モンダリエーノ城下、下町酒場にて

原多岐人

 


 アルチペ王国はプラテリア大陸の西の端に位置している。世界でも有数の貿易港があり、港から見えるモンダリエーノ城は、灯台の役割も果たしていた。街は商人や冒険者で賑わい、宿屋も食堂などの店も大いに盛況だった。7月ともなると太陽が中々沈まずに、外はまだ夕暮れを引きずっている。こうなると、人々が酒場で過ごす時間も長くなる。

「まったく、王の横暴にも困ったもんだな」

「異世界から来た勇者に姫をくれてやるなんてな。隣のナヴィガ王国では異世界から来た魔法使いが魔導ギルドを牛耳ったらしいぞ」

 店の奥、壁際のテーブルには冴えない中年が2人、ビールを片手に愚痴っていた。片方は甲冑こそ着ていないが、鎖帷子を纏い、長剣を携えている。剣の紋章から王国騎士団の者だとわかる。立派な髭をたくわえ、さも騎士団長であるような貫禄を出しているが、階級は分団長、つまりヒラの騎士の一つ上だ。名はポルトという。もう片方は薄くなった頭髪を撫で付け、すでに飲み干したビールによって顔というか頭まで赤らめていた。ゆったりとした服を身に纏っているはずなのに、腹周りにはほとんどシワも寄らないくらいパンパンになっている。頬にも肉がついているせいで、目が小さく見える。こちらはファーロといった。

「最近多いよなあ。中には山の中に引きこもってのんびり暮らそうとする奴もいるが、税くらいは納めて欲しいもんだな」

魚の干物を噛み締めながらポルトが言う。生魚の和え物は値段が高いので、注文するのは干物やナッツが中心だ。2人にはそれぞれ家庭があり、自分が使える金額は限られていて、さらに支給される金額もそこまで多くはなかった。

「ああ、1人2人ならまだ見逃してやれるが、如何せん増え過ぎたからなぁ。こちらとしても示しがつかん」

ファーロが追加のビールを注文しながら、ため息を吐く。彼は代官所で主に課税や税の徴収の任に就いている。税収が減るということは、国に雇われている人間の給料が減るということだ。それを今2人は身をもって実感している。そんな経緯もあり、こうして安酒と手頃な肴で鬱憤を晴らす者も少なくない。

「俺も民は斬りたくないからな。国も慈善事業じゃあないってことを皆がもっとわかってくれたら……」

騎士団は法を犯した者への刑罰を執行する役割も担っている。異世界から来た者と共に生きる事を望む者の中には、税の徴収を逃れることを目的としている者も少なくない。ポルトは最近、1人の年老いた農夫を斬った。

「それは無理な話だな。賢い奴はもっと上手くできると政治を批判し、何も知らない民は政治よりも明日の飯だ」

ポルトよりもファーロは皮肉屋でリアリストだった。それでもポルトは希望を捨てきれないようで、未練がましくブツブツと呟く。

「異世界から来た奴らは、この世界にはない知識でかなり稼いでる奴もいるんだよな。ああ、少しでも国に納めてくれりゃあな」

「例の異世界の勇者の冒険費用を賄うために、慈善事業への寄付金をあてがうとはな。養老院や孤児院にやるはずだったものだが……まあ無くなっても、すぐにどうこうなる訳じゃないだろうけど。なんだかなー」

皮肉屋だが良心は痛むようで、ファーロは薄い頭髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。


「そういや、俺の娘が例の勇者の冒険について行きたいって聞かなくてな」

「セーメちゃんか。確か今年で18だったか」

「そろそろいい年だから、冒険よりも結婚だと俺も女房も言ったんだがなー……」

セーメはポルトの一人娘だった。魔法は使えないが、薬草学の知識はかなりのもので、料理の腕も見事なものだった。父親似の大きな鼻が目につくが、目はぱっちりしていたので、愛嬌のある顔立ちをしていた、とファーロは記憶している。

「おいまさか勇者に着いてった従者って……」

「いや、セーメは門前払いだったよ。勇者に着いてったのはあの召喚士だ。元孤児の」

「ああ、魔法使いは腐るほどいるが召喚士は貴重だからな。精霊を呼び出せるのはでかい。それに美人だしな、あれは。不思議なのは、勇者があんな冴えない奴なのに、周りに美人が集まるところだよなぁ」

精霊を召喚出来れば、その精霊が司る事象を全てコントロール出来る。そのような能力を持つ召喚士は貴重な人材で、このアルチペ王国でも数人しかいない。才能と、ある程度の修行が必要になるので、大抵の召喚士は老人だったが、件の召喚士は珍しく若い女だった。それも国内でも屈指の美しさの。そして所謂天才という部類の人間らしく、かなり上位の精霊を召喚し使役することが出来る様だ。人格的には問題があるという噂もあったが、どうやら異世界から来た勇者とは通じるものがあったらしい。

「なんだ嫉妬か? まあ物珍しいからな、それに俺たちと違ってまだ若い。セーメは選ばれなかったのかショックらしいが、俺としてはホッとしてるよ。これで普通に鍛冶屋とでも結婚して幸せになってくれりゃあ言う事はないな」

ポルトは異世界から来た勇者や美貌の召喚士よりも娘の幸せが気になるらしい。

「おいおい、義理の息子にタダで剣の手入れを頼む気じゃあねえだろうな?」

「バレたか。鍛冶屋は高望みだとしても、あいつが婆さんになるまで、幸せに暮らすことが出来るようなら誰でもいいさ」

騎士団ではパッとしなくても、家族を大切に想う心は強い。ファーロはポルトのそんなところを評価していた。今度、妻に何か贈り物でもしようか、とそんな考えがファーロの頭に浮かんできた。


 夜も深くなり、2人もだいぶ酔いがまわってきた。

「それにしても、そんなにすごい勇者やら神官やらが来てるのに、何でこの世界は変わらないんだ?」

どうしてそんな話題を口にしたのかはポルト本人も分からなかった。自分達の収入が少ないことへの不満に起因したものであることは否定できないが。

「それはあれだ、この世界は丸いからだろ」

自らの丸い赤ら顔を撫で回しながらファーロが答える。

「あー、やり過ぎると一周回って元に戻っちまうってことか」

「それか、奴らは自分がいた世界じゃない場所に来られれば良かったんじゃないか?」

「ああ、だったら無理に世界を変えようなんて思わないな」

こうして、いつもと変わらない酒場の夜は更けていく。ポルトは明日もモンダリエーノ城の騎士団詰所へ出仕し、ファーロも代官所へ出仕する。明日も世界は変わらない。

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