最終話 スニオンに集う者
ザザー
「あー、死ぬかと思ったわい…」
砂浜に打ち上げられたコンテナが開き、おっさんが這い出てきました。
「まさか途中で放り出されるとはの…」
ウェスタを抱えたハゥフルさんも出て来ました。
「俺は嬢ちゃんを探してくる!」
ザパァン
リーさんはコンテナから海に飛び込み、
大気圏途中後の大きな衝撃の後、三匹は特に説明もされないままコンテナを海に射出され、そのまま暫く海上を彷徨っていました。
コンテナを射出されてからは外の状況が何も分からなくなっていたので、こうして海岸に流れ着いて揺れが収まるまでは様子を見ていたのです。
「どうやらカリブ海に帰ってこれたようだな。ガイエオコスよ、場所は分かるか?」
「ここは人間の街に近い場所じゃな。早めに離れたほうがいいかもしれん」
おっさんが陸地を見ながら言います。若い頃はカリブの海中をブイブイ言わせていたので地理には詳しいのです。
「その前にウェスタを起こしておこう。いい加減これも鬱陶しいしな」
カポッ
ハゥフルさんがあっさりとウェスタのヘルメットを外します。本当は外せない様に固定した洗脳装置なのですが、次元を再生した時に何かしたのでしょう。
「ムニャムニャ…そんな、イケメン褌フェスティバルなんて目に毒だよぅ……」
ハゥフルさんがウェスタのヘルメットを外すと、中から黒い髪の少女が現れました。とても楽しい夢を見ているのか涎を垂らしています。
「ヘスティアーではないか!」
「は?」
ウェスタの素顔を見たおっさんが驚いて叫びます。なんと、ウェスタと呼ばれていたのはおっさんの年の離れた妹のヘスティアーちゃんだったのです。
「うぅーん……え、何?おにいちゃん?なんでこんな所に居るの?」
「おにいちゃんとな」
「話せば長いんじゃが…」
おっさんはヘスティアーちゃんにこれまでの事を話しました。
スニオンでハゥフルさんのツケを支払ったこと、ランティスで気持ち悪い脳みそを見たこと、宇宙を泳ぐのは難しかったこと、コンテナ内は結構窮屈だったことを。
所々おっさんが話を盛った部分は即座にハゥフルさんが訂正したので間違った伝わり方はしていません。大丈夫です。
「ふーん。で、おにいちゃんを美少女にTSさせればいいの?」
「そうじゃ!頼む!!この通りじゃ!!」
おっさんは鯱のポーズで頼みます。鯱のポーズとは人魚界の土下座です。
妹相手に必死に鯱のポーズをするのを見て、ハゥフルさんは少し引きました。
ザバァン!!
「ガイエオさん!ハゥフルさん!大変だ!嬢ちゃんが!!」
おっさんが情けない姿を晒していると、リーさんが所々穴の開いた
Ψ Ψ Ψ
「開けるぞ」
カシュ
「うっ」
「これは…」
リーさんが引き揚げた
中は半分以上が機械で埋め尽くされ、肌の部分は腐ったり崩れたりして筋繊維が見えている人の体が入っていました。これが
三匹は
しかし、ヘスティアーちゃんは別でした。
「この娘、まだ生きてるよ」
「なんじゃと!?本当か!!?」
「辛うじて魂が抜け出てないだけ。もうすぐ死んじゃう」
魔女でもあるヘスティアーちゃんは魂が見えるのです。
「嬢ちゃんを助けれるのか?」
「うーん、美少女化魔法を使えば出来るけど…」
リーさんがヘスティアーちゃんに詰め寄るように聞きます。
すると、ヘスティアーちゃんは言葉を濁します。
「どうしたウェスタよ。出来るならやらんか」
「なんか、制限かかっちゃったみたいで後一回しか使えないっぽくてぇ……」
今度はハゥフルさんが煽るように聞きます。
ヘスティアーちゃんは髪の毛を指でぐるぐるしながら答えます。
「つまり、
「そうなの…」
そして、おっさんが尋ねるように聞きます。
ヘスティアーちゃんはおにいちゃんの事が結構好きなので、見知らぬ他人よりはおにいちゃんの為に魔法を使いたいのです。
「なんじゃそれだけか。ヘスティアーよ、早く
ですが、おっさんは自分はいいからと
ここまで壮大な冒険をしてきたのは自分が美少女になる為だったのに、それをあっさり諦めるというのです。
「ガイエオさん、いいのか?」
リーさんが確かめるように聞きます。
おっさんが美少女化するのを嫌がっていたリーさんですが、それでもおっさんが美少女になりたいからとここまで手伝ってきたのです。
リーさんにとっては好都合ですが、おっさんの気持ちも尊重したいのです。
「いいに決まってるじゃろう。ワシみたいなおっさんが美少女になるよりも、
おっさんは自分が美少女になれなくなる事を微塵も惜しいと思って居ません。
本当に自分よりも
「おにいちゃんがそう言うなら…」
ポワァー
ヘスティアーちゃんはしぶしぶと言った様子で
暫くすると
「後は待ってるだけでいいけど…」
ヘスティアーちゃんが額の汗を拭いながらそう言いかけた時、
「なんだ?誰か居るのか?」
岩陰の向こうから人の声が聞こえました。
「まずい、人じゃ!」
ザパパパパァン
おっさんの声に反応して、四匹は即座に海に飛び込みました。
人と人魚は別々の世界で生きるべきで、お互いに関わってはいけないというのが海の掟です。
「ん?こんな所に女の子が?おい、生きてるか?おい!」
声の主は若い青年でした。
青年は砂浜に寝そべっている裸の少女に声をかけます。
少女はまるで糸の様に細く美しい金色の髪をしていて、誰がどう見ても美少女です。
「……ん……あ………」
少女は目を覚ましました。
そして辺りを見回します。ですが、そこには青年以外誰も居ません。
「君、名前は?言葉は分かるかい?」
青年は少女に自分の上着を被せながら話します。
不安に怯えた様子を見せる美少女を安心させようとしているのです。
「りぃ……と………る…………」
少女はかろうじてそう言いました。
急な肉体の変化に体がまだ慣れていないのです。
「りとる?君はリトルと言うんだね。僕はデルセン。あの街の領主の息子さ」
青年はそう言い、リトルと名乗った少女を自分の街へ連れて帰りました。
海からやって来た少女のリトルとデルセンの二人は後に結婚する事になるのですが、それは又別のお話です。
Ψ Ψ Ψ
「いいの?連れてっちゃったけど?」
「大丈夫じゃろう。同じ人間同士じゃし」
二人を見送った後、おっさん達は海の中を泳いでスニオンへ向かいます。
「人間同士でも色々あるが、まあ、あやつならば大丈夫であろう」
色々ありましたが、人魚は人魚同士、人間は人間同士で暮らすのが一番なのです。
「久し振りに良い運動だったな。宇宙はもう暫くはいい」
壮大な冒険を終え、四匹は奇妙な満足感に包まれていました。
おっさんの願いは叶いませんでしたが、情報が元から眉唾物でしたし、こういう事もありますね。
「そう言えば、なんでおにいちゃんは美少女になりたかったの?」
ヘスティアーちゃんが今まで誰も聞かなかった事をおっさんに聞きます。
そうですね、確かに理由までは聞いていませんでした。
「最近、娘が一緒にお風呂に入ってくれなくなったんじゃ」
「え?」
「は?」
「あー、分かるかも」
「ワシもプリンセスみたいな美少女になれば、また娘と一緒にお風呂に入れると思ったんじゃ。なんならヘスティアーでも良いぞ?」
「ごめんねおにいちゃん、それは無理」
「なんでじゃ!」
おっさんの下らない理由にリーさんは手で顔を覆い、ハゥフルさんは怒るのを通り越して言葉を失っています。
さあ、そろそろスニオンが見えてきました。
あそこはカリブ海の場末にあるスナックのスニオン。
都会の喧騒に疲れた人魚達が軽食を摘みながらお酒を飲んでいて、日頃溜め込んだ嘆きを洩らす場所です。
今日もおっさんは一番奥のテーブル席で、どうでもいい悩みを零しながらいいちこをオリーブのお湯割りでちびちびやるのでしょう。
めでたし、めでたし。
おっさん人魚はプリンセスの夢を見るか ~ 宇宙遊泳はこりごりじゃ… ~ @dekai3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます