「いい物をやろう」

 和真には、鷹峰が協力要請に同意した理由は分かったが、他の二人が協力要請にあっさりと同意した理由が、さっぱり分からなかった。


 ただ、ラクーンはやけに落ち着かないような様子だったし、プルートとシュタルクは、親しいような、お互いの間に何か譲(ゆず)れない一線があるような、そんな印象だ。


「ん? ああ、シュタルクと、プルートね。……二人は、二人の出身の異世界にいたころからの、ライバルだったらしいね」


 シュタルクとプルートのことを、シュタルクと同じように装甲服の調整のために歩いていた長野にたずねてみると、彼は事情を知っているようだった。


「僕も、こっちに来てからの話しかよく知らないけど、何となく聞いている話だと、二人とも同じ民族の出身なんだけど、お互いの立場とか生き方がまるで違ったらしくてね。おまけに、二人とも強力なチートスキルを持っていたから、それで、お互いに対抗心を持っていたっていうことらしい。……噂だと、血のつながった兄妹なんじゃないか、とか、許嫁(いいなずけ)だ、なんてものもあるけど、そのあたりは本人に聞いてみないと僕も知らない」


 つまり、プルートはこの事件の後、シュタルクとの長年に渡る確執(かくしつ)に決着をつけるために協力を決めたということらしかった。

 かなり個人的な理由で、クランの囚人(チーター)たちを巻き込むことになるのだが、プルートは元々嫌々クランのリーダーにされていただけだったし、そんなことは眼中にないのだろう。


 ラクーンがあっさりと協力要請に応じてくれた理由については、カルケルが知っていた。


「ああ? 別に、そんな大したことじゃねェさ。ただ、俺様が奴の秘密を知っていて、奴はその秘密をばらされたくねェってだけさ」


 カルケルはそう言うと、ニヤリと笑って見せる。


「お前たち囚人(チーター)の間には、[自分のチートスキルを知られてはならない]っていう暗黙のルールがあんだろ? ラクーンは、是が非でも自分のチートスキルを他人に知られたくないのさ。知られちまえば、今みてェに、大勢から尊重され、ちやほやされる生活は保てなくなっちまうからな」


 つまり、ラクーンのチートスキルは、その正体を知られてしまえば彼の地位を危うくするようなものであるということだった。

 和真はどういうことなのか意味が分からなかったが、カルケルは、「ヒント。奴はただのタヌキだ」と言うだけで、それ以上は教えてはくれなかった。


「それより、和真。……お前に、いい物をやろう」


 その代わり、カルケルは、和真に向かって不敵な笑みを向けた。


────────────────────────────────────────


 和真がカルケルに連れて行かれたのは、監獄棟の内部に作られた武器庫だった。

 プリズントルーパーたちの装備は基本的に基地に保管されているのだが、監獄で囚人(チーター)たちが暴動を起こした時などに備え、現場にいるプリズンガードたちが即座に重武装を行うことができるように用意されていたものだった。


 そこには、自動小銃やサブマシンガン、拳銃、プリズントルーパーたちが身に着けるのと同等の機能を持つ装甲服、手榴弾、グレネードランチャー、ショットガンなどが数多く保管されていた。

 その多くは、実際に起こった囚人(チーター)たちの暴動に対処するためと、ヤァスとの戦いに挑むために大半が持ち去られてしまっていたが、ガランとなった空間の中で、一つだけ、目立つものが残されていた。


 それは、特別製の装甲服だった。

 全体を漆黒に塗装されたその装甲服は、プリズントルーパーたちの装甲服を元に、様々なカスタマイズを加えられた特注品であるようだった。


「和真。コイツを、お前にやろう」


 その装甲服の前まで和真を連れてきたカルケルは、身体の前で両腕を組み、和真にそう言った。


「コイツは、俺様専用に特注させた、特別製の装甲服だ。プリズントルーパーの使っているものに比べて、パワー、スピード、ディフェンス、センサー、あらゆる部分が強化されている。コイツを使えば、ヒーローみたいに戦えるぞ」

「で、でも、いいんですか? 」


 和真は、その装甲服を、正直に言うと(カッコいい……)と、そう思っていた。

 日本に住んでいたころ、数々のアニメや特撮を見てきたが、その装甲服はそれらの中に登場するようなもののようで、興味をそそられる。


 だが、カルケルのものであるはずなのに、和真にそれを本当に譲(ゆず)り渡してしまってもいいのだろうか?


「ああ、かまわねェさ」


 そんな和真に、カルケルは不敵に微笑んで見せる。


「特注したはいいものの、結局、俺様はこれまで一度もこいつを使わなかったからな。それに、俺様はこの通り、怪我人だ。俺様が使うより、お前に使わせた方が役に立つ。……それに、お前はこれから、あのインチキチーター野郎に殴り込みに行くんだ。チートスキルも何もない、ただの少年でしかないお前がな」


 そのカルケルの言葉に、和真は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 自分の気持ちに従って戦うことを決めたが、ヤァスの前に和真が立てるシチュエーションが、まったく思い浮かばなかった。

 だが、このカスタマイズされた装甲服があれば、和真は、ヤァスの目の前に立てるかもしれない。


「まぁ、相手はインチキチーターだ。これくらいのハンデがなけりゃ、お話にならねェだろうさ。……けどよ、忘れるな」


 肩をすくめた後、カルケルは握り拳(こぶし)を作り、和真の胸を軽く、トン、と叩いて見せる。


「コイツはただの便利な道具だ。その道具を使うのは、和真、お前だ。……ヤァスの前に立つのも、あのヤロウのにやけ顔に一発ぶちかますのも、全部お前の意志でやることだ」

「はい! 」


 和真は、カルケルの方を見上げ、それから、前を向いてうなずいていた。

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