第4話 心が世界を支配する鼓動
――無です。
暗いとか、寒いとか、そういう物も無く、無です。
――何もありません。
物だけでなく、時間も、空間も。
――存在しないのです。
心も、そして、意味さえも。
キラッ
何も無いはずの無に、何かが光ります。
ありえません。ここは無です。
キラッ キラッ
光は瞬きます。
何も無い場所であっても、自分はここに居るのだと。
存在しないはずであっても、確かにここに在るのだと。
キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ
その瞬きはまるで鼓動。
誰もが認めなくとも、世界が認めなくとも、我が思うからそうであるという鼓動。
キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ
キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ キラッ
それは正しく、
シュバァァァッァァァ!!
「バカな!ありえん!!」
「どうやら上手くいったようだな」
無となったはずの次元が、宇宙が、銀河が、太陽系が存在を取り戻しています。
勿論、地球や月や死の星も元に戻っています。
先程と違うのは、ハゥフルさんがウェスタを抱きかかえていて、青い十字架に黒い影が貼り付けにされている事。
「答えろモンスターめ!何をした!!」
黒い影は体をじたばたと動かしながら叫びます。恐らくあれが悪意の主です。
ハゥフルさんはそれを聞いていつものように答えます。
「さっきも言ったであろう。モンスターではない。神だ」
彼女はハゥフルさん。カソックの上から袈裟を着て烏帽子を被った風変わりな女性人魚で、自分を神様だと思い込んでいる異常者です。
「神であっても不可能なはずだ!消えた次元全てを復活させるなど!!」
「気付いておらぬのか?無となった次元に、上も下も無い事に」
「何っ!!?」
次元消滅をひっくり返されたからか悪意の主は口調を荒げますが、ハゥフルさんはいつもの調子で答えます。いえ、心なしか得意げですね。若干ドヤ顔をしています。
「二次元の上には三次元、三次元の上には四次元、四次元の上には五次元と、次元は順繰りに連なっておるものだ。基本的に下から上への干渉は不可能だが、一つ上の次元を停止して切り取った場合、それは一つ下の次元と同じステージとなる。全ての次元が無となり停止したのならば、その状態での次元の違いなど無意味だ」
ハゥフルさんの話は中々に難しい話で、三次元の世界を写真に納めた場合、それは三次元の記録ではあるけれど写真という物としては二次元であるという理論です。
「停止した次元同士では上も下も無い。どの次元にでも我が存在する事が可能となり、どの次元への干渉をも可能となる。流石に停止していない次元から先は無理であったが、ここを再生させるには十分であろう?」
「バカな…たかがモンスターが出来る事ではない……」
「何度も言わせるでない。我は神である。我が神と思う事で力を使える『精神』の次元が停止した次元の中にあっただけの事よ。いや、この次元でも神なのだがな」
現状、四次元は『曲がり』だとか『時間』だとか言われていますが、その先は何がその次元を次元たらしめているかは不明です。
ハゥフルさんはここより先の次元の中に『精神』の次元があると予想して、悪意の主に世界を無にさせたのです。これは賭けでしたが勝算の高い物でした。
何故ならば、悪意の主自体が精神だけの存在だったからです。自身が存在する次元も無にすると言っていたのですから、無にする時限の中に『精神』の次元があるのも当たり前ですね。
「我も多少のズルはしたが、それはお互い様であろう?人魚姫はこのような話ではなかったぞ?」
おっと、この発言は頂けません。ハゥフルさんは頭がおかしいだけの人魚です。
「まあ、もう消えるであろうお主には関係の無い事であるな。皆、もう良いぞ」
「何を!!」
ピシュン ピシュン ザシュン ザシュン
「がぼぼば、がぼぼべぼ」
「ああ、ここでサヨナラだ」
悪意の主は断末魔を上げる事なく動きを止め、足の先から霧散していきました。
「ようやくウェスタを取り戻せたな。さあ、後はスニオンに戻れば…」
ゴゴゴゴゴゴ
急に部屋が揺れ始めました。いえ、
「ガイエオコス!何をしたぁ!!」
「ワ、ワシじゃない!違う!やってない!!」
悪意の主相手でも声を荒げなかったハゥフルさんがブチギレながらおっさんに振り返りますが、おっさんは三叉の槍をちゃんと仕舞っているのでこの揺れはおっさんの仕業では無い様です。
ドゴォォォン!!!
「なんじゃあ!?」
「なんだっ!?」
「またかっ!」
ハゥフルさんが本当におっさんの仕業では無いのかを問い詰めようとした時、壁からグランギニョールの腕が突っ込んできました。
『宇宙要塞が崩壊を始めています。早く乗ってください』
「がぼぶ!」
どうやらFlanが自動操縦で助けに来てくれたようです。
おっさん達はグランギニョールに乗って死の星から脱出を始めます。
『先程から動力炉の活動が活発になっており、各通路は分離を始めています』
「……がぼぶぼぶび?」
『恐らく』
ウェスタを含めたおっさん達を背部居住用コンテナへ預け、
どうやら悪意の主は最後に死の星が自爆する様にしていたらしく、中心部から徐々に通路が分解され、動力炉は限界を超えようとしています。
このままでは自爆に巻き込まれてしまうでしょう。
ギュイン ギュイン バシュー
「おわわわわ、揺れる!回る!」
「おいおい、嵐の海より酷いぞこれは…」
「ウェスタめ、お前も起きてこの苦しみを味わえ」
グランギニョールが崩壊する壁や通路に当たらないように動くため、コンテナ内は上や下への大揺れです。
「がぼぼばぼびば!?」
『動力炉の爆発までは残り15秒」
「ばぼぶ!」
思ったより早いタイムリミットに
動力炉が爆発したとしても大気圏突入能力のあるグランギニョールならば熱は耐えれるのですが、衝撃よって弾け跳ぶ壁や通路が厄介なのです。
ただでさえ
ドォォォン
『宇宙要塞動力炉、臨界を越えました』
「がぼがばぁ!!」
シュン シュン スゴォォォォ!!
後ろから迫り来る爆風から逃れ、グランギニョールは死の星から抜けました。
しかし、まだ終わりではありません。
『飛来物接近』
爆風によって追いかけるように飛んできた死の星の破片です。
「がっ……ぼばっ!!」
大気圏に突入さえしてしまえば追いかけてくる死の星の破片は燃え尽きるはずです。
「がぼぼぼばぼぶぼっぼぼぼぶぼばべ。がぶぼば、ぼぼぶ」
『了解。大気圏突入モードへ移行』
グランギニョールの形が人型から円錐状へと変形し、大気圏突入の角度を取ります。
ここまで来れば一安心と、
しかし、こういう時に油断をしてはいけません。
ビー ビー ビー
「ばぼっ!?」
『………大型の飛来物接近。マスター、避けれません』
悪意の主の最後っ屁とでも言うのでしょうか。突入の準備を取ったグランギニョールに迫る死の星の破片があります。
このままでは直撃してしまいます。
「………………がぼぶ、がぼぼぼがぼばべべ、がぼびばっばば」
『光栄です。私もです、マスター』
迫り来る飛来物に覚悟を決め、
Flanも
「がぼ、がぼぼぼがぼばぼば、ばっばぼぼばぼべぶ!」
しかし、
『マスター、それは!』
珍しくFranがマスターである
それはまるで、コンテナを包み込む聖母の如きグランギニョール。
「がぼぼ、がんぼぼばばぼばべぶ…ぼべぶべ、がぼぶ……」
『謝らないで下さい、貴女は私のマスターです。最後のその時まで』
Franは多目的サポートAIのため、
本来ならば
でも、それでも、Flanは
それが、自分が仕えるマスターを失う行動だったとしても。
ヒュゥゥゥゥゥゥウウ ズガァァァッン!!!!!
コンテナを守る様に形を変えたグランギニョールに、死の星の破片が当たりました。
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