「幕開け」
和真たちは、夜の間に全ての準備を整え、慌ただしく攻撃準備を完了させた。
それだけ急いだのは、ヤァスが準備を整えて監獄棟に総攻撃を開始する前に勝負に出たいという思惑があったことと、ヤァスの側が重装備を数多く保有しているためだった。
たとえば、夜が明けて周囲が明るくなってくると、迫撃砲などによる砲撃の着弾観測が効果的に実施できるようになり、兵器庫を抑えているヤァスの側からの砲撃で、和真たちはその火力で手も足も出ずに制圧されてしまう危険があったからだ。
ヤァスがいる場所は、おそらく、プリズントルーパーの基地の司令部の建物であろうと思われた。
和真たちの最終的な攻撃目標はそこであり、影雄たちのたてた作戦は、そこにいかに多くの戦力を到達させるかということに絞られていた。
ヤァスは自身に支配されているプリズントルーパーたちのことなどただの[捨て駒]程度にしか思ってはいなかっただろうが、その駒を使わなければすべてを一人で行わなくてはならなくなるため、彼らをうまく使う必要があった。
そして、プリズントルーパーたちに指示を出すために必要な通信設備が整っている場所は、基地の司令部にしかない。
ヤァスはそこで、おそらくは司令官用の上等なイスにふんぞりかえりながら、最終的な勝利を確信して笑っていることだろう。
そんなヤァスに、思い知らせる。
そのための行動を、和真たちは一斉に開始した。
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≪おう、お前ら! 俺様の部下も、そうじゃない奴も、聞きやがれ! ≫
攻撃開始の直前、それぞれの持ち場についた和真たちに、カルケルの無線越しの呼びかけが届いていた。
カルケルは、ヤァスの目を引きつけるため、プリズントルーパーたちとともに正面から突撃を実施することになっている。
そのために用意された、和真たちに残された数少ない車両である装甲車の上に仁王立ちしたカルケルが、突撃に参加するすべての人々を鼓舞しようとしているのだ。
≪今さらとりつくろうつもりはねェ! 状況は最悪だ! 相手はインチキチーター、しかも重武装の兵隊がゴロゴロ従わされてる! 進んでも守っても、はっきり言って勝ち目は薄い! 仲間を撃つのに戸惑う奴だっているだろう! だがなァ、俺様たちはこうやって集まった! 囚人(チーター)、それを監視する看守や兵隊、その垣根を越えてな! それが何故だか、分かるか!? ≫
カルケルはそこで言葉を区切ると、自身を見上げる人々を見回し、それから、拳を夜空に向かって突き上げる。
≪俺様たちが、この物語の主役だからだ! 奴は、ヤァスは、今頃すべて自分の思い通りに行ったと思って、ニヤニヤ気色悪く笑っているのに違いねェ! だが、俺様たちが奴をぶっ潰す! 奴にあやつられている奴らも、ぶっ飛ばして目を覚まさせる! この物語の主役が奴ではないと、思い知らせてやろうぜ! ≫
その言葉に、カルケルの周囲にいた人々は全員、歓声をあげ、拳を夜空に向かって突き出して応(こた)えた。
そして、その光景を満足そうに眺めたカルケルは、声を張り上げて号令する。
≪それじゃァ、野郎どもッ! パーティをおっぱじめようぜェ! ≫
その雄叫びを、和真は、静かに聞いていた。
心の中で人々と同じように夜空に拳を突きあげながら、実際には、息を潜めている。
それが、作戦だったからだ。
和真は今、シュタルクや長野、影雄や、選りすぐりの囚人(チーター)たちと共に、カルケルが率いる部隊に先行して、ヤァスのいる場所へ密(ひそ)かに向かっている。
正面から突撃を敢行(かんこう)しても、敵の兵力はこちらよりも上であり、しかも、ヤァスの多彩なチートスキルによって、突撃が失敗に終わるということは目に見えていた。
そうであるなら、その突撃自体を囮として、少数精鋭で接近し、ヤァスを背後から一突きにしとめる。
影雄が立てた作戦は、ザックリ言ってそういうものだった。
陽動を利用するというのは、単純な作戦ではある。
だが、こちらも準備する時間が短いし、ヤァスの側も、まともな判断能力を保有しているのが現在ヤァスただ一人であるために、単純な作戦でも有効であろうと思われた。
ヤァスを背後から急襲する隊に加わった和真たちは、まず、チータープリズンの地下を通る排水管からプリズンアイランドの海岸線へと出て、海岸線をそのまま、大回りに移動して、ヤァスがいるはずの基地の司令部の裏側へと向かっていた。
司令部は基地のほぼ中心部にあり、本来、表、裏などは存在しないはずだったが、この場合は、カルケルたちが陽動攻撃をしかける側が表、和真たちが突入する側が裏だ。
勝負は、敵に和真たちの存在を悟られないことと、タイミングが重要だった。
作戦開始前に敵に発見されてしまっては元も子もないし、カルケルたちの陽動が開始されてからあまり早く突入を開始しても、敵が十分に陽動側におびきよせられていなくて作戦は失敗、また、遅すぎても、陽動部隊が壊滅させられてしまう。
和真たちは突入開始のタイミングを待ちながら、じっと、息を潜めている。
それは、息苦しく、胸が痛くなるような、そんな時間だった。
やがて、突撃を開始したカルケルたちと、ヤァスに支配されているプリズントルーパーたちとの間で戦闘が開始され、激しい戦いの音が響いてくる。
カルケルはまず、監獄棟の至近にあり、ヤァスが監獄棟を攻撃する際の拠点となるはずの管理棟を襲撃し、その目の前を突破した後、抑えのために最低限の人員を残し、まっしぐらにプリズントルーパーの基地へと向かって行った。
その攻撃にはカルケル自身が先頭に立ち、装甲車の銃座について、直径二十五ミリの砲弾を発射するチェーンガンを乱射しながら、基地のゲートへと突っ込んでいく。
その気迫に、ヤァスに支配されたプリズントルーパーたちの反撃は、カルケルの乗った装甲車へと集中した。
それでもカルケルは前進を続け、チェーンガンが弾切れになると車内に戻り、先に他の乗員を脱出させると、自らが操縦して基地のゲートへと突っ込んでいった。
だが、基地のゲートは要塞化(ようさいか)されていた。
そこを守っていたプリズントルーパーたちはこういった反撃に備えバリケードを築き、ゲートを強化していたのだ。
突入した装甲車はゲートを突き破ることができず、その場に停止する。
しかし、それは、カルケルたちにとっても計算済みのことだった。
先に装甲車から脱出した部下たちの援護射撃を受けながら装甲車の後部から離脱したカルケルは、遮蔽物(しゃへいぶつ)に隠れ、自身の帽子の中に隠し持っていたスイッチを取り出し、装甲車に満載されていた爆薬を起爆した。
紅蓮の炎が装甲車を木っ端みじんに引き裂き、轟音が辺りにとどろく。
バリケードで補強されていた基地のゲートは破壊され、守備についていたプリズントルーパーたちも爆風で吹き飛ばされる。
突入口が開かれた。
そして、その突入口へ、カルケルに続いた人々が殺到し、ゲートを超えて基地の内部へと侵入を開始する。
基地中に警報が鳴り響き、ヤァスに支配されているプリズントルーパーたちが一斉に動き出す。
彼らは破られたゲートへと向かい、激しく応戦を開始した。
こうして、最後の戦いの幕が開いた。
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