「黒幕」:1
和真たちは、戦いが始まっても、静かに待ち続けた。
タイミングを誤れば、すべてが台無しになる。
そのプレッシャーと、焦燥感で、押しつぶされそうになりながら、じっと、その時を待ち続ける。
和真たちは、待った。
待って。
待って。
待ち続けて。
「今だ! 」
影雄のその号令と共に、海岸線から一気に突入を開始した。
ワイヤーガンを打ち込み、断崖を素早く上昇すると、和真たちは一斉に、ヤァスがいるはずの司令部に向かって駆けだす。
装甲服の補助動力がそれを装備する者の身体能力を強化し、一歩、二歩、加速すると、和真は自分がこれまでに体験したことのないスピードで走っている。
影雄の指示は、最適なタイミングだった。
和真たちの前方には、敵の姿がまったくない。
警備についていたプリズントルーパーたちも、装甲車も、戦車も、カルケルたちの攻撃を受けているゲートを防衛するために向かって行ったようだった。
和真たちは、基地の中を全速力で走り続けた。
滑走路を横切り、軍用機の格納庫を飛び越え、ヘリポートを駆け抜ける。
その時、戦いが続いているゲートの方が、突然、煌々(こうこう)と明るくなった。
和真が視線を向けると、そこには、一匹の[ドラゴン]がいた。
全身が燃え盛る炎でできた、巨大な竜だ。
そして、その竜は翼をはためかせ、夜空を自在に飛行し、そして、不運にもその進路上にいたプリズントルーパーたちを炎で薙(な)ぎ払って行く。
「あれが、プルートのチートスキルよ」
走りながら、シュタルクが、なぜだか少し得意そうな口調で教えてくれた。
「私のチートスキルとは違うけれど、私も[熱い]方向で使うことが多かったから、それで、張り合いになっていたのよね。……終わった後、どうやってあの人から逃げようかしら」
それは、緊張を紛(まぎ)らすための冗談のようでもあり、本気でそう言っているようにも聞こえた。
基地を駆け抜けた和真たちは、やがて、司令部の建物へと到達した。
影雄たちが素早く見張りのプリズントルーパーたちを排除し、周囲の安全を確保する。
和真たちは、司令部へ突入するため、その突入口を作るために爆薬なども持ち込んでいたのだが、どうやらそれらは必要なさそうだった。
先に、和真や人質にされていたオルソたちを救出するための攻撃が行われた際に司令部の建物はダメージを負っており、あちこちに内部へと自由に出入りできる穴が開いていたからだ。
そして、それらの穴は、何の防備もされていなかった。
見張りはいたか、ゲートが攻撃を受けているためにその増援に向かってしまったのか、あるいは、和真たちが反撃してくるとはヤァスは考えておらず、油断していたのか。
どちらにしろ、和真たちには好都合だった。
「行くぞ! 」
和真たちは、影雄のその言葉で、司令部の建物の中へと突入していった。
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司令部の内部へ突入すると、和真たちは作戦指令室へと向かった。
ヤァスがいる場所は外部との通信が行いやすい場所で、作戦司令部がまさにその場所であるはずだったからだ。
司令部の中で和真たちが受けた抵抗は、微弱なものだった。
警備のために残っていたプリズントルーパーたちが反撃してきたが、ゲートの防衛に出払っているためか人数が少なく、和真たちはそれを難なく突破することができた。
そして、和真たちは作戦指令室の出入り口を守備していたプリズントルーパーたちを制圧し、その内部へと乗り込むと、そこでは、ヤァスが和真たちを待ち受けていた。
そこは、半円形の、巨大な空間だった。
正面にはあらゆる情報を表示する巨大なモニターがいくつも備えつけられており、円形の部分には劇場や映画館のような段になって、幾人もの士官やオペラ―タ―が、正面のモニターを見ながら作業できるようになっているデスクが並んでいる。
そして、その中央に、ヤァスが腰かけている基地司令官用のイスがある。
「ヤァス! ここまでだ、大人しく投降しろ! 」
影雄が拳銃の銃口をヤァスへと向け、鋭い声でそう命じたが、しかし、和真たちの方を振り返ったヤァスは無言のまま、答えない。
ただ、銀縁の眼鏡の奥で、ニヤニヤと、和真たちのことを見下すような笑みを浮かべているだけだった。
「投降しろ、だって? ……降参するのは、ボクではなく、キミたちの方ですよ」
「いいや、投降するのはお前だ、ヤァス! 」
嘲(あざけ)るような声のヤァスに、影雄は一歩前に踏み込む。
「ここにあっさり俺たちを踏み込ませたのが、その何よりの証拠だ! ヤァス、お前は賢く、陰謀を張り巡らせることはできるが、人の使い方を分かっていない! お前は大勢のプリズントルーパーたちをあやつってはいるが、お前は彼らの使い方を全く知らない! お前の作戦指揮は、あまりにも稚拙(ちせつ)だ! 」
ヤァスは、影雄の言葉に双眸を細め、影雄を睨みつける。
影雄の指摘に、思い当たるところがあるようだった。
「お前の指揮能力では、カルケル獄長を止めることはできないだろう! じきに、ゲートの守りを突破したカルケル獄長たちも駆けつける! 今、投降しなければ、痛い目に遭うぞ! 」
だが、ヤァスは突然、声をたてて笑い始めた。
本当に、心底愉快でたまらないといった感じの、人を馬鹿にし、優越感に浸るような、耳障りでカンにさわる笑い方だった。
「あはははっ! プリズントルーパーたちなんて、ボクには必要ありませんよ! アイツらがどれだけ死のうと、ボクには痛くもかゆくもないんですよ! 」
それは、影雄の指摘が事実であったことに対する、負け惜しみではないようだった。
ヤァスは、本心から、自分一人だけがいればいいと思っているのだ。
「だって! ボクは、最強のチートスキルを手に入れた、最強のチーターなんですから! 」
そして、ヤァスはそう叫ぶと、和真たちに獰猛(どうもう)な視線を向けた。
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