「俺が主人公だ」:1
ヤァスが、自身が生み出した小さな[太陽]を和真たちに解き放った瞬間、和真はとっさに、自身の身体を両手でかばうことしかできなかった。
そして、恐怖で思わず両目を閉じた瞬間、和真は何かのちからで引きよせられ、床の上に倒れこんでいた。
それが、長野が和真を守るために自身のチートスキルを使って重力の向きと大きさを変え、和真を伏せさせたのだと気づいたのは、ヤァスの放った高熱が周囲を焼いた後だった。
和真は、奇跡的に無事だった。
長野がチートスキルを使って助けてくれなければ、おそらく、和真はあのまま焼かれていただろう。
しかし、和真が床に引き倒され、その上に長野がオペレーターたちの使っていたデスクを覆(おお)いかぶせてくれたおかげと、特別製の装甲服のおかげで、和真は助かったのだ。
「アハッ! アハハハハハっ! 」
和真は、焼け焦げた瓦礫(がれき)の下に埋もれたまま、ヤァスが笑う声を聞いた。
「すごい! ボクは、最高だ! ボクが一番なんだ! ボクがこの世界の主役、主人公、支配者なんだ! ……ボクだけが、自分だけが目覚めたチートスキルで、無双することができるんだ! 」
和真は、瓦礫(がれき)の下で、このまま息を潜めていようかとも思った。
そうすれば、和真は生き延びることができるかもしれないからだ。
「ここまで、苦労したカイがありましたよ! 何のチートスキルも持たないような管理部の連中に取り入って! ボクの動きを悟られないように散々、気を使って! でも、これで、これで報われた! ……そう! この世界でただ一人、ボクだけが、このチートスキルで無双することができるんだ! 」
だが、和真は、そのヤァスの言葉を聞いて、このまま隠れているという選択肢を捨てた。
和真は装甲服のパワーを使って、焼け焦げ、溶けかかったようになっている瓦礫(がれき)をどかし、その場に立ちあがった。
「そんな、ことかよ……っ! 」
そして、和真はヤァスに向かって叫ぶ。
「散々、人をもてあそんでおいて! どんなスゲェことを企んでいるのかと思ったら! そんなことかよっ!? お前が、チートスキルで無双したかっただけなのかよっ!? 」
「……。おや、その声は。和真くん、まだ生きていたのですか? 」
ヤァスは、叫んだ和真に向かって、冷ややかな、見下したような視線を向けた。
「まさか、何のチートスキルも持たない、クズが最後まで残るとは思いませんでしたよ。……まぁ、それもいいでしょう。キミを始末するなんて、大した手間でもありませんからね」
ヤァスのその言葉で、和真は、とうとう自分ただ一人になってしまったのだと理解した。
周囲を見渡してみてると、シュタルクは和真と同じように長野にかばわれたのだがその衝撃(しょうげき)で気を失っており、長野は、焼け焦げた装甲服を身にまとった状態で、仁王立(におうだ)ちしていた。
長野は、まだ生きてはいるようだった。
しかし、その装甲服は完全に焼け、機能を果たさなくなっており、長野自身ももはや身動きの取れるような状態ではなくなっているようだった。
長野は、自身の身をていして、和真とシュタルクのことをかばってくれたのだ。
長野が、シュタルクだけでなく、和真まで助けてくれた理由は、和真には分からない。
ただ一つ、はっきりしているのは、ヤァスと戦い抜いた長野たちの想いを果たすことができるのは、今、和真ただ一人であるということだった。
「まったく。和真くん、キミには本当に、あきれるばかりですよ。哀れみさえおぼえます」
チートスキルも持たず、ただ一人となった和真を、ヤァスは嘲笑(ちょうしょう)する。
「ボクに騙(だま)され、利用された、無能力者! そんな装甲服を身に着けたくらいで、このボクに、最強のチーターであるこのボクに、一パーセントでも勝ち目があると思ったんですか! アハハハハッ! 何て、何て滑稽(こっけい)なんだ! チートスキルも何もないキミが、主人公になれるとでも思っているんですか!? 」
「チートスキルがないから、何だって言うんだっ!? 」
和真は吠えると、嗤(わら)うヤァスに向かって突進した。
「主人公は、この俺だ! お前じゃねェっ!! 」
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ヤァスは、突っ込んでくる和真に向かってチートスキルをすぐには使わなかった。
それは、和真に対するおごり、チートスキルを使えないものに対する優越感による、ヤァスの油断だった。
ヤァスは、最後の一人となった和真に、(せっかくだから、少し遊んでやろう)とでも考えたのかもしれなかった。
そして、そのヤァスの油断は、和真にとってのチャンスだった。
何の武器も持たない今の和真にとっては、ヤァスに接近して、自身の拳(こぶし)で攻める以外に戦う方法がないからだ。
和真は、これまで何の訓練も受けたことのない一般人だった。
いくらゲームが上手でも、結局、自身の[やりたいこと]に、身体の反応がついて来られるように訓練していなければ、それを実現することはできない。
だが、格闘戦という部分については、ヤァスもほとんど素人であるようだった。
和真は雄叫びをあげながらがむしゃらに殴りかかり、ヤァスに拳(こぶし)を振り下ろし、脚で蹴り、頭で頭突きをしようとした。
そのどれもが、和真の鍛錬不足のために空を切ったが、しかし、[惜しい]ものだった。
そして、和真の振るった拳がヤァスの顔面をかすめると、ヤァスの表情が憎悪に歪(ゆが)む。
「このっ、クソザコ無能力者がァッ! 」
ヤァスはそう叫ぶと、[戦車パンチ]のチートスキルを発動させ、和真に致命の一撃を加えるために、自身の筋力を膨(ふく)れ上がらせる。
和真は、その光景を冷静な目で見ていた。
今の和真の頭の中は、ただ一つの感情、[ヤァスに一発ぶちかます]というただ一つの意識だけで占められており、一切の雑念がない。
そして、集中しきった和真の思考は、ヤァスのその攻撃の[クセ]を見抜いていた。
戦車パンチは強力なチートスキルで、その拳(こぶし)を受けてしまえば、装甲服など簡単に破壊され、それを身に着けていた者もただでは済まないだろう。
だが、その攻撃は、[直線]でしか飛んでこない。
そもそもパンチというものはそういうもので、そして、そのチートスキルで発揮される威力は、その拳(こぶし)の[先端]に集約されているのだ。
和真がそう気づくことができたのは、和真自身が一度はそのチートスキルを使用したことがあるからだった。
そして、そう気づいた和真は、ヤァスが振り上げた、直線的な挙動しかしない拳(こぶし)の動きを見切って、それを回避すると、その威力が集まる拳(こぶし)の部分を避け、ヤァスの腕の肘の辺りをつかんでいた。
あとは、ヤァス自身が拳を振るった勢いを利用し、投げ飛ばすだけだった。
装甲服の力も使って投げ飛ばされたヤァスは、何が起こったのか理解できない、そんな表情で空中へと浮き上がり、そのまま数メートルは飛んで、床の上にドスンと落ちた。
その痛みでヤァスは身体をよじらせ、苦悶に満ちた顔で悲鳴をあげる。
「立てよ、ヤァス! 」
そんなヤァスに向かって、和真は中指を立てて見せた。
「チートスキルなんかなくても、お前なんかぶっ飛ばしでやるッ! 」
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