第35話 「特に琴葉は有起哉先輩一途ですし」

「ふう……」

 夕方、家に帰るなり、僕は自分の部屋にあるベッドに寝転がった。

 琴葉とは駅前カフェを出てからも、近くまで一緒に帰ったのだが。

「可能であれば、先輩は今すぐにでもお姉ちゃんのことを諦めて、わたしと付き合ってほしいです」

 別れ際、琴葉はひとり言のようにつぶやいていた。

「とはいっても、僕としては、琴海のことを諦めきれないし……。お互いにしぶといってことかな……」

 僕は声をこぼしつつ、眠ろうかと瞼を閉じようとした。

 と、枕元に置いていたスマホが震え、僕は手に取る。

 見れば、若宮さんからのSNS電話だった。

「若宮さん?」

「今、家ですか?」

「まあ、うん」

「ということは、琴葉との話は終わったんですね」

「そうだけど」

 僕は起き上がって返事をしつつ、若宮さんが何か聞きたそうな雰囲気を察する。というより、事前にそうだろうとは思っていたのだけれど。

「それで、大野先輩」

「うん」

「琴葉は相変わらず、大野先輩のことを諦めていない感じですか?」

「そうだね」

「ですか」

 スマホから、若宮さんのため息が聞こえてくる。

「やっぱり、無理なんですかね」

「若宮さんが琴葉と付き合うことを?」

「もう、沙耶でいいですよ。大野先輩」

 若宮さんこと、沙耶がにこやかそうに言葉を漏らしてきた。

「堅苦しいから?」

「ええ。なので、わたしも大野先輩でなくて、有起哉先輩と呼んでもいいですか?」

「そこは先輩付けなんだ」

「なら、有起哉って呼び捨てにしますか?」

「いや、それは何となく、まあ、それでもいいかなって思うけど、どうなんだろう」

「悩むなら、有起哉先輩でいきますね」

「とりあえず、それでいいかな」

 僕は適当にうなずく。

 沙耶からは事前に、琴葉とわずかでも可能性がないか、確かめてほしいと頼まれていた。

「で、有起哉先輩はどうなんですか?」

「こっちもわからないかな。その、琴海が僕のことをどう想っているのか」

「厄介ですね」

「でも、まあ、琴海の気持ちがはっきりすれば、必然的に沙耶もどうなるか、わかるってことだし」

「そうですけど、できれば、有起哉先輩の恋が上手くいって、琴葉が私の方に気持ちが向いてくれたら、嬉しいと思いますけど」

「だけど、琴葉は男の僕が好きだから、その、同じ女の子の沙耶に恋愛感情を抱くことって」

「可能性としてはゼロではないと思います」

「それって、その、根拠とかって?」

「そうですね、もしかしたら、琴葉は本当は、同性が好きなことに気づいていない可能性があるかもしれないんです」

「いや、それはないかなって思うんだけど。だって、今だって僕に付き合うように迫ってくるし」

「それはわかりません。単に有起哉先輩のことを尊敬していることが恋愛感情かと錯覚しているということだってあり得ます」

「そういうもんかな」

「少なくとも、わたしはその可能性に賭けています」

 沙耶の真剣そうな調子の声に、僕は曖昧な反応をしづらくなる。

 ならば、どうにか、沙耶が琴葉と結ばれればと感じるのだが、現実として厳しいだろう。

 やはり、琴葉は男である僕のことが好きなのは確かだ。沙耶が考えていることは現実を認めたくないが故の妄想みたいなものだ。かといって、抗えば、沙耶の存在自体を否定するような行為になりかねない気がする。

 だから、僕としては、沙耶との会話は慎重にならざるを得なかった。

「まあ、可能性があるなら、それに賭けてみるっていうのはアリかもしれないね」

「有起哉先輩がそう言うなら、希望が持てます」

「まあ、僕の方は希望も何も、どうなるのか、まったくわからなくて、どうすればいいのか……」

「それでしたら、有起哉先輩」

「何?」

「その、堀内先輩と心中するというのはどうでしょうか?」

「ちょっと待って」

 僕は思わず、片手を額に乗せ、俯いてしまう。

「有起哉先輩?」

「その、琴葉も琴葉だけど、沙耶も沙耶なんだなって」

「それは、琴葉も似たようなことを言ったということですか?」

「そんなところかな」

「それなら、わたしと琴葉はお似合いのカップルになれるかもしれないですね」

「なら、いいけど」

 僕は乾いた笑いを浮かべると、何とか顔を上げる。

「それで、今のはどうでしょうか?」

「いや、そもそも、僕は死にたくない。そもそも、琴海を死なせるとか、犯罪だし」

「でも、一緒に死ねば、あの世で上手くいくかもしれないですよ?」

「いや、あの世に行けば、上手くいくとかって、何の保証があって?」

「あるいは、一緒に異世界に転生するとか」

「いや、それは、さすがに」

 僕は沙耶がラノベの読み過ぎじゃないかと疑いたくなった。

「とにかく、僕や琴海が死ぬっていうのはない。ついでに言っておけば、沙耶と琴葉が死ぬのも考えないでもらえればと」

「えっ? それもダメなんですか?」

 意表を突かれたかのような反応に、僕はため息をついてしまう。

「とりあえず、一番いい結果は、僕が琴海と、沙耶が琴葉と、それぞれ付き合えることになればってことだよね?」

「そうですね」

「でも、現状としては不透明っていう感じで」

「特に琴葉は有起哉先輩一途ですし」

「そこらへんなんだよね」

 僕は口にしつつ、頭を巡らす。

 何とか事態をよくすることができないだろうか。

 ちなみに、僕と琴葉が付き合うというのが一番現実的な方法だ。けど、それでは僕や沙耶が報われない。加えて、琴海も同じことになるかもしれないし。

「こうなると、現状を打破するしかないですね」

「何かいい方法でも? ちなみに誰かが死ぬとかは」

「誰も死なせないです。そういう方法なら、今思いつきました」

 おもむろに言う沙耶。

 ひとまず、僕は耳を傾けることにした。

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僕を振った幼馴染の妹がヤンデレ過ぎてヤバい 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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