「黒幕」:2
影雄は、チータープリズンの管理部の管理官として働いていた人物だったが、ヤァスとの戦いに当たって作戦の立案を担当し、短時間の間に最大限の効果を発揮できる作戦を計画した。
彼が、管理官になる前はどこで何をしていたのかは和真にはまったく分からないことだったし、これから先も知ることはないはずだったが、少なくとも影雄は素人ではないはずで、優秀と言える人物だった。
だが、影雄は一つだけ、そして、致命的なミスを犯していた。
それは、ヤァスがいる基地指令室に突入したその瞬間に、ヤァスを射殺しなかったことだった。
ヤァスが、いくつものチートスキルを使いこなすインチキな存在であろうとも、意表を突くことができれば、倒せる可能性はあっただろう。
だが、影雄は事態の真相を暴く必要からまずはヤァスを説得することを選び、そして、勝利するチャンスを失った。
ヤァスが和真たちに両手を向けた時、影雄と、彼に従って突入してきたプリズントルーパーたちは、即座に引き金を引こうとする。
だが、それは、あまりにも遅すぎた行動だった。
ヤァスは、和真たちに両手を向けた瞬間、すでにチートスキルを使用していた。
それは、シュタルクの[熱を自在にあやつる]チートスキルで、ヤァスは影雄たちの持っていた銃に高熱を与え、それを溶かしてしまったのだ。
影雄もプリズントルーパーたちも手に高熱を感じて慌てて銃だったモノを手放し、床に落ちた銃だったモノは、周囲を焼け焦がしながら、化学物質的な何かが燃える不快な臭いを辺りにまき散らした。
あっさりと武器を失ってしまったことで呆然とする影雄とプリズントルーパーたちに、ヤァスは嘲(あざけ)るような高笑いをあげる。
「アッハッハッハッ! 滑稽(こっけい)ですね! まさか、ボクに勝てるとでも、本気で思っていたのですかっ!? 」
それからヤァスは、愉悦(ゆえつ)に歪(ゆが)んだ笑みを和真たちへと向けた。
「ボクに逆らったこと、後悔させてあげましょう。……一人一人、じっくり、たっぷり、ゆっくりと、殺してあげますよ」
「まだだ! まだ、終わっていない! 」
当然、影雄たちは抵抗を諦(あきら)めたりはしなかった。
影雄は叫ぶと、装甲服の腰の後ろに装備していた大ぶりのナイフを引き抜いて逆手でかまえ、ヤァスに向かって雄叫びをあげながら突っ込んでいく。
影雄が鋭く切り込んだナイフの切っ先は、正確にヤァスの喉笛(のどぶえ)をかききるはずだった。
だが、ヤァスの皮膚(ひふ)には傷の一つもつかず、反対に、ナイフの方が折れてしまった。
「ムダなんですよ、小社管理官」
愕然(がくぜん)として動きを止めた影雄に、ヤァスは意地悪な笑みを浮かべている。
和真は、そのチートスキルに見覚えがあった。
囚人(チーター)たちに追われていた時に必死になってコピーしたチートスキルの一つで、和真は今まですっかりその存在を忘れてしまっていたが、自身の身体の一部をどんな物質よりも固く頑強なものに変えられるというチートスキルだ。
それは、和真にも、誰からコピーしたのかも分からないようなチートスキルだった。
あまりにも必死になって次から次へとチートスキルをコピーしていたので、覚えていなかったのだ。
和真がヤァスが[どんなチートスキルを使ってくるか分からない]という事実にたじろいでいると、ヤァスの身体が突然、膨れ上がった。
そして、ヤァスの振りかぶった拳(こぶし)が、ショックのあまり身動きすることをやめていた影雄に炸裂(さくれつ)する。
それは、[戦車パンチ]のチートスキルだった。
その圧倒的な破壊力によって影雄の装甲服は破壊され、影雄はそのまま、基地司令部の壁に激突し、気絶する。
和真たちは影雄が倒されたことで一瞬、動揺したが、すぐにヤァスに向かってかまえを取り直した。
元々、和真たちは勝算が薄いことを承知したうえで、ここに来ている。
今さら、悲観的になるような者は誰もいなかった。
「さぁ、みなさん。……ボクのチートスキル、たっぷりと味わってくださいね? 」
そんな和真たちに向かって、ヤァスは悠然とした笑みを浮かべていた。
────────────────────────────────────────
だが、戦いはやはり、一方的なものとなって行った。
和真たちは全員装甲服を身につけているのに対し、ヤァスは何の防具も身につけてはいなかったが、彼のあやつるチートスキルは圧倒的だった。
ヤァスは、和真を利用し、強大な力を得ることに成功していた。
彼のチートスキル、[強化コピー]には本来、[コピーできるチートスキルは常に一人からだけ]という制約があったのだが、ヤァスはそれを無視する手段を見つけ出し、そして今、いくつものチートスキルをあやつる力を手にしている。
そしてそれは、オリジナルのチートスキルよりもさらに強化されているものなのだ。
プリズントルーパーたちは一人、また一人と倒されていき、最後まで残されたのは、和真とシュタルク、長野の三人だけだった。
「くっ、くそっ……! 身体、が……っ! 」
ヤァスによって一週間、拷問(ごうもん)されてすでに衰弱していた長野が、悔しそうにうめきながら膝をついた。
友人であるシュタルクの背後を守るためにここまで志願してついてきた長野だったが、いよいよ、体力が限界に近づいているらしかった。
シュタルクも、立ってはいたが、肩で息をしている。
シュタルクは囚人(チーター)たちの中でも最強クラスの存在で、ヤァスとまともに戦える数少ない戦力だったが、ヤァスにコピーされてしまったチートスキルにはシュタルクのものも含まれており、その威力を前に苦戦を強いられていた。
和真もまだ立ってはいたが、それは、カルケルが譲(ゆず)ってくれた、特別製のカスタマイズされた装甲服のおかげだった。
何のチートスキルも本来は持っていなかった、ただの一般人に過ぎない、当然何の訓練も受けてはいない和真には戦い方などロクに分からなかったが、特別製の装甲服の高性能のおかげでどうにかここまで大きなダメージは負わずに済んでいる。
「なかなか、しぶといじゃないですか。ええ? いい加減、諦(あきら)めたらどうです? 」
そう言いながらニヤニヤと笑っているヤァスは、傷一つ負っていなかった。
彼の持ついくつものチートスキルが、彼に圧倒的な力を与えているからだ。
「誰が……、諦(あきら)める、ものかよっ! 」
大きな実力差を見せつけられながらも、長野はそう言いながら再び立ち上がり、和真もシュタルクもかまえをととった。
(倒れるもんかっ! )
和真は歯を食いしばりながら、ヤァスの姿をまっすぐに見すえていた。
(あのにやけ面に、一発、ぶちかますまでは! )
そんな和真たちに、ヤァスは肩をすくめてみせる。
「まったく、しかたのない人たちですね。……ボクに敵(かな)うはずがないのに」
そして、ヤァスは自身の頭上に手をかざすと、高熱を凝縮し、そこに、小さな太陽を作り始める。
「いい加減、目障りです。……蒸発、させてあげましょう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます