第34話 「わたしと心中するのがそんなに嫌なんですか?」

「先輩にとって、わたしは二番目なんですね」

 放課後、僕は耳にした言葉に、飲んでいたアイスコーヒーをこぼしそうになる。

 駅前にあるカフェ店内にて、僕は琴葉とテーブル席で向かい合わせに座っていた。

「それって、誰かから聞いたとか?」

「お姉ちゃんからです」

 琴葉の想定通りといった答えに、僕はふうとため息をつく。

「まあ、それは否定はできないけど」

「それで、お姉ちゃんは今、どうなんですか?」

 前のめりになって聞いてくる琴葉。興味津々といった様子だ。

 対して、僕は興奮もせず、冷めた感情を持ってしまう。

「それがわかれば、苦労しないんだけど」

「先輩はお姉ちゃんに惑わされているんですね」

「いや、というよりは、何だろう、琴海本人もわかっていないというか……」

「お姉ちゃんがですか?」

「かも」

 僕は適当に相づちを打つと、アイスコーヒーに口をつける。

 というより、本当は僕のことなんて、興味をなくしているんじゃないのだろうか。単なる仲のいい幼馴染という関係を続けたいだけで。

 でも、そんなことを漏らせば、琴葉が逃すわけがない。だから、とりあえずは黙っておいた。

「先輩、元気がないですね」

「元気がないっていうか、琴海の気持ちが知れたらなあって。まあ、本人もわからないんだけど」

「つまりは、お姉ちゃんに先輩のことが好きかどうか、はっきりさせればいいんですよね?」

「いや、そういう強引なことは」

「でも、このままずっと返事を保留にされたら、先輩はずっと彼女ができないままですよね?」

 琴葉の指摘に、僕は反論ができない。確かに、琴海に片想いしている僕ならば。まあ、他の子に目移りしなければだけど、いや、絶対にそれはないと思いたい。

「それに、先輩と付き合いたいわたしにとっても、お姉ちゃんが先輩と付き合いたいのかどうか、返事がないと、わたしもずっと、先輩のことを片想いのままで終わっちゃいます」

「それは、まあ、確かに」

「ですから、そういうお互いに片想いを続けるのはどこかで終止符を打たないといけないです」

「でも、どうやって?」

「それは簡単です」

 琴葉は言うなり、僕と改めて目を合わせる。

「数日後に先輩が死ぬようなことをお姉ちゃんに伝えればいいんです」

「いや、ちょっと待って」

 僕は慌てて、琴葉の話を止める。

「今、僕が死ぬとか何とか言わなかった?」

「言いました」

「いや、僕は死にたくないんだけど」

「わたしもです」

「なら、何で僕が死ぬとかなんてことを?」

「それはあくまで、お姉ちゃんに本当の気持ちを早くはっきりさせるための刺激みたいなものです」

「刺激?」

「はい」

 うなずく琴葉。

 一方で僕は額に手のひらを当て、頭を巡らす。

「でも、その、数日後になっても、琴海から返事がもらえなかったら?」

「その時はその時です」

「いや、えっ、本当に死なないといけないの?」

「それぐらいの覚悟がないとダメだと思います」

「いや、ダメって、僕は死にたくないんだけど?」

「先輩」

 気づけば、琴葉が僕の肩を軽く叩いてきた。

「叶わない片想いを続けるくらいなら、死んだ方が幸せという道もあると思います」

「いや、琴葉。それ、他人事だから、そういう風なことを言ってるように聞こえるんだけど?」

「他人事ではないです」

「どういうこと?」

「その時はわたしも一緒にお供します」

「ああ、それは助かるかなって、えっ?」

 僕は驚き、すぐに嫌な予想が頭に浮かぶ。

「それって、その……」

「そうですね。前に飛び降り損ねた橋から、今度は先輩と一緒に」

「ちょ、ちょっと待って」

 慌てる僕に対して、琴葉はなぜか、頬を赤らめて嬉しそうな顔をする。

「いや、それだとまるで、僕と琴葉が心中するみたいじゃ……」

「わたしと心中するのがそんなに嫌なんですか?」

 琴葉は潤ませた瞳で僕に問いかけてくる。なぜか、二人で死ぬことを前提にした話になりそうになっているけど、本題は違う。

「とにかく、その、琴海に気持ちをはっきりさせるために、僕や琴葉が死ぬとか、そういうのは」

「必要ないですか?」

「まあ、普通に考えて」

 僕の答えに、しょんぼりとしてしまう琴葉。突っ込みたくはなるが、あえてしないことにした。

 アイスコーヒーを飲み干し、氷だけになったコップを見つつ、両腕を組む僕。

 琴葉は死ぬことを却下されてから、黙り込んでしまった。

 と、ふと、僕はあることを思い出す。

「そういえば」

「先輩?」

「琴海って、包丁をまだ持っているみたい」

「そうなんですか?」

「琴葉は聞いてないんだ」

「そう、ですね。聞いていないです」

「何で、包丁を家庭科室に戻さなかったんだろうなって」

「わからないです」

「もしかしたら、そういうところに、琴海の気持ちが見え隠れしてるのかなあって」

「そうなんですか?」

「いや、わからないけど」

 僕は言うなり、乾いた笑いをこぼす。

「とりあえず、お姉ちゃんはまだわからないってことですね。先輩も、わたしと付き合う気は今のところ、なさそうですし」

「いや、それはまあ、ごめんというか、その」

「ごめんという気持ちがあるなら、わたしと付き合ってほしいです」

「まあ、そうなるよね」

「でも、お姉ちゃんの返事次第という条件は守ります。だから、我慢します」

 琴葉は体を震わせつつ、声をこぼす。本当はどうにかして、僕と付き合うようにお願いをしたいかのようだ。

 僕はそんな琴葉の姿を目にして、どうにかはっきりさせたい気持ちに駆られてくる。けど、琴海の本心がわからないとどうにもならない。

 僕は悩みつつ、無意識にコップの氷を口に運び、しばらくの間、噛み砕いていた。

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