真夜中クレイプ
長月瓦礫
真夜中クレイプ
暴食堂、現在22時を過ぎたところだ。
何を話すでもなく、俺とあやめさんは淡々と掃除や片づけを進める。
昼間の雨音が嘘みたいに、今は静まり返っている。
「戻ったよーっと……ケーキのタネがちょっとだけ残ってるね」
外の片づけから戻ってきたアベルがさんボウルの中をのぞく。
「今日はあんまり人来なかったですしね。しょうがないですよ」
一日中雨が降っていた。客足が減ってしまうのは仕方のないことだ。
この傾向はどの店でも変わらないが、食材が無駄になるのは心苦しい。
無言で余っている材料を見つめ、かき集める。
コンロに火を入れて、フライパンをのせる。
「アベル、貴方、何をやっているんです……?」
「もったいないし、おなかも空いたし。なんか作ろうかなって」
「いいんですか、そんなこと勝手にやっちゃって」
「大丈夫だって、どっちみち今日で消費する分だったんだもん。
捨てるよりマシだって」
生地を薄めに焼いて、材料を適当に載せて巻いた。
あの、なんか勝手にクレープを作り始めたんですけど。
頬張ってもくもくと食べる。
生地の焼ける匂いにつられ、腹の虫が鳴いた。二人で顔を見合わせる。
休憩を取っても、疲れていることには変わりはない。
「事情を説明すれば、分かってくれるはずですよね……!」
あやめさんも自分に言い聞かせながら、生地を焼き始める。
いろいろな意味で、見ていられなかった。
腹の虫はうずくし、罪悪感が募って仕方がない。
「おい、ずいぶんと楽しんでるみてえだな?」
ドスを利かせて、カインが厨房に入ってきた。
いつまで経っても戻ってこないので、様子を見に来たのだろう。
「はい、どうぞー」
彼の口の前に持ってきて、一口食べさせる。
「……甘いな」
怒鳴る寸前だった表情が険しいそれに代わっていく。
クレープを食べる表情じゃないことは確かだし、今にも大声を挙げそうだ。
「疲れた時には一番でしょ?」
「そういう問題じゃねえ。
生地が分厚すぎ、もうちょっと薄くしろ。
それからバランス。ケーキじゃねえんだぞ」
「えー! 食べ応えあって美味しいじゃん!」
「お前の好みは聞いてない。
材料まだ残ってんだろ。貸せ」
あれ、変なスイッチが入ってしまった。
絶対に怒られると思っていたのに。
生地を薄めに広げて、さっさと手際よく焼いていく。
中身も調整しながら巻いていく。
「うん、美味い」
一人頷いて、満足気にもぐもぐと食べる。
実質、まかないが許可されてしまったようなものだ。
「カインが戻ってこないから、何事かと思えば……!」
イバラさんが静かに肩を震わせていた。
さっと顔が青ざめ、全員その場で正座をさせられた。
カインさんももちろん正座だ。
今後、イバラさん監視の下で片づけをすることになったのは言うまでもない。
真夜中クレイプ 長月瓦礫 @debrisbottle00
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