忘れた、小さな[子供]のような攻撃のしかただった。


 その攻撃のしかたに、和真は何となくだが既視感を覚えた。

 FPSなどのテレビゲームで、違法なプログラミング技術を用いて様々な[チート]を使用する[チーター]たちの動きに似ているのだ。


(なるほど、アイツは、[チーター]なんだ)


 和真はヤァスの攻撃を回避し、接近する機会をうかがいながら、内心でそう納得していた。


([チート]で勝てるから、[チート]でしか勝てないから、他には何も考えられない。そういう奴なんだ)


 ヤァスの攻撃は、バカの一つ覚えだった。

 自身が使用できるチートスキルを次々と試してはいるが、その狙いのつけ方も使い方も雑で、とにかく、場当たり的に和真を攻撃しているのに過ぎなかった。


 そういう攻撃は、よけやすい。

 そして、和真に攻撃を回避されるたびに、ヤァスの怒りは膨れ上がり、彼は冷静さを失い、単調な攻撃以外のことができなくなっていく。


(これが、アイツの限界なんだ! )


 和真は内心でそんなことを思いながら、ヤァスへと肉薄すると、彼の顔面を殴りつけた。


 ヤァスはその攻撃を、影雄のナイフによる斬撃を防いだのと同じチートスキルを使って防ぐ。

 和真の拳(こぶし)はヤァスにダメージを与えることはできなかったものの、その銀縁の眼鏡のレンズを砕くことには成功した。


「お前っ! よくも、ボクの眼鏡をっ! 」


 激高したヤァスは、その身体を膨れ上がらせ、再び[戦車パンチ]のチートスキルを使おうとする。


(させるかよ! )


 和真はヤァスの攻撃を見極めると、前と同じようにその威力が集中している拳(こぶし)の先端を回避し、ヤァスの腕の肘の辺りをつかんで、彼を再び大きく投げ飛ばした。


「なっ、なんでだァっ!? 」


 ヤァスは戸惑いと悲鳴の入り混じった声をあげながら空中を舞い、自身が作り出した瓦礫(がれき)の中へと突っ込んだ。


 どうして、和真に攻撃を見切られているのか、少しも理解できていないようだった。


 自分には、チートスキルがある。

 その自信と、優越感が、ヤァスの思考を支配し、彼に考えることをやめさせているのだ。


 対する和真は、違った。


 和真には、何のチートスキルもなかった。

 和真はそのことに一度は絶望したが、今は、そんなものがなくても、自分自身の力で[主人公]になる方法を知っている。


(今がチャンスだ! )


 和真は、眼鏡を失ったことで視界をほとんど失い、涙目になりながら周囲を手探りして立ちあがったヤァスに向かって飛びかかった。


 ヤァスは、和真の接近に反撃することができなかった。

 視力を奪われたヤァスは和真の姿を正確に捉えることができず、とっさに放ったチートスキルはあさっての方向へと向かって行った。


 和真は、ヤァスのことを押し倒した。

 そして、その身体の上に覆いかぶさり、自身の拳(こぶし)を振り上げる。


「やっ、ヤメロッ! 」


 ヤァスはピントの合わない視界の中でも和真が自身にのしかかって拳(こぶし)を振り上げているのを理解し、その顔を恐怖にゆがめながら叫んだ。


 だが、もちろん、和真は自身の拳(こぶし)を振り下ろすことを躊躇(ためら)わなかった。


 和真の、鋼鉄を身にまとった拳(こぶし)が何度も、何度も、ヤァスの顔面へと振り下ろされる。

 ヤァスはチートスキルを発動し、自身の頭部を硬化させて身を守りながら、必死に和真に抵抗したが、和真もヤァスを絶対に逃がさないという気持ちで、ひたすら殴り続けた。


「お前の! 間違いは! 」


 和真は、殴った。

 叫びながら、殴った。

 殴って。

 殴って。


 そして、和真は叫んだ。


「チートスキルがあるだけで、主人公になれるって勘違いしたことだ! 」


 やがて、ヤァスは和真に抵抗しなくなった。

 激しく暴れていたヤァスの身体が力を失い、ぐったりとして、ヤァスは和真に押さえつけられたまま、横たわる。


 それに気づいた和真がヤァスを殴るのをようやくやめると、ヤァスは、白目をむき、泡を口から噴き出しながら、ビクンビクンと、全身を痙攣(けいれん)させていた。


 ヤァスは、チートスキルを使って和真の攻撃を防ぎ続けていた。

 だが、身体を硬化することで表面的なダメージは阻止することができても、その衝撃までは打ち消すことができず、脳震盪(のうしんとう)を起こしたようだった。


 和真は、そんなヤァスの滑稽(こっけい)な姿を見おろしながら、長い間、肩で息をしていた。


 それから、自身の両手の手の平を見おろし、そして、その手をきつく握りしめ、天に向かって振り上げる。


「ぅおおおおおおおおおっ! 」


 和真の雄叫びが、この世界に響き渡った。


※熊吉より

 本作は、本話で終話となります。

 次回、「エピローグ」:1、2を投稿し、完結させていただきます。


 ここまで読んでくださった読者様、本当に、ありがとうございます。


 本作は熊吉なりに考えながら書いてきた作品ではありますが、迷走してしまった感もあり、熊吉にとって反省点の多い作品となってしまいました。


 次回作は未だ未定ではありますが、もしよろしければ、今後も熊吉をよろしくお願いいたします。

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