四十九日(しじゅうくにち)

○由香里の部屋(夕方)

育児記録を微笑みながら眺める由香里。

表紙には赤ん坊のイラストが大きく描かれており、その下に『安川由香里』と記されている。

由香里「今日こそは挽回せな」

   ×   ×   ×

T「四十九日」

低い本棚の上に設置された簡易の神棚。その横に水の入った湯呑みが供えられ、線香が白い煙を燻らせる。

由香里N「閻魔様、私が生まれた日、父は飛び上がるほど喜んでくれました」


○冥途

閻魔様、モニターを微笑ましい様子で眺めている。

体を丸めて部屋の隅で落ち込む安川。閻魔様に背を向けている。

閻魔様「見ないんですか? これでお嬢さんとも最後ですよ」

と、書類に結果を書き込む。

安川「もういい、あんな奴。あいつは、わしを地獄送りにするために四十九日しよってんや」

閻魔様「地獄に行きたいんですか?」

安川「行きたい訳ないやろ」

閻魔様「ご覧になるなら、再生しますよ」

安川、閻魔様の方に近づき、

安川「もう、いいから、さっさと行先き教えてくれ」

閻魔様「ほんとに、いいんですか?」

安川「ええ、言うてるやろ!」

閻魔様「そうですか。でも、正直、今日のは堪えました」

と、書類に目を落とす。

書類の文字が閻魔様の涙で滲む。

驚く安川。

安川「どないしてん?」

閻魔様「今日は安川さんに学ぶ事が沢山ありました。私は仕事にかまけて、子供が産まれる日に立ち会う事もしませんでした」

安川「忙しい仕事しててんやったら、仕方ないやろ。昔と今じゃ、働く時間が全然違うし、働き過ぎや言うて、政府まで動き出しとおるがな」

閻魔様「それでも子供の産まれる日は、とても大事な日だったんです。安川さんが書き残した文章で、それに気が付きました」

安川「何の事や?」

閻魔様「カメラやビデオに子供の記録を残すのもいい事ですが、案外、親の自己満足だったのかもしれませんね」

安川「え? わしも、仰山、写真撮ったで。みんな通夜の晩、喜んで見てたわ」

閻魔様「何で、そんなこと知ってるんです?」

安川「通夜の夜に由香里が一緒に帰ろうって言うから、前の嫁はんの家について行ってん」

閻魔様「写真の話をしてるんじゃないんですよ」

安川「何が言いたいねん、お前は! いっつも、奥歯にものの挟まった、もの言の言い回ししやがって。直球でこいよ、直球で。これやから、東京もんは」

閻魔様「だから、育児記録ですよ! 安川さんが書いた」

安川「わし、そんなん書いてないで」

閻魔様「覚えてないんですか」

安川「ちゅうか、知らんよ、そんなん」

閻魔様「もう、いいです。とりあえず、これ見てください」

と、リモコンを操作する。

安川「いやいや、その前に、わしどこに行くねん」

閻魔様「これを見終わったら、お渡しします」

と、ICカードを見せる。

安川「地獄行きか?」

閻魔様「これ、最初に見せましたよね」

と、ICカードをヒラヒラ振って見せる。

安川「知らん」

閻魔様、呆れてポッカリ口を開けたまま固まる。

安川「何、ボーッとしとんねん。ちゃっちゃと仕事せんかい」

閻魔様、頭を振って我に返り、机を叩く。

閻魔様「地獄に堕ちるなら、手を煩わせません。そのまま、堕ちますのでご安心ください!」

安川、身震いする。

安川「しかし、何、怒っとんねん」

閻魔様「後ろをご覧ください」

改札機が設置されている。

首を傾げる安川。

閻魔様「このカードを、あの機械にピッとすれば天国への扉が開きます」

安川、満面の笑みを浮かべる。

安川「よっしゃー! ほんじゃ、見ようか」

と、モニターの前に座る。

モニターには、夜闇に大雨が降りしきり、時折、雷が光る。その光が病院の外観を不

気味に映し出す。

安川、顔を曇らせ、

安川「怪奇もんか? わし、あかんねん、ああいうのん」

閻魔様「まあ、日付と曜日はそうですね」

安川「え?」


○由香里の回想・総合病院・分娩室前の廊下(夜)

窓に叩きつける雨。

遠くで光る雷。

椅子に座っている修平(8)、怯えた目で窓の外を眺める。

修平の目の前を行ったり、来たり落ち着きなく歩く安川(37)。

安川「(呟くように)男、女、女、女」

《雷鳴が轟く》

修平「ひー!」

と、耳を押さえて体を縮こませる。

安川「(修平に)男のくせに雷ぐらいで、ビービー言うな!」

《大きな産声》

《再び轟く雷鳴》

雷鳴と共に一斉に蛍光灯の灯りが消えて、

真っ暗になる。

修平の声「お、お父さん、どこ?」

安川の声「チッ、また停電か。こんな時に」

修平の声「お父さん?」

安川の声「じき、電気、点くから、待っとけ。弱っちょろいなぁ」

病院スタッフの声「誰か、自家発電の電源入れてー!」

《病院スタッフがバタバタ走り回る足音》

修平の声「そういえば、今日、十三日の金曜日やんなぁ」

安川の声「それが、どないしてん」

修平の声「『十三日の金曜日』って、アメリカのホラー映画やん。一晩でいっぱい人殺し

た殺人鬼の話。ジェーソンがやって来るって、テレビでコマーシャルしてるやん」

安川の声「そんな気色悪いもん、知るかいな」

修平の声「……なぁ、あの子、もしかして、悪魔の子ちゃうん?」

《げんこつの音》

修平の声「痛っ!」

安川の声「わしの子や」

パラパラと再び明るく灯る蛍光灯。

安川と修平、眩しそうに俯いてパチパチと目を、しばたたかせて、灯りに目を慣れさせる。

二人の目の前に立っている看護師。

安川・修平「(看護師に驚いて)わー! 出たー」

看護師「何が出たんよ! 失礼や!」

安川と修平、何度も首を横に振る。

看護師「ほんまに、もう」

安川「まあまあ、落ち着いて。あんたの顔がまずいとか、そんなん、どっちでもええねん、わしが知りたいんは」

ギラリと安川を睨む看護師。

修平「お、お父さん」

安川「あ、すんまへん。つい」

看護師、膨れっ面でプイッとそっぽを向く。

安川「そない、怒らんと。今のん、うちの子やろ。女? 男? どっち?」

看護師、そっぽを向いたまま反応しない。

安川「そんな顔するから、余計、不細工に見えるねん!」

看護師、涙目で安川を睨む。

怯む安川、体を縮めて修平の背後に回る。

修平、看護師にハンカチを渡し微笑む。

修平「男、女、どっち?」

看護師、ハンカチを受け取り涙を拭う。

修平「ごめんな、お父さんが」

看護師、ようやく微笑み、

看護師「女の子よ! おめでとう」

安川と修平、顔を見合わせて微笑み合う。

大喜びで飛び上がる安川。

由香里N「生まれた瞬間、男か女か題目を唱えながら女の子であれば良いのにと願っていましたら、看護婦さんが『女の子よ。お目出度う』と云われた途端、私は嬉しくて嬉しくて飛び上がりました……父が残してくれた育児記録の原文です」


○由香里の部屋(夕方)

神棚に手を合わせる由香里。

由香里N「この文章は私の人生に最大の自信をもたらしてくれました。閻魔様、どうやら私、父の事が大好きだった様です。どうか、父を成仏させてやってください」


○冥土

モニターの画面から画像が消え砂嵐が映し出されている。

開いたままの改札のセキュリティゲートを穏やかな光が照らす。


【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

父の四十九日 黒猫 @kuroneko021128

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ