ヒモ・オブ・ザ・デッド
原多岐人
彼氏が腐っていた。
腐ったみたいに、とかではなく本当に腐っていた。その姿、まさにゾンビ。確かに一年前に派遣切りにあってから、どんどん元気が無くなっていって、バイトも長続きしなくて、そのうち職探しもしなくなって、最近は開き直ったように主夫を気取り出した彼がなぜ?
「ああ、おかえり」
「なに、それ」
「何か、気付いたらこうなっててさ」
照れ隠しで頭を掻いた彼の手には頭皮ごと髪がごっそり付いていた。
「あーやっちゃった。加減しないと爪も剥がれちゃうな」
なんでこんなに平然としてるのこいつは。喋るたびに口から臭い息が漂ってきてるし。唇が欠けてるから、むき出しの歯が見える。何か歯茎も不健康な腐った肉みたいな色になってる。腐ってるから当然か。目の前にある彼の姿と、臭い息のせいで私の頭はもう大混乱だ。
「どうしたの?ナツミ」
首をかしげる彼。というかゾンビ。これはひょっとして、もしかすると本当は彼じゃないのかもしれない。一筋の希望にすがって、確認してみる。
「あんた、誰?」
ゾンビが大口を開けて笑う。臭い。
「何言ってんだよ。俺だよ、アキラ。ほら免許証」
ゾンビはパンツの尻ポッケから薄っぺらい財布を引っ張り出し、丁寧に免許証を見せてくれた。
「だから、何よ。これ」
「いや、何か、ごめん」
アキラには私の機嫌チェック機能が付いている。少しでも私が不機嫌になるとすぐに謝る。4つも年上なのに、頼りないというか情けない。
「ごめんじゃないわよ、説明してよ!」
「何か、起きたらこうなってて」
「起きたらって、何時に起きたの? 私が家出るときまだ寝てたよね?」
「……11時半」
「その時間には私会社で必死に仕事してたんだけど!? 前に言ったよね、 働かないんだったらせめて家のことやってって! 何で朝ごはん用意してくれないの? 中途半端すぎるでしょ!!」
「いや、昨日の残りのおかず冷蔵庫に入れてあったし……っていうかナツミ、何で俺がこうなったか聞いてきたんじゃなかったっけ?」
たまにまともなことを言ってくるのがちょっとむかつく。
「朝から餃子なんて食えるわけないでしょ! どうやったら朝起きたらゾンビになってんのよ!?」
私は持っていたバッグをケンジに投げつけた。かなり思いっきり。グシャッと嫌な音がした。
「うわっ、ナツミ落ち着いて!」
「落ち着きたいわよ!私だって!」
「とりあえず、座ろう? な?」
ケンジの手が私の肩に触る。私の好きな、男にしては綺麗な手が残念なことになっている。灰色になった指の節々は、肉も皮も剥げかけて白い骨が見えていた。何で骨だけはこんなにちゃんと白いのよ。服に肉片がこびりつく。このスーツはウォッシャブル仕様じゃないからクリーニングに出さなきゃいけない。また余計な事をされた。
「触らないで! 汚いんだから!!」
大きく腕を振ると、動きが鈍くなっていたアキラの頭に当たった。さっきのグシャッよりももっと大きな音がして、その後小さくメシャッと聞こえた。でも、アキラの声は聞こえない。
「アキラ?」
振り返ると、アキラの体はゆらゆらと揺れて、後ろに倒れた。その横には半分になったアキラの頭が落ちていた。どうして彼の声が聞こえないのか、理由がわかった。口が半分になってしまっていたからだ。ゾンビの弱点は頭だ、確か。だから彼はもう動かないし、喋らない。
私はとりあえず散らばったアキラの破片をかき集めていた。頭蓋骨はこんなに簡単にくだけるのか、ただアキラのカルシウム不足のせいなのか。そんな事を考えながら。
ある程度集めたら、ネットで質問してみよう。ヒモをこじらせると腐ってゾンビになるのかどうか。
ヒモ・オブ・ザ・デッド 原多岐人 @skullcnf0x0
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